独禁法は「零細小売店保護法」ではない。

イオンでのビール類販売をめぐって、ここ数日、公取委が奇妙な動きを見せている。

元々は、

「メーカーから販売奨励金を削減された卸売業者が値上げを要請したのにもかかわらず、イオンが応じていないことについて、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)の疑いがある」
日本経済新聞2012年7月24日付け朝刊・第12面、以下同じ。)

ということで、2011年11月頃に公取委が調査を始めたのが発端だったようだが、結局「違反事実なし」という結果となり、20日公取委がイオンに通知。

しかし、返す刀で、

三菱食品伊藤忠食品日本酒類販売の卸売り3社が原価割れの価格でイオンに納入していた可能性が浮上」

ということで、同じ20日に、今度は公取委から上記3社に警告の事前通知を行い、さらに

仕入れたイオン側にも原因があるとして、公取委は『適正な価格での取引に応じるよう後日文書で通知する』と同社に伝えている。」

という摩訶不思議な展開となってしまった。

当然ながら、イオンの方は、自社のHP上に「ビールの取引における当社の見解について」という4ページにもわたる書面を掲載して激しく反論している(http://www.aeon.info/news/2012_1/pdf/120723R_2_1.pdf)。

内容としては、

「当社は卸売3社と十分に協議の上合意した条件にて取引をしているものであり、当社が一方的に取引の条件を決定するなどした事実は一切ございません。」
「また、当社が卸売3社に対して、原価を下回る価格での納入を要請した事実もなく、卸売3社の仕入原価を正確に知る手立てもない当社としては、卸売3社が原価割れの状態で販売していた商品があるか否かについても確認できる立場にはありません。」

と価格設定が通常の取引交渉の中で行われたものであることを主張した上で、公取委が自社の独禁法違反の事実が認められないと判断したことに言及し、

「にもかかわらず、公正取引委員会が、当社に対して交渉により決定された事業者間の取引条件を変更し、卸売3社からのビールなどの仕入価格を適正な価格(事実上の値上げ)とするよう協力要請がされるとすれば、それは事業者の契約内容決定の自由に対する大きな萎縮効果をもたらす結果となり、自由かつ活発な経済活動の根幹を揺るがしかねないものと考えております。」

とかなり強い調子で、公取委の方針を非難した上で、

「当社としては、公正取引委員会より卸売3社との間で価格調整をするよう協力要請がなされたとしても、このような協力要請を契機として卸売3社との取引条件を変更し仕入価格の値上げに応ずる意向はありません。」(以上1頁)

と「公取委の要請には応じない」旨を高らかに宣言している。

こと“お上”に対しては弱きになりがちな我が国の大手企業としては、極めて異例なリアクションだといえるだろう。


ちなみに、公取委が「卸売各社」の「不当廉売」をターゲットにしたことが話をややこしくしているが、今回の一連の調査の発端が、「イオンの販売するビールが安いことによって顧客を奪われる近隣の零細酒屋からのクレーム」にあることは疑いようもない。

そして、消費者庁に所管が移ってしまった法律とは異なり、独禁法においては、いくら最終需要者にとって有利な話であっても、競争事業者の排除につながるような行為は禁じられているから、度を過ぎた安値販売であれば規制する、という発想も理解できなくはないのであるが・・・。


個人的には、「廉売行為者自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるような廉売を規制することにある」*1という不当廉売の規制目的からして、決して効率的とは言えない事業者を保護するための規制の発動には慎重になるべきではないか、と考えている。

公取委自身、「企業努力による価格競争は,本来,競争政策が維持促進しようとする能率競争(良質・廉価な商品を提供して顧客を獲得する競争をいう。)の中核をなすもの」と認めているのであり、特に、不特定多数の需要者による強い競争圧力が常にかけられている一般消費者向けの商品市場においては、仮に不当廉売で競争事業者を一時的に排除したとしても、油断すればすぐに新しい事業者が飛び込んできて新たな競争が始まるのだから、そうそう心配するには及ばない。

もちろん、客観的な価格・費用の基準を適用して規制を透明化する、という観点は必要だと思うが、本件のように、卸売会社に警告を与えてまで、購入先たるスーパーの小売価格(スーパーと卸売会社との契約の内容)まで当局が差配しようとするのは、いかにもやり過ぎのように思えてならない。

本件については、背後に垣間見える“政治”的な動きに対して、競争当局が自衛的に最小限の権限行使のポーズを取っただけ、という見方ができなくもないし*2、それゆえ「警告」以上に踏み込んだ動きにはなりにくいという読みもあって、イオンも強気に出ているのかもしれないが、できるなら、「良い品をできるだけ安く」という小売業界の努力に水を差すような規制介入は(たとえ「警告」レベルのものであっても)勘弁してほしいなぁ・・・というのが、一消費者としての率直な思いである。

今後の展開に注目したい。

*1:「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」(http://www.jftc.go.jp/dk/futorenbai.html)参照。

*2:下請法改正や優越的地位濫用に対する課徴金制度導入の動きのように、中小商工業者を支持基盤とする政治集団が競争法制に与える影響は決して無視できないものである。

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