許されざるフライング報道〜債権法改正をめぐって

もう、「いつ始まったのか」ということを忘れてしまうくらい長い間続いている、民法(債権法)改正の議論。

2度のパブコメを経て、いよいよ法制審議会部会での議論も、改正要綱を取りまとめるための最終ステージに入ってきているのだが、それでも、いくつかの論点では部会内での意見の隔たりが大きい、というのが、伝え聞いている話であった。

ところが、今週9日付けの日経新聞1面に、驚くべき記事が掲載された。

法務省が2015年の通常国会に提出を予定している民法(債権分野)改正案の原案が8日、明らかになった。債務の支払いが遅れた場合に上乗せする法定利率を現行の5%から3%に引き下げ、3年ごとに1%刻みで改定する変動制を導入するのが柱だ。法制審議会(法相の諮問機関)の民法部会が29日に民法改正要綱原案をまとめる。債権分野の抜本改正は約120年ぶり。」
改正要綱案はほかに(1)企業が消費者などに契約条件として示す約款の明文規定を設ける、(2)経営者以外の連帯保証には引き受け側の自発的な意思の確認を必要とする、(3)現在は1〜3年の短期消滅時効を撤廃し5年に統一する‐などを盛り込んでいる」
日本経済新聞2014年7月9日付朝刊・第1面)

「法定利率」をなぜか今回の改正の目玉にしようとするのは、中間試案公表の時からこの新聞の報道スタンスとして変わっていないようだし(笑)*1、他の論点の取り上げ方のセンスについてもとやかく言うつもりはないのだが、問題はあたかもここに書かれている内容が、「決まったこと」であるかのように書かれていること、にある。

確かに、現在、議論されている「要綱仮案の原案」について、法務省サイドが今月中をめどに取りまとめを行おうとしている、という話は自分の耳にも届いているところであるが、では、こんなにすんなりとまとまる状況か、と言えばそうではない、というのが現状だろう。

前記の記事が出た後に法務省のサイトにアップされた、7月8日の法制審部会の資料を見ても、それまでの部会資料を見ても、改正要綱のベースとなる「要綱仮案」の「原案」と題される資料の中には、まだ法定利率の話も、約款の話も入っておらず、これらの論点は、「要綱案のとりまとめに向けた検討」という標題が付されたいわゆる「Bタイプ」の資料の中で取り上げられているに過ぎない*2

そして、いま議論されているのが利率をどのように変動させるのか、というテクニカルな問題にとどまっている法定利率の話などとは異なり*3、「約款」に関する規定を置くことは、実務に大きなインパクトを与える可能性がある話なわけで、そう簡単に学界から法曹界、さらには産業界に至るまで広範なコンセンサスが形成されるとは思えない状況にある*4

いつものように、議事録の公表が遅れ遅れになっているがゆえに、中でどのような議論がなされているのかを正確に把握することは難しい状況にあるのだが、「迷走」とも評したくなるようなこの数か月の提案の変遷を見るに、日経紙が別に囲み記事を設けて解説しているような、

「改正原案では不明確なルールを見直し、原則的な考え方をわかりやすく提示することを重視。契約を結ぶ前に、約款による取引であることを相手に表示する必要があると明記した。消費者が合理的に予測できないような内容は契約として認めない。企業が一方的に約款を変えるときは、消費者の利益に沿っていることが条件になる」(日本経済新聞2014年7月9日付朝刊・第3面)

というルールさえ、すんなり入るかどうかは分からない状況にある、と言わざるを得ない*5

もちろん、この手の話に「急転直下」というのは付き物で、2年前、到底、スケジュール通りに要綱を取りまとめるなんて無理だろう、と思われていた会社法改正が、タイムリミットぎりぎりの調整で何とかなったように、今回の債権法改正についても、記事に書かれている「7月29日」のリミットまでの間には、何とか収まるところに収まるのかもしれない。

ただ、それにしても、今の段階で、コンセンサスが得られていない「仮案の原案」の内容を、あたかも決まったことのように(しかも少々不正確な説明を付して)報じる、というのは、いくら(アドバルーンを飛ばすことには定評がある)日経新聞でも、少々やり過ぎではなかろうか。

そして、考えたくはないことだが、このアドバルーンが、どこから飛ばされたのだろうか、といったことを考え始めると、正直、うんざり・・・という気分になってしまうのである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130218/1361897855参照

*2:http://www.moj.go.jp/content/000125160.pdf

*3:中間利息控除の話になってくると、もう少し実質的な問題も出てくるのだが、これも突き詰めれば「適用利率の変更」というテクニカルな問題に過ぎない。

*4:部会に出されている提案自体、部会資料75B(http://www.moj.go.jp/content/000121260.pdf)以降、何度も変更を経ており(不意打ち条項、約款の変更に関する77B(http://www.moj.go.jp/content/000122624.pdf)、定義に関する78B(http://www.moj.go.jp/content/000123525.pdf)の資料を参照)、今回出てきた78Bの資料においても、「約款の変更」等について、さらにドラスティックな変更が加えられている。

*5:ちなみに、最新の81Bの資料と比較したとき、この説明が間違っている、とまでは言えないものの、正確に提案内容の全てを表しているとは言いづらい。契約締結前の相手への「約款によることの表示」については例外が設けられているし、約款の変更についても、「ア 定型条項の変更が、相手方の利益に適合するとき」だけでなく、「イ 定型条項の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型条項に変更に関する定めがある場合にはその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。」を満たす場合も、変更が認められることとされている。一般人読者の記事で、この手の話をどこまで詳細に書くか、というのは難しいところであるが、せめて現在の案にいくつかの留保が付されていることくらいは、 経済紙を標榜する新聞であれば、きちんと説明してほしいところである。

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