渾身の企画記事に思うこと。〜Business Law Journal 10月号

数ある法律専門誌の中でも、企画のタイムリーさには定評のあるBLJ誌が、8月21日発行のBLJ2015年10月号に、またしても度胆を抜くような記事を載せてきた。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 10月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 10月号 [雑誌]

一つは、「特別企画」として掲載された「東芝三者委員会『調査報告書』をどう読んだか」という記事(メーカー法務担当者3名と公認会計士1名による匿名のコメント記事)で、第三者委員会報告書が7月21日に公表されたものであることを考えるとこれもかなりのスピードだと思うのだが、それ以上にすごいのは「FOCUS」という括りで掲載されたもう一つの記事、消費者契約法見直しのインパクト」である。

消費者委員会に設置された消費者契約法専門調査会が「中間とりまとめ」*1を公表したのは、8月11日のこと。
それからわずか10日で、弁護士による重要論点の解説と、IT、メーカー、小売、金融の4業種の法務担当者による匿名座談会を掲載する、という早業には恐れ入ったというほかない*2

本来であれば、もう少し早くブログで取り上げることができれば良かったのだが、それでもあまり遅くならないうちに、ということで、以下ではこの渾身の企画記事をご紹介するとともに、若干の感想を述べておくことにしたい。

消費者契約法見直しにおける真の「重要論点」は何か?

特集記事の中では、まず消費者庁出向経験のある松田知丈弁護士が、「消費者契約法の見直しで着目すべき『中間とりまとめ』の重要論点」として、今回の見直しの方向性やその具体的な内容をかなり詳細に解説されている*3

特に、「事業者に与える影響が大きい論点」として取り上げられているのは以下の3つ。

1 「勧誘」要件の在り方
2 不利益事実の不告知
3 不当条項の類型の追加

このうち、1、2については、以前このブログで紹介した日経の社説でも取り上げられていたものであり*4、示されている懸念の方向性も、同社説や、産業界の各団体が示しているそれとほぼ一致している。

この後に続く座談会でも、勧誘要件と不利益事実の不告知に関し、約3ページというもっとも多くの紙幅が割かれていることを合わせて考えるならば、これらの2点が、今まさに事業者にとっての「重要論点」と理解して差し支えないであろう。

確かに、

「適用対象から除外されない広告等(多くの広告等が該当することになるものと思われる)には不当勧誘規制が適用されることになるため、その影響は大きいと思われる」(前掲松田・18頁)
「事業者は、先行行為要件の削除によって、より一般的な『不利益事実』の告知義務を課されることになるため、その影響は大きいと思われる。」(前掲松田・19頁)
「複数の見直しが掛け合わされることによって大きな影響が生じ得ることに注意が必要である。すなわち、1で解説した『勧誘』概念を拡張する見直しも行われる場合には、事業者は、多くの広告等に、消費者が契約を締結するか否かについての判断に『通常』影響を及ぼすべき『不利益事実』をあまねく記載しておかなければならないことになり、事業者の実務に与える影響は大きいと思われる。」(前掲松田・19頁)

といった弁護士のコメントを額面通りに受け止めるならば、どんなに楽観的な担当者でも肝を冷やすし、座談会の中でも、

「勧誘規制が広告に広がり、さらに重要事項の範囲も広がるとなったら、規制の対象と要件の両方が広がるわけで、実務としてはとても対応しきれません」(座談会23頁)
「スペースや時間に制約がある広告においてあまねく不利益事実を記載することは現実的ではありません。」(座談会24頁)
「広告の中のあらゆる表記が勧誘としてとらえられ、リンク先に間違いの情報があれば全部一体として不実告知とされる場合が出てくるということですよね。それは困ります。」(座談会24頁)

と不安を訴える発言が続いていて、読者の危機感は十分駆り立てられることだろう。


個人的には、前掲脚注の日経紙社説に対するエントリーの中でも書いた通り、見直しの方向性がそこまで極端な方向に今後流れていくのか?という疑問はあるし、消費者側にとっては、「勧誘」によって消費者が誤認し、その誤認に基づいて消費者が契約締結の意思表示を行った、という二重の因果関係立証のハードルもあることに鑑みると、ちょっと心配しすぎではないのかな、と、思ってしまうところもある。

「不利益事実の不告知」の問題一つとっても、書かれていない事実に基づく「誤認」が契約締結の意思表示と明確に結びつく場面(そして、その結びつきの主張・立証に消費者側が成功する場面)、というのはかなり限られるはずで、「何でもかんでも書いておかないとダメ」という判断がスタンダードなものとなる可能性は決して高くないのではないか、というのが、何度もこの種の紛争にかかわってきた担当者としての率直な印象である*5

また、広告に関しては、元々、景表法の下で、かなり厳しい規制が既にかかっていることから、一切の誤謬は許されない、というスタンスでチェックを行っている会社が多いし、現実に、ひとたび“誤った表示”をしたことが発覚しようものなら、法的に取消権が発生するかどうかにかかわらず、現場レベルでは返金も含めた対応を余儀なくされることも稀ではないから、「消費者契約法が見直されると大変なことになる」と言われてもピンとこない、というのが、現場レベルの反応ではなかろうか*6

「勧誘」にかかわる法4条周りの規定が、消費者契約法の規定の中では比較的“紛争解決規範”としての性質が強いものであること*7、そして、「広告に誤った情報を掲載しない/不利益な事実もきちんと消費者に理解できるように掲載する」というのは、法律の規定如何にかかわらず、事業者が常に意識し続けなければならないことであることを考えると、今回の一連の見直しの中で、この部分だけに事業者の関心を集中させるのは、あまり賢い戦略とはいえないのではないか、と自分は思っている。

一方、松田弁護士が重要論点の「3つ目」として挙げている「不当条項の類型の追加」については、まだ議論の方向性が定まっていないということもあってか、座談会での議論も「勧誘」要件に関する議論と比べてそんなに盛り上がっていないように思われるし(座談会24〜25頁)、当の松田弁護士の解説も、概要と影響についての簡単なコメントに留まっている(前掲松田・19〜20頁)。

しかし、仮に、不当条項の類型を追加する方向で見直しが行われ、新たに一定の類型の条項が「ブラックリスト」、「グレーリスト」として消費者契約法に明記されるようになってしまえば、現に当該条項をめぐる紛争が生じているか否かにかかわらず、事業者側で既存の契約、約款の見直し等、何らかの対応を行う必要が生じることは避けられない*8

さらに、松田弁護士が指摘するように、

不当条項規制の対象となる約款に関する事案は、一般的に、消費者裁判手続特例法が定める要件(多数性、共通性、支配性)を満たすものが多く、消費者裁判手続特例法に基づく訴訟の対象となりやすいことを意識しておくことも重要である。」(20頁、強調筆者)

という問題もあることを考えると、ここでどういう見直しがなされるのか、というのは、行為規範としての観点からも、紛争解決規範としての観点からも、非常に大きな意味を持つことになる。

「事業者と消費者で情報格差があるからといって、契約社会で一般的に使われている条項を一律不当とするのは異常でしょう。」(座談会24頁)
(例外場面を)「レシートに記載するにも約款を刷り直すにも、コストがかかることを理解していただかないと困ります。」(座談会25頁)

といった、多くの事業者に共通する思いを、現在の運用実態も踏まえながら、どうやって筋の通った主張にしていくか、というのがこれからの課題だと思うのだが、いずれにしても、今後はもう少し、こちらの論点についても盛り上がった議論がなされることを期待したいところである。

もう一度特集記事が組めるような余裕を。

前回のエントリーでも指摘した「性急に過ぎる議論の進め方」については、座談会においても至極もっともな指摘がなされているところで、

「取引のいわば病理現象である裁判例の分析に基づいて法改正を検討するというアプローチには問題があると思いますね。」
「紛争事例の議論からいきなり法律の見直しの議論に飛んでしまっては、正常な取引に与える影響についての配慮が足りないように感じます。」(以上座談会22頁)

といった指摘についても、共感できるところは多い。

残念なことに、今のスケジュールでは、

「早ければ来年の通常国会に改正法案として提出される見通し」(前掲松田・14頁)

ということになってしまっているのであるが、「中間とりまとめ」で引き続き検討、とされている論点が全て生き残った形で法改正がなされるのであれば、そんなスピード感で議論を尽くすことが果たしてできるのかどうか。

新しい法律を、真に魂の入ったものとするために、せめて、BLJ誌でもう一度、消費者契約法の企画が打てるくらいの期間は議論に充ててほしい、というのが、一実務者としての率直な思いである。

*1:http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/other/meeting5/doc/201508_chuukan.pdf

*2:もちろん、「中間とりまとめ」が正式に公表される前から、議論の内容は逐一公開されていたし、7月下旬頃には既に「中間とりまとめ」のたたき台も公表されていたから、準備自体は早い時期から進めていたのだろうが、それにしても、革命的なスピードである。

*3:Business Law Journal2015年10月号・14頁。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150810/1439224594参照。

*5:もちろん、先行行為要件が全て削除されることの気持ち悪さは自分にも理解できるところで、何らかの枠をはめた方が、紛争解決規範としては安定した運用が図れるのではないかと思う。

*6:消費者契約法を根拠とするクレームが訴訟にまで発展するケースはこれまで決して多くなかったから、そこにいかに強い法的効果が与えられていたとしても、景表法上の行政処分に比べて深刻な問題とは受け止められにくかった、ということも否定できない。

*7:おそらく、座談会参加者の方々はコンプライアンス意識が非常に高いので、これらの規定を行為規範と捉え、予防策への徹底した落とし込みをすることを念頭に置いて発言されておられるのだろうが、現実には、「広告と商品・サービスのギャップ」が顕在化するような場面が出てきて初めて問題になる、という性質の規定で、そういう場面を全て想定することなど不可能なのだから、もう少し割り切って考えても良いのではないかと思う。

*8:「勧誘」等とは異なり、不当条項該当性の判断は定型的に行うことができるため、実際にトラブルが生じているかどうかや、その紛争の広がり如何にかかわらず、苦情やクレームの的になることが多いのが現実である。

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