改正民法の行く末を占う法制審総会でのやり取り。

長きにわたって議論が繰り広げられてきた債権法改正も、法制審部会での改正要綱(案)決定*1、さらに法制審総会での「改正要綱」決定(http://www.moj.go.jp/content/001136889.pdf)を経て、民法改正法案(及び施行に伴う整備法案)の閣議決定、国会提出に向け、秒読み段階に入っているようである。

そうでなくても、大きな法改正が目白押しの今国会で、これらの法案が正式に閣議決定され、国会に提出されれば、大きな注目を集めることは間違いない、と思われるのだが、最後に固まった「改正要綱」がどういう経緯で出来上がったものなのか、特に「約款」に関する規定に関して、詰めの段階でどのような議論がなされたのか、ということは、法制審民法(債権関係)部会の最終盤(昨年12月〜本年2月まで)の議事録がまだアップされていないこともあって、分からないことも多い。

毎回、4時間、5時間かけて喧々諤々の議論をした内容を、“表に出せるレベルのもの”にするためには、それなりに手もかかるし時間もかかる、というのは理解できるところではあるのだが、さすがに国会審議に入るような段階になっても、まだ審議会で示された原案作成者の意図だとか、解釈の可能性、といったものについて、一般の人々が知ることができない、というのは問題があるように思われるわけで、一刻も早く、アップしていただければ、と思うところである。

そんな中、「改正要綱」を承認、決定した法制審議会総会の議事録(http://www.moj.go.jp/content/001139633.pdf)が、一足先に公開されている*2

そして、その中に、「改正民法」の今後を予感させるようなやり取りがいくつか出てきているので、参考までにご紹介しておくことにしたい。

それぞれの立場から示された懸念と、それに対する応答

総会では、鎌田薫・民法(債権関係)部会長から、「改正要綱(案)」に関する一通りの説明がなされた後、質疑応答に入ったのであるが、そこで口火を切ったのが、佐久間総一郎委員(新日鉄代表取締役副社長)であった。

「経済界は,今,部会長から御説明のありました改正の趣旨に賛成でございます。ただし,仮案決定以降も継続審議となりました定型約款につきましては,経済界においては実務の混乱を懸念する声がございました。
「一番の問題は,定型約款の定義が必ずしも明確でないために,約款を用いて行われております企業間取引が不安定になるのではないかという点でございました。その点に関しまして,専ら企業間取引で用いられる約款,基本契約,契約書のひな型等については,定型約款の定義には該当しないと理解しておりますし,また,そういうふうなことだと思っておりますが,この点につきましては,念のため,取引の安定化のため今後解説書等にその旨を記載したり,国会審議の場においてその旨各所で説明していただき,十分に周知し実務に混乱が生じないようにしていただきたいと考えております。」(議事録15頁、佐久間委員発言、強調筆者(以下同じ))

あれほど激しく反対の意向を示していた経済界(というか経団連)が、最後の最後で、なぜ、「定型約款」の規定を設けることに“譲歩”したのか、ということは、部会の議事録を見てもまだ分からないのかもしれないし、法改正の歴史における「謎」として、後世まで語り継がれることになるのかもしれないが、そんな中、最近、よくそちらのサイドから言われるようになっているのがこの「定義」の問題である。

約款に関する規定が設けられてしまった後の「プランB」として、定義をなるべく厳格に解して、適用範囲を狭く・・・という発想は理解できなくもないのだが、企業間取引であっても、伝統的な意味で「約款」と言えるようなものであれば、それが除外される、と解釈される方がかえって混乱を招くのではないか、という気もする。

そして、そんなもやもやを如実に示しているのが、佐久間委員の発言に対応した、以下の回答だろう。

○鎌田部会長 定型約款の定義に関しましては,いろいろと議論のあったところでございますけれども,御発言の御趣旨もB to Bであれば自動的に全部外すべきというものではなかったと思いますが,先ほど申し上げたようにひな型等は外れるように配慮して定義を設けたところでございます。この後の国会審議あるいはその後の解説書等におきまして,我々研究者もそうでありますが,事務当局におかれまして十分に正しくその内容を伝えるように努めていただければと思っております。(以下略)
○深山幹事 引き続きまして,民事局長の深山です。今,鎌田部会長からお話があったとおり法制審議会の議論においても,第1点目の点は,現在の要綱案の定義で,B to Bで用いられているひな型等は入らないという了解の下で,抽象的な定義,規定ではありますが,作られておりますし,その趣旨をより具体的に様々な広報手段で周知していくというのは,我々事務当局の法律成立後の大きな仕事だと思っておりますので,この点をはじめ,更に各規定の趣旨・内容,取り分け規定の性質,任意規定強行規定等々も含めて,その周知を図っていく。これは内容が極めて多岐にわたって,影響も大きいということですから,他の一般の法律もそうですが,従来の一般の法律に増して様々な手段で周知徹底をしていきたいと思っております。」(以上15頁)

鎌田部会長も、法務省民事局長の深山氏も、「(BtoBで用いられている)契約書のひな型は定型約款の定義に入らない」という、部会資料段階での事務局の説明以上のことは何も言っていないわけで、佐久間委員との応答は、噛み合っているようで噛み合っていない。

定型約款に関しては、さらに八丁地隆委員(日立アメリカ会長)も、これに言及した発言をしており、

「定型約款についてでありますけれども,いわゆるB to B取引で用いている約款は,今回の要綱案において新設された定型約款には該当しないという点だとか,定型約款に該当しない約款も,従来の約款法理の下では依然有効であるという点などにつきましては,細かく,誤解とか混乱がないように周知いただきたいということを重ねて申し上げます。」(17頁)

と、「定型約款に該当しない約款」の効力の問題にまで踏み込んで発言されているのだが、議事録上、法務省や学者サイドから、このような考え方を是認する「手形」は切られていないことにも留意する必要があるだろう*3

佐久間委員の発言のうち、

「また,定型約款を含む要綱案全体について,2点お願いがございます。一つは,民法の債権法は,経済界のみならず国民の経済活動、社会活動全てを律する基本中の基本ルールということでございますので,改正の趣旨及び内容につきまして,丁寧かつ十分な周知をしていただきたいということ。」
「もう1点は,各規律,これは特に今回契約自由の原則というのが入りましたけれども,各規律が任意規定なのか,強行規定なのか,この点については可能な限り解説書等で明らかにしていただきたいと考えております。」(15頁)

という「お願い」の部分については、法務省としてもウェルカムなのだろう、その点については深山民事局長からも繰り返し、「周知徹底を図る」という主旨の答弁が繰り返されているのだが(佐久間委員のほか、連合会長の古賀委員の発言に対しても、同趣旨の回答を行っている)、いくら立法担当者が解説を書いて、“丁寧な説明”を行ったとしても、ひとたび規定が出来上がってしまえば、解釈はひとりでに出来上がっていくわけで、実務家としては、そこに過度の期待をかけるのもどうなのかなぁ・・・と思わずにはいられない。

一方、懸念は消費者団体側からも示されており、山根香織委員(主婦連会長)は、

「現状の課題を見据えて,消費者保護ということで改正された部分も多くあり,評価をするのですけれども,一方で保証人のところ,もう一歩踏み込んで禁止の徹底等できなかったかとか,約款につきましても,明確化が進みましたようですが,不当条項の取扱いなど,消費者としては心配なところもあると感じております。契約問題等の議論の際,消費者保護を強く求めますと,よく言われますのが,自由で健全な事業活動を阻害するおそれがあるということですけれども,企業と一消費者の力の差を考えれば,保護ルールの整備というのは当然必要なことと思いますので,それは基本に置いて今後も進めていただければと思います。」(16頁)

と、立場的には当然、ともいえる発言をされている。

これに対する直接の回答は、

○鎌田部会長 御意見は理解いたしておりますが,不当条項の規制に関しましては,今回約款に関して不当な条項についての基本規定は設けましたけれども,これとは別に,約款規制の観点でなくて,文字どおり不当条項規制の観点から,消費者法の中で約款であるか否かを問わず,不当条項規制をしていくということはこれと矛盾するものではございませんので,それはそれで発展していっていただければと考えているところでございます。(17頁)

という、見方によっては、約款規制=民法の問題、不当条項規制=消費者契約法の問題、という棲み分けを示唆している、とも取れるもので、これまた発言した側からすると、いささか不満の残るところだったのではないかと思う。

審議会、という場を使って、妥協的なプロセスを経て出来上がったのが、今回の改正要綱、ということを考えると、誰もが完全に満足できるような決着になることは、元より期待できなかったのかもしれないが、今後の解釈論の形成が、前途多難なものであることを予感させるような微妙なやり取りが続いているなぁ、というのが、一連のやり取りを眺めての率直な感想であった。

施行に向けた準備期間について

さて、改正要綱の具体的な内容を離れて、もう一つ興味深かったのが、「準備期間」に関するやり取りであった。

法務省は、古賀委員(連合会長)の発言に応答する形で、

○深山幹事 今御指摘ありました周知期間あるいは準備期間の点ですけれども,現在,条文化の作業もしておりまして,今御説明があった要綱案自体には期間の点について触れるところはないわけですけれども,条文として今考えているのは1年2年では足りないだろうということで,交付の日から3年以内の政令で定める日と。実際には2年半から3年ぐらいの準備期間,周知期間を置くということになると思いますが,そういった規定を現在のところ考えているところでございます。
様々な御意見の中にはもっと長くということを言われる方もおられますが,他方で余り長いとかえって難しい面もあるので,この2年ないし3年ぐらいの期間の間に,法務省としても法律成立後は,先ほど申し上げたとおり様々なツール,特に解説書を書くということや,いろいろなところで文章で発表するだけでなくて,他省庁と連携をして,各業界ごとにいろいろ御懸念の点もあるし,各分野ごとにいろいろなことがありますし,今御指摘のように他法令の影響もありますので,業界ごと,あるいは,関係省庁ごとの周知に法務省も一緒になって取り組んでいくということで,遺漏なきを期したいと思っております。(16頁)

という「模範解答」を述べている。
この辺は、当初から囁かれていた通りの内容であるし、自分もそんなに違和感はなかった。

ところが、この後に、岩間陽子委員(政策研究大学院大学院教授)が、鋭い指摘を行う。

「説明を伺っていてちょっと疑問が生じましたので,教えていただきたいのですが。現行制度があって,それが変更されるという場合は,もちろん混乱を避けるために十分長い過渡期間が必要かと思いますが,民法に規定が存在しなくて,既に判例で慣行が定着しているものが明文化されるというものもかなりあったように思います。その場合はむしろ早めにはっきりと法文化した方が混乱が少なく,また,国民にとっても分かりやすいという面があるのではないかと思いますが,その辺りはいかがなのでしょうか。」(17〜18頁)

関係者の多くが、既に忘れかけていた(?)「わかりやすい民法」というテーゼを、改めて思い起こさせるとともに、「分かりやすくするだけならさっさと施行すればよいではないか」という、ストレートな感覚が実に端的にぶつけられた発言だと言えるだろう。

これに対し、法務省側は、

○深山幹事 確かに今回の改正の項目のうち相当部分,実際には半分以上だと思いますけれども,従来の判例理論の明文化という内容のものです。ただ,債権法全体を一括して見直しておりますので,例えば,一つの制度,一つの条文の中でも,この第1項は判例法理を明文化したものです。しかし,それを前提に新しいルールを付け加えたという形で,それが一つの条文になっている,あるいは,制度になっていると。そういうふうにお互いに絡み合っている,全体を見渡していろいろな調整をしています。
したがって,この内容を幾つかに区切って施行時期を分けるというのは考えられないわけではないのですが,今言ったような条文化するときにはそれは一体化して,截然と分けられないものですから,かえってどういう適用関係になるのか難しいことが生じかねないということで,我々とすると全体を一つのパッケージとして一定期間の準備期間を置いて施行したいと思っているところです。(18頁)

と、今回の改正の“難しさ”を強調して回答しているのだが、続く鎌田部会長の、

○鎌田部会長 法律の施行日という点では,今,深山局長のおっしゃったとおりだと思うのですけれども,民法,取り分け債権法,契約法は大部分任意規定でございますので,法律の規定がないと適用できないというわけではございません。むしろ未施行ではあれ改正法が成立したということが,従来の解釈とあいまって,施行日までの民法の適用について大いに寄与して,その方向で確定していくということが期待されると考えております。(18頁)

という発言などを見ると、法令としての施行日はともかく、改正法の内容が、実務に浸透してくる時期はもう少し早まってくるのではないか、という考え方もできるところである。

法制審部会で審議されていた時期に、部会資料で「判例の明確化」と評されていた改正提案が本当にそうなのか、実務との間に乖離はないのか、ということについては、いろいろと思うところがある人が多いだろうし、実際、条文化されてみるとなおさら・・・ということも出てくるとは思うのだが、いずれにしても、

「今回の改正で実質的に変わるのはどこなのか?」

ということを、解き明かしていかないと、経過規定をうまく使いこなすこともできなくなってしまうわけで、今後に向けて考えさせられることの多いやり取りであった。


以上、これからも様々なところで、改正民法にまつわるコメントは出てくると思うのだが、外野の人間としては、今後のトーンの変化も含めて見守っていくしかないわけで、実務への負荷が少しでも軽い方に向かうことを祈るしかないな・・・と今は思うところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150211/1423679091参照。

*2:元々、セレモニー的な意味合いが強く、「台本」に則って説明がなされている部分も多いために、アップするまでの時間もそんなに多くを要しないのだろうが、それにしても…という気はする。

*3:個人的には、曲がりなりにも「定型約款」というものが定義され、その組入れ等に関して一定の規定が設けられた以上、「それに該当しない約款」なるものの効力は、(反対解釈により)当然厳格に解されることになると思われるし、学者にしても実務家にしても、そう考えている人の方が、圧倒的多数を占めていると思うのであるが・・・。

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