民法は変わっても変わらぬものがここにあり・・・。

自分ではそこそこの頻度で書き散らかしておきながら、慌ただしさにかまけて他の方が書かれたものはほとんど読まない、というのが自分の長年の習わしだったりするのだけど、最近見つけて思わず目を止めたのが法務系ブログがこちら(↓)である。

legalxdesign.hatenablog.com

スッキリとした洒落たレイアウトに加え、記事ごとに載せられているイラストもかなり良い味を出している。

そして何よりも、企業内法務の仕事の中で遭遇する身近な出来事を素材に、無駄なくポイントを鋭く突いたコメントが淡々と書かれているところが、相当腕の立つ実務者の方だな、と思わせてくれるわけで、そういえば自分もブログを始めた頃に一時この路線を目指して断念したんだよな・・・*1ということなども思い出しながら、更新を楽しみに待っている*2


そんな中、今週アップされた以下の記事を拝読して、思わず自分も「令和2年11月 下請取引適正化推進講習会テキスト」*3を見に行かざるを得なくなってしまった。

legalxdesign.hatenablog.com

記事の中でも指摘されているように、今年4月の改正民法(債権法)施行に伴って「請負」に関するルールが改訂されたことで、「運用基準」*4ベースで定められていた「不当な給付内容の変更及び不当なやり直し」の解釈指針にも修正が加えられることが期待されていたのだが、蓋を開けてみたら、昨年までと何ら変わらなかった、という話・・・。

なお,次の場合には,親事業者が費用の全額を負担することなく,下請事業者の給付の内容が委託内容と異なること又は瑕疵等があることを理由として給付内容の変更又はやり直しを要請することは認められない。
ア~ウ 略
エ 委託内容と異なること又は瑕疵等のあることを直ちに発見することができない給付について,受領後1年を経過した場合(ただし,親事業者の瑕疵担保期間が1年を超える場合において,親事業者と下請事業者がそれに応じた瑕疵担保期間を定めている場合を除く。)
(前記テキスト資料7・169頁、強調筆者、以下同じ。)

そうでなくても運用が画一的、と批判されることが多い下請法の中でも、この期間制限は、「下請事業者の責に帰すべき理由」がある場合でも一律に適用され得る、ということで、元請事業者の立場からすれば、なかなか厄介なものとなっていた。

「受領後6か月を経過した場合」の返品に係る規制と、この「1年を超える場合」のやり直しに係る規制に関しては、当事者間の合意でどれだけ長期の瑕疵担保期間を定めていようが原則を貫くというのが当局のスタンスのようで、前記テキストに掲載されているQ&Aでは、以下のような”問答”が掲載されていたりもする 。

Q98: 下請事業者との契約に当たり3年の瑕疵担保期間を契約しているが,当社の顧客に対する瑕疵担保期間は1年である。この場合に,受領から3年後にやり直しを要求することは問題ないか。
A: 顧客に対する瑕疵担保期間が1年を超えない場合は,下請事業者の給付に瑕疵がある場合に親事業者が費用を負担せずにやり直しを求めることができるのは受領後1年までである。下請事業者との間でそれ以上に長い瑕疵担保契約を締結することは直ちに問題となるものではないが契約の定めにかかわらず1年を超えて費用の全額を負担することなくやり直しをさせることは本法違反となる。 (前記テキスト85頁)

「契約で定めても良いけど、それをそのまま履行してはダメ」というこのくだりの解説は、契約実務に親しんだ人であればあるほど違和感を抱くところではあるのだが、「下請事業者を何が何でも保護する」というのを至上命題に据えた上で、政策的観点からのパターナリズムを前面に押し出して、

「元請・下請事業者間で対等な契約交渉、対等な合意などあり得ない。」

という思想を貫くならば、まぁ仕方ないかなと思うところもある*5

ただ、契約を超えた私法ルールとの関係では、商法526条2項がよく根拠として持ち出される「返品6か月以内」の話と同様に、この「1年」ルールも、民法の旧637条というデフォルト・ルールの存在があってこそ正当化されるものではなかったのか・・・。


冷静に考えれば、当局サイドからは、あくまで公法的規律である下請法の解釈基準を民法にぴったり合わせる必要などない、という発想が出てきても不思議ではないし、実質的にも、様々なパターンの請負型取引のうち、「法が定める特殊な類型の下請取引」にしか適用されないのが下請法、しかも元請事業者・発注者間で長い瑕疵担保期間を定めている場合にそれに合わせるなら問題ないという特例もちゃんと設けられている*6ことに鑑みれば、

民法は変わっても、下請法は変わらない!」

とドヤ顔で言われても文句は言えないのかもしれない。

また、この637条の改正に関して言えば、自分は、請負人側に立った時はもちろん、発注者の立場でも「追完請求は契約当事者が現実に対応できる範囲内で用いられるべきだ」という発想から、「無理に契約書の雛型を改正法の規定に合わせる必要はないんじゃないですか?」という話をすることが多かったりもするから、下請法が改正前のデフォルトを堅持している、ということは、”自説”の裏付け材料としてはむしろ好都合だったりするのかもしれない。

だが、長きにわたって行われた「債権法改正」の議論の末、

「注文者が瑕疵を知らない場合であっても、引渡しの時又は仕事の終了の時から1年以内に、かつ、その権利の行使までしなければならないとするのは、注文者の負担が過重である。」(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)345頁、強調筆者)

という問題意識の下、「注文者の負担を軽減する観点から」行われたのがこの改正であることを考えると、「下請事業者の保護」という一点だけでその趣旨を没却してしまうことが果たして望ましいことなのか、という疑問も湧いてくる。

いずれは、新たな通達によって運用基準が書き換えられ、それに伴って「テキスト」の記述が変わることもあるのかもしれないが、それまでは何ともムズムズするこの感覚。

請負、業務委託の分野では良くある話とはいえ*7、まだまだ今後の行方を気にしつつ、見守っていければと思っている。

そして、ボーっとしていたら気が付かずに通り過ぎてしまっていたかもしれないネタを思い出させてくれた冒頭のブログ主の方には、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。

*1:いつのまにかダラダラと書く人になってしまった・・・。

*2:人間誰しも、自分にないセンスを持っているなぁ、と感じる方には惹きつけられるものなのだ・・・。

*3:https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/shitauketextbook.pdf

*4:正確には「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」。前記テキストの147頁以下にも掲載されている。

*5:現実の社会には、元請より力のある「下請」だって結構いるぞ・・・と言ったところで、ここは多勢に無勢、な気がする。

*6:裏返せば、エンドクライアントから求められているわけでもないのに、元請事業者が長期間にわたって下請事業者に無償での追完を行わせているのだとしたら、それはただの「下請いじめ」に他ならない、ということにもなるのだろう。

*7:下請法だけでなく、労働者派遣法(いわゆる偽装請負)に関する論点も、契約実務を素直に推し進めるにはちょっと厄介な代物だったりする。

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