法制審の部会で改正要綱(案)が承認され、改正法案の提出に向けて秒読み段階に入っている「債権法改正」。
もっとも、「この段階になっても、一般的なメディアでは、改正の“正確な姿”を今一つ伝えられていないのではないか」という疑念はあるところで、部会翌日の報道に関しても、当ブログで指摘をしていたところだった*1。
そんな中、“戦犯”メディアの一つである日経紙に、ほっと胸をなでおろしたくなるような論稿が掲載されているので、ご紹介しておくことにしたい。
改正のトピックを的確に取り上げた松岡教授の論稿
ここで取り上げるのは、日経新聞の定番コラム、「経済教室」に掲載され、「民法改正 商取引に変化も」という見出しが付された松岡久和・京都大学教授のコラムである*2。
何らかの「変化」を強調しないと記事にできない、という使命感ゆえなのか、見出しには「変化」というフレーズが含まれているが、松岡教授ご自身が書かれている内容は、そこまで「変化」を強調するものではない。
「社会・経済の変化に対応して国民にわかりやすいようルールの透明性を高めることが、改正の中心的な趣旨である。判例準則を取り込む改正は従来のルールからの実質的な変更はない。」(強調筆者、以下同じ)
一連の報道の中ですっ飛ばされることが多いこの「前提」を、冒頭で確認した、というところに、法制審部会委員として今回の改正論議に長年参加されてきた、松岡教授の矜持を垣間見た、というと、言い過ぎになるだろうか・・・。
もちろん、法務省や、部会審議に参加した先生方がお考えになられている以上に、「判例の明文化」が実務に与える影響は大きいのではないか? という反論はあるだろうが、少なくとも立法に向けた議論に関わってきた人々が「実質的な変更はない」と考えたことで、コンセンサスを得られた事項が、今回の改正事項の多くを占めている、ということは、(今後の立法過程においても、メディアでの報道の中でも)様々な機会で確認されておいて損はないことだと自分は思っている*3。
一方、松岡教授は続けて、
「注意が必要なのは、ルール自体を変える改正である。以下では大きなトピックを4つ取り上げる」
とし、具体的には、
(1)債権の消滅時効に関する改正
(2)法定利率
(3)債務の個人保証
(4)約款に関する規定
の4つのテーマについて詳細に論じていて、このあたりは、最近の報道で大々的に取り上げられているところとも重なっている。
ただ、松岡教授の論稿が素晴らしいのは、これらの4つのテーマについて、改正に至った経緯をきちんと解説した上で、
(法定利率について)「反対論にも十分配慮した安定性を確保した、緩やかな変動制ということができる。」
(約款について)「改正案は当初に比べてかなり緩い内容となった。」
と改正のトーンを正確に伝えていることであろう。
当然のことながら、内容に関しても、書かれている中身は実に正確で、先日の法制審部会後に、不正確な報道が目立った「不当条項」に関して、
「信義則に反し相手方の利益を一方的に害する条項は契約内容とならないとして、不当な条項には拘束力が生じないことも明らかにした。」
と、端的に書かれているのを拝見した時は、何とも言えない安堵感を覚えた*4。
そして、自分が一番素晴らしい、と思ったのは、以下のくだりである。
「マスコミの多くは、今回の改正が消費者保護を重視したと報じている。しかし、これは誤解を招くおそれがある。」
「改正案は消費者保護の視点からでない基本ルール整備を内容とする。」
やんわりとした表現ながらも、「本当に改正要綱案の中身を読んだのか?」と首を傾げたくなるようなステレオタイプな言説を一刀両断する、こういうコメントに裏付けられた報道こそが、本来は、11日付の朝刊記事に求められるものだったように思えてならない。
民法の世界で生きてこられた研究者として、松岡教授にも「民法に消費者保護の観点で規定を設けるのはありうる選択肢だった。」という思いはあったのだろうし、「現行法が制定時に世界最先端の規定を誇ったことに比べると、やや保守的な内容」になってしまったことに、いろいろと思われるところはあるのかもしれない。
だが、部会での議論に長く加わってこられた先生としては、
「粘り強い議論によって多数の改正に意見の一致をみたことは、高く評価されよう。」
という思いがあるゆえに、このコラムの中では、立法の経緯を正確な形で伝えることに徹されたのではないか、と思われる。
いずれにしても、今回の債権法改正に関し、(法律雑誌以外の)一般的なメディアに掲載されたものの中では、内容の正確性やバランス等が非常によく整っている論稿だけに、法務業界の関係者であれば、一度は目を通しておくべきだし、今後の報道においても、大いに参照されるべきではないか、と思った次第である。