「君の名は。」ブームに思うこと。

製造業は軒並み業績下降、小売・サービス業もインバウンド効果がはげ落ちて想定外の不振、と、2016年は景気的には今一つの一年だったような気がするが、そんな中、映画業界だけは特異な盛り上がりを見せていた。

「2016年の国内の映画興行収入は15年比6%増の2300億円前後になったもようだ。過去最高を6年ぶりに更新する。東宝のアニメ映画「君の名は。」が210億円を超えたほか、人気SF映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」や「シン・ゴジラ」などヒット作品が相次いだ。」(日本経済新聞2016年12月29日付朝刊・第2面)

スター・ウォーズ」は、元々一部のマニアのためだけの作品だと思っているから全く観る気が起きなかったし、「シン・ゴジラ」も一応観たものの、“一見リアル風でありながら内容はナンセンスそのもの”という感想しか抱けなかったのでここで論評するつもりはないのだが、「君の名は。」だけはやはり別格。

最初に観た時の衝撃があまりに大きすぎて、同じ映画を見るためにロードショー期間中に2度映画館に足を運ぶ、という禁忌*1まで犯してしまう羽目になった。

いろいろ聞いてみると、同じように「複数回足を運んだ」パターンが多いのは事実で、「210億円」という興行成績の割には意外と見ている人の層が薄いような気もするのだが、冬休みや年末年始休暇に入ってから、「バスに乗り遅れるな」的なノリで慌てて足を運ぶ人もいるだろうから、最終的には、興行成績とともに、(正味の)観客数ももう一伸びするんじゃないかと思っている。

(以下、ネタバレ注意)


君の名は。」が上手だったのはやっぱり事前の宣伝戦略で、告知を見たら、普通の人は、おそらくコメディ系のラブストーリーのアニメなんだろうな、ということくらいしか想像できない。新海誠監督の他の作品を知っている人でも、それに加えて、“すれ違い系もやもや”の話なんだろうな、と思うくらいだろう。

それを、2時間の作品の後の一時間で見事なまでに裏切ったところに、この作品の凄さがあった。

・喜劇調の流れを一瞬で断ち切る「被災地との遭遇」のシーンのインパクト。
・二度目の祭りの日、彗星が落ちてくる瞬間は、最大の悲劇のはずなのに、あまりの映像の美しさに思わず目が釘付けになってしまう。
・そして、真面目にストーリーを考えればありえないはずの最後の邂逅・・・(説明不要)。

後ろの2つは、音楽のかぶせ方が、また憎ったらしいくらいうまい*2

自分も含め、封切り直後に観に行った観客の多くは、「ちょっと絵がきれいで、胸がキュンキュンするアニメを観られればいいな」くらいの軽い気持ちで映画館に足を運んでいるから、予想していなかったディープな展開に面喰い、一方で、そこから張り巡らされた伏線が次々と回収されていくプロセスと、これでもか、というくらいに感情の込められた美しい映像と音楽に酔いしれる*3

今の時代、“前評判”とは全く異なる感想を抱いた観衆が最初にすることと言えば、“感動のアップロード”であり、それが次々と伝播された結果が積もり積もって、「210億円」という数字につながった。


ネットを見回すと、ストーリー上の細かい“謎解き”に嵌っている人も結構多いようで、それはそれで自分も嫌いではないのだが*4、個人的には、あまりそっちの方に気を取られてしまうと面白さが半減するのがこの映画だと思っている*5

映画が人気になると良く出てくる類の講釈や哲学的分析も、よほどそういうのが好きな人以外はスルーしてよい。
純粋に映像を眺めて、耳を澄まして音楽を聴いて、感性に訴えかけてくるものを素直に味わう、それだけでチケット代以上の価値がある作品なのだから*6

もちろん、どこまで感性で受け止められるか、は、それまでの人生の中で経験したことともリンクするので、全ての人と同じ感覚を共有できるとは限らないのだけれど、少なくとも「ポスト3・11」を現地でリアルに体感した人なら、きっと同じ感覚を味わっていただけるはずである*7


・・・ということで、この先、この映画を観る人がどれだけ増えたとしても、この映画の評価が揺らぐことはあり得ない、と自分は信じているのであるが、唯一心配なのは、「210億円+α」という数字が、これまでクリーンヒットを積み重ねてきた新海監督の何か、を変えてしまわないか、ということだけで、今は、新海組が“ジブリ”にならないことを心の底から祈るのみである。

*1:「見に行く約束を複数の人としてしまったためやむなく2回行った」という特殊な場面を除き、未だかつてそんな経験はしたことがなかった。

*2:もっとも、自分はRADWIMPSの音楽が巷で言われるほど凄いとも、この映画に100%マッチしているとも思っていなくて、映画とのマッチング、という点では、過去の新海作品の山崎まさよしとか、秦基博の曲の方が遥かに良いと思っているのだが、そこは“作る順番”の問題なのかもしれない。

*3:新海監督の作品らしく、余韻の持たせ方もいつもながらに上手だから、映画館を出てもインパクトが持続する。

*4:実際、監督自身もディテールまでかなりこだわって作っておられるようだから。

*5:これはこの作品に限らず、新海監督の作品全般の鑑賞姿勢に通じる話だと思うだが、特に本作品の場合、突き詰めると、ストーリーの粗が結構気になってきたりもするものだから・・・(笑))。

*6:聖地巡礼”も大いに結構ではあるが、わざわざ電車代払って飛騨や諏訪湖に行くくらいなら、自分はもう一度、大きなスクリーンで同じ映画を見る方を選択するだろう。

*7:自分の場合、「奇跡が起きても、超越的な自然法則が引き起こす結末だけは変わらなかった」というところも含めて、恐ろしいほど心に響くものがあった。瓦礫の山や、あったはずの何もかもが消えてしまった光景を前に、「何をどう頑張ったところで、どうしようもできなかっただろう」と思わざるを得なかった「3・11」直後の絶望感がひしひしと蘇る瞬間でもあった。