以前、優越的地位の濫用規制が適用されるのかどうか、ということで注目して取り上げた「東電電気料金値上げ」事件*1。
その際に、あまり前例がないからどうなるか分からないねぇ・・・という類のコメントをしたのであるが、公取委が早々と判断を示したことで、「前例」が作られることになった。
だが、その内容といい、ニュースになった経緯といい、どうも腑に落ちないところは多い。
「公正取引委員会は22日、東京電力が企業向け電気料金の値上げを一方的に通告したのは、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)につながる恐れがあったとして、東電に文書で注意した。値上げなどの際には必要な情報を十分に開示して内容を説明するよう求めた。」(日本経済新聞2012年6月23日付け朝刊・第38面)
公取委の22日付けのリリースはこちら。
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/12.june/12062201.pdf
で、これによると、公取委は、
(1) 東京電力は,東京電力の供給区域(注2)における自由化対象需要家(注3)向け電力供給量のほとんどを占めており,一方,当該供給区域における特定規模電気事業者(注4)の電力供給の余力は小さい。これらの事情から,東京電力と取引しているほとんどの自由化対象需要家にとって,東京電力との取引の継続が困難になれば事業経営上大きな支障を来すため,東京電力が当該需要家にとって著しく不利益な取引条件の提示等を行っても,当該需要家がこれを受け入れざるを得ない状況にあり,東京電力は,当該需要家に対し,その取引上の地位が優越していると考えられる。
(注2)「東京電力の供給区域」とは,茨城県,栃木県,群馬県,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,山梨県,
静岡県(富士川以東)の区域をいう。
(注3)「自由化対象需要家」とは, 契約電力が原則として50キロワット以上の需要家をいう。
(注4)「特定規模電気事業者」とは,自由化対象需要家の需要に応ずる電気の供給を行う事業者であって,一般
電気事業者を除く者をいう。
といった事実から、東電の需要家に対する取引上の地位の優越性を認め、さらに、
(2)東京電力は,東京電力の供給区域において,東京電力と取引している自由化対象需要家に対し電力供給を行うに当たり,平成24年1月頃から同年3月頃までの間,東京電力と当該需要家との間で締結している契約上,あらかじめの合意がなければ契約途中での電気料金の引上げを行うことができないにもかかわらず,一斉に同年4月1日以降の使用に係る電気料金の引上げを行うこととするとともに,当該需要家のうち東京電力との契約電力が500キロワット未満の需要家に対しては,当該需要家から異議の連絡がない場合には電気料金の引上げに合意したとみなすこととして書面により電気料金の引上げの要請を行っていた事実が認められた。
という2つの事実(契約期間中の料金一斉引上げと、一方的な書面送付による合意みなし)を認定して、
「前記(1)を踏まえると,東京電力の前記(2)の行為は,独占禁止法第2条第9項第5号(優越的地位の濫用)に該当し同法第19条の規定に違反する行為につながるおそれがある。」
と判断したのである。
東電の地位が「優越的」なものであることは疑いがない上に、「値上げ」という行為も取引相手に不利益を与える行為であるのは明らかである以上、それが「一方的な通知」によって進められる、しかも、「一方的な書面送付による合意みなし」によって進められる、となれば、確かに「優越的地位の濫用」の疑いが濃くなってくることは避けられない。
ただ、優越的地位に基づいて、相手方にとって不利益となる条件での取引を行おうとしたからといって、直ちに優越的地位の濫用に該当することになるわけではない、というのは前回のエントリーでも指摘したとおり。
「優越的地位の濫用」というためには、東電が示した対価が「著しく高い」といえるかどうか、という点を検討する必要があるし*2、今回の値上げが「正常な商慣習に照らして不当に」とまでいえるかどうかについても、もう一段踏み込んだ検討が、本来なら必要なはずである。
東電の市場における支配力があまりに大きい、ということや、需要家側に選択の余地を与えないかのような方法で事を進めようとした、という問題が非常に重大、と判断したゆえに、公取委としてもあっさりと「おそれあり」との心証を示したのかもしれないが*3、なかなか先例がないタイプの話だっただけに、たとえ通り一辺倒でも、要件一つひとつにきちんと目配りしたほうが良かったのではないか、という思いは残るところである。
そして、もっと引っかかったのは、以下のくだりである。
「注意の事案については公表しないのが通例だが、今回の電気料金値上げは『公益性が高い』として公表した」(同上)
公取委の資料にも記載されているとおり、上記(2)の事実は、値上げに向けた動きが出始めた頃の話で、メディアで激しいバッシングを受けた3月下旬以降は、以下のような運用に改められている。
「なお,東京電力は,本件に係る経済産業省の指導等を踏まえ,平成24年3月下旬頃以降,東京電力と取引している自由化対象需要家に対し,契約期間満了までは契約中の電気料金での取引の継続が可能であることを伝えた上で,電気料金の引上げの要請を行うとともに,当該需要家のうち東京電力との契約電力が500キロワット未満の需要家に対する電気料金の引上げの要請に当たっては,書面に加え,電話や訪問により口頭で電気料金の引上げ理由等について説明している事実が認められた。」
調査が始まった当初は独禁法違反に当たる余地があっても、調査が行われている過程で運用面等を改善し、あるいは改善する姿勢を示すことによって、「注意」等の行政指導にも当たらない緩い措置に収まる、というのは、良くある話だ。
そして、この場合、事業者名が公表されることはほとんどない。
だが、本件については、「公益性が高い」という理由で、事業者名はもちろん、事案そのものの内容まで公表されてしまった。しかも、「注意」という非常にモヤモヤした結論とセットで・・・。
このことをどう評価するか、は、それぞれの拠って立つ立場によっても異なってくると思うのだが、東電にしてみれば、せっかく考えて改善したのに・・・という思いがあるかもしれないし*4、、需要家の側にしてみれば、さらに踏み込んで責任を追及しようと思っても、「注意」ではどうにもならないじゃないか、という声が出てきても不思議ではないように思うところである。
もちろん「注意」であっても、そのような結論を導き出した過程をきちんと示すことによって、今後の同種事案に対する判断が明確になる、というメリットはあるのは分かるのだけれど、何となく違和感が拭えない、そんな展開になってしまっているだけに、この先もまた、気になるところである。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120412/1334458614参照。
*2:値上げ幅自体は大きいし、規制部門と違って公的な認可を受けているわけではないとはいえ、部門別収支について当局からチェックを受ける立場にある電力会社が、度を越した対価を設定しているとは考えにくい。
*3:しかも、あくまで「おそれ」であって、「優越的地位の濫用」にあたる、とまで断定しているわけではないから、その分判断のハードルは下がる。
*4:もっとも、東電については今さら事業者名等が公表されても低下するレピュテーションなどないくらいのヒドイ状況に追い込まれてしまっているから、本件に関しては、公表されたことによる実害はほぼ皆無と言っても良いのかもしれない。