つかの間の休みがくれたささやかなヒント〜債権法改正施行を見据えて

「8月11日=山の日」ということで、突如として何の根拠もない祝日がカレンダーに登場したのは去年のことだったか*1

今年は、土日と合わせて3連休、ということになったのは良いのだが、これまで夏季期間は比較的フレキシブルに休暇を取れる文化が定着しかけていたのに、今年に関しては、周囲を見回す限り、この3連休に絡めて有給を取得するのがデフォルトのようになってしまっていて、いつも空気を読まずに適当に休暇を入れる身としては、いささか肩身が狭い。

とはいえ、シーズンにかかわらず、日々の仕事に追われているうちに矢のように時が過ぎてしまう生活をしている中では*2、こういう突発的な休暇が強制的に入ってくることによってできることもそれなりにあるわけで、しばらく溜め込んでいた雑誌記事のスクラップも、珍しく少しは目を通すことができた。

そんな中、一番面白かった記事が、今年のNBL7月1日号に掲載されていた債権法改正に関する座談会である*3

何と言ってもこのメンバー、債権法改正の議論が本格的に始まった7〜8年前から、縁あって議論を追いかけてきた者としては、実に“しびれる”組み合わせである。
そして、参加者(特に現役の法務省メンバー)の立場上*4、ここで語られていることの多くは「民法(債権法)改正検討委員会」以来の議論、法案作成経緯の回顧にとどまっており、改正法の個別の中身に踏み込んだ解説が加えられているわけではないのだが、それでも節々に、今後の解釈の流れを決定づけるような“立法者意思”が垣間見える、というのが面白いところではある。

特に、興味深いのは、「定型約款」に関するくだりなので、今さらではあるが紹介しておくと、そもそも、「コンセンサスが形成できない論点は落としていく」という方針になっていたにもかかわらず、『定型約款』に関する規定が最後に残った理由については、

「やはりいまこの時期に民法(債権法)の大きな改正をするにあたって、今日の取引社会で広く活用されている『約款』に関する規定が全くない状態のままにするというのでは、私にはあまりにも重要なものが抜け落ちた改正になってしまうのではないかという意識がありました。」(12頁、強調筆者、以下同じ。)

と、筒井氏が当時の法務省事務方の空気感をストレートに表現しているし*5村松氏は、これに先立つ発言の中で、

「調整が他方面との関係で一番難航した論点は何かといえば、やはり『定型約款』であったと思います。(略)そして、そのような多方面からの要請を何とか調整していこうとしたため、部会での審議の過程で、提案されている規律の内容が大きく変わっていったわけですが、賛成されていた方々だけでなく、反対されていた方々の皆さんのご協力を得て、最終的に合意を形成することができる案にたどり着けたわけで、いま考えましても、ありがたいことであったと感じています。」(11頁)

と、この規定自体が、「多方面(ここで挙げられているのは経済界、弁護士会・消費者団体、内閣法制局)との調整」を経てできあがった“妥協の産物”であることを示唆している。

そして、その「妥協」の中身に関しては、筒井氏が、以下のとおり、簡潔だが明瞭に語っておられる。

「中間試案までの議論の中で、消費者保護という観点を前面に出して約款の内容規制を行う政策的な規定を設けるというのでは、合意形成がきわめて難しいだろうと考えました。このため、中間試案の段階から、そういった消費者保護という観点を前面に出すのではなくて、今日の取引社会の安定に資するような基本的なルールを定めるといったラインで、中間試案の取りまとめを行ったものと記憶しています。」
「その後も、経済界からの懸念は依然として大変強かったと思いますが、取引社会にとって役に立つ、経済界にとっても役に立つ改正にということで、議論をしてきました。その中では、約款の組入れや、約款の変更などに関する規定を設けることに関しては、経済界の内部でも異なる意見があって、成案を得るということが最終段階まできわめて難しかった。」
「そういった調整の成果として、最終的に『約款』に関する規定が残ることとなり、それについては消費者サイドの方々からも、こういった基本的なルールの枠組みが用意されることは、消費者保護の今後の進展という観点からも大いに意義があると評価をしていただいて、全体として賛成が得られたという経緯だったと思います。」(以上12頁)

最後の「消費者サイド」からの見方については、内田名誉教授があえて「協力」の大きさを強調し、

「消費者サイドから法制審に加わっている委員が、ここで民法を改正することが、長い目で見て消費者法、特に消費者契約法の将来の改正にどのような意味があるかという大きな政策的な視点に立って改正の方向を支持してくれたということは、非常に大きかったという印象を持っています。」(13頁)

とコメントしているのが少々気になるところだし*6、現に内閣府消費者委員会において進められている消費者契約法改正の議論の中でも、「約款の事前開示」という論点を、民法の改正後の規定と絡めて取り上げる提案(「消費者契約法において、事業者は、合理的な方法で、消費者が、契約締結前に、契約条項(新民法 548 条の2以下の『定型約款』を含む)を予め認識できるよう努めなければならない(努めるものとする)。」)が早々と登場している(今回は専門調査会内でコンセンサスが得られなかったようで、「消費者に対する契約条項の開示の実態を更に把握することなどを経た上で、今後の課題として、必要に応じ検討を行うべきである。」と結論先送りになっているが・・・)*7

とはいえ、今回の『定型約款』に関する規定が、上記のような壮大な“妥協”の産物である以上、そこに、巷のメディア等で軽々しく語られるような「消費者保護」的な意味合いを過度に込めて解釈するのは、やはり不適切な解釈姿勢というほかない。

前記座談会記事の中でも、最後の章で、「今後の課題」として、

「巷間いろいろな媒体で改正の内容についての解説が出ていますが、必ずしも立法の趣旨を正確に捉えていないものもあり、そういった情報をもとに実務界では、やや過剰な対応をしようとしているところも見受けられなくはないように思います。ですから、なるべく早くオフィシャルな解説が出て、立法趣旨が正しく伝わるような形で広報活動をしていただければという期待を申し上げたいと思います。」(15頁・内田発言)
「これまでの民事立法でもそうですが、法律ができると、突然、改正法の『解説』をする書物が続々出てきてしまう。それによって誤解が生まれたり偏見が拡大したりということもあるので、ぜひ立案担当者による解説を早急に出していただきたいと思います。(略)決定版を1個つくろうとするために時間をかけるよりは、、多分読者対象もさまざまに広がりますから、何通りかのものをつくっていただいて、さらにそれをめぐって学界、実務界がしっかり地に足の着いた議論を展開していくことを期待したいと思っています。」(16〜17頁・鎌田発言)
「確かに改正の内容について、『ものすごく大きく変わるぞ、だから契約書などを大きく変えなければいけない』などと不安をあおるというのは、商売のタネをつくるみたいなところもあるのかもしれませんが、ちょっと過剰な反応もなくはないように思います。その辺、正確な立法趣旨の周知徹底をぜひお願いしたいと思います。」(17頁・内田発言)

と、今世に出ている解説への批判が出るわ出るわ・・・*8

「公式解説」の出版元となることが予想される会社が出している雑誌に掲載された座談会だけに、多少は前宣的な要素があることも否めないが(笑)、議論と調整に長い時間を費やした分、それに値するような安定的な法解釈が早期に確立されてほしい、というのは、当時かかわった全ての人々に共通する思いであるはず。

そして、一実務家としては、慌てず騒がず、だが着実にやるべきことをやって、という姿勢こそが、今求められていることなのだと、改めて感じた次第である。

*1:ゆえに、残念ながら自分が愛用している「5年ダイアリー」には、この日が休日として記載されていない。

*2:そして、まとまった休暇を取ったらとったで、生き急ぐように世界中をほっつき回っている状況の中では・・・

*3:鎌田薫=内田貴[司会]=筒井健夫=村松秀樹「民法(債権法)改正案が成立して」NBL1101号4頁(2017年)

*4:検討が始まったときに民事局参事官だった筒井氏は今や法務省の大臣官房審議官だし、村松氏も現職が民事局参事官という立場だけに、法案が成立したからといって、公式解説を出す前に法案の中身に立ち入ったコメントを軽々しくすることはできない、という事情はあると思われる。

*5:この後に「私が単にそう思っていただけではなく、規定を設けることへの懸念を表明されていた方も含めて、議論に参加された皆さんの間で、広く共有されていたのではないかという気がしております。」(12頁)とまで続けているのは、さすがにおいおい、と突っ込みを入れたくもなるが。

*6:もっとも、このコメント自体は、『定型約款』の規定についてのみ向けられたものではない。

*7:消費者契約法専門調査会報告書」平成29年8月消費者委員会消費者契約法専門調査会・16頁参照。

*8:ここで発言者の念頭に置かれているのは、おそらく「債務不履行」周りの学者、実務家の解説の方ではないかと思うが、個人的にはそれに限らず、だと思っている。

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