もう一度、鞍上で輝く姿が見たかった。

凄く残念、ただただ残念、というほかないニュース。

日本中央競馬会JRA)の佐藤哲三騎手(44、栗東・フリー)は16日、大阪市内で記者会見を開き、10月12日付で現役を引退すると表明した。同騎手は2012年11月24日の京都競馬で落馬。右大腿骨骨幹部骨折、左上腕骨開放骨折などの重傷を負った。手術やリハビリに励んだが、復帰を断念した。」(日本経済新聞2014年9月17日付朝刊・第41面)

「佐藤騎手」というより、「佐藤哲騎手」と呼んだ方が馴染みがある栗東の中堅ジョッキー。

1990年にデビューして以降の最高成績は、1996年の「70勝、リーディング8位」という成績で、それ以外の年は、勝ち星を3ケタに乗せたこともなければ、全国リーディングでベスト10に入ったこともない。

同期には、同じ関西で2年目にG1制覇、リーディングベスト10入りした角田晃一騎手や、関東でリーディング上位争いの常連だった田中勝春騎手、といった派手な活躍をしたジョッキーがいたこともあって、(特に関東のファンにとっては)「地味」という印象が強かった騎手だった。

だが、“曲がり角”といわれる30代に突入しても、コンスタントにビッグレースに騎乗して、30〜50勝くらいの安定した勝ち星を残し、さらには、有馬記念で場内をどよめかす2着に飛び込んだのを皮切りに、“黄金コンビ”として重賞タイトル(G12勝を含む)を取りまくったタップダンスシチーや、砂の王者として中央で地方でG1レースを席巻したエスポワールシチーなど、何頭もの個性的な名馬*1を操って、数々のG1、重賞タイトルに名を刻んでいく。

気が付けば、角田騎手(2010年引退)を勝利数で上回り、G1レースでの実績では田中勝春騎手をも上回る、という同期一の存在感で、負傷でちょくちょく欠場することはあっても、すぐにターフに復帰して、それまでどおりの安定した騎乗をしている姿を見たら、まだまだ息長く活躍できそうだなぁ、と思ったものだったのだが・・・。


専門誌等では、「若手の中の先輩格」という紹介をされることが多かったように思うし、個人的な経験でも、昔、関西方面でのファンイベントに行ったときに、“お守り役”のような立ち位置で対応する佐藤哲騎手の姿を見たことは非常に多かった、と記憶している。

デビュー当時から「壁」となっていた、河内、武豊といった大物騎手に加え、ペリエデムーロルメールといった一流外国人騎手や安藤勝己や岩田といった地方出身騎手との戦いも強いられ、さらには、成績だけ見れば、福永、浜中といった後輩騎手たちにも先を越され・・・といった状況の中でも、佐藤哲三騎手が輝きを失わなかったのは、堅実さと大胆さを兼ね備えた高い騎乗技術*2と、おそらくは、調教師、馬主から厚い信頼を受ける人柄ゆえ、だったのだろうと思う。

不幸な落馬事故に遭遇するわずか2週前、500万下の特別戦で快勝したキズナの手綱を、そのまま彼が取っていたら・・・

などということを言うのは、勝負の世界の厳しさの前には、あまりにナイーブ過ぎるかもしれない。

ただ、パドックで姿を見かけると、ちょっと安心して、その馬を連下で押さえたくなる・・・そんなジョッキーは、東にも西にも、(自分にとっては)もうそんなに残っていないだけに、せめてもう一度、平場のレースで良いから、彼がサラブレッドに跨る姿を見たかった。

今はそんな思いが溢れている。

*1:他に代表的な馬を上げるとしたら、サクラセンチュリーインティライミ、そして、落馬事故直前まで手綱を取っていたアーネストリー、といったところだろうか。

*2:特に低人気の馬に乗った時に、思い切った先行策や、絶妙の仕掛けであっと言わせることは多かったように思う。