“桜吹雪”をめぐる仁義なき戦い〜「CR松方弘樹の名奉行金さん」事件第1ラウンド決着。

最近、知財関係の判決に目を通す機会も減り気味なのだが、久々に「大型」と言ってよい著作権&商標権のガチンコ侵害事件の判決がアップされていたのを見て、思わず食いついてしまった(笑)。

原告らの請求額が19億8000万円。そして、結論としても、侵害が一部認容され、最高で約7億3500万円の賠償額が認容されたこの事件。

事案そのもののスケールの大きさもさることながら、判示された内容にも、興味深い判断がいくつか含まれているので、ここで取り上げておくことにしたい。

東京地判平成26年4月30日(H24(ワ)第964号)*1

原告:東映株式会社(以下「原告東映」)、株式会社ビーエフケー(以下「原告BFK」)、株式会社大一商会(以下「原告大一商会」)
被告:株式会社サンセイアールアンドディ(以下「被告サンセイ」)、株式会社第一通信社

本件は、「遠山の金さんシリーズ」として劇場用映画を合計20本、テレビ放映用番組を7シリーズ(昭和45年から平成19年まで)製作した原告東映と、東映のライセンシーである原告BFK、原告大一商会が、「CR松方弘樹の名奉行金さん」*2を製造販売した被告らに対し、

◆テレビ放映用番組として製作された「遠山の金さんシリーズ」のうち、合計3話(以下「原告著作物」)の著作権
 及び
◆「遠山の金さん」の商標権(第4700298号)

に基づいて、被告商品の部品の一部の交換又は提供の差止め(原告東映のみ)及び、合計19億8000万円の損害賠償金の支払いを求めていた事案である。

訴訟に先立ち、原告東映は、平成21年12月28日、東京地裁に対し、著作権侵害を理由として、被告部品の交換又は提供の仮の差止めを求める仮処分を申し立て、平成23年6月17日に認容決定を受けている(さらに、その後被告らが保全異議、知財高裁への保全抗告を行ったが、平成24年3月16日、知財高裁により抗告は棄却されている)。

また、被告サンセイは、「名奉行金さん」なる商標を出願登録していたが、原告東映の無効審判請求により、平成22年4月5日無効審決、さらに知財高裁が平成23年2月28日に取消訴訟において、被告サンセイの請求を棄却し(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110228163021.pdf参照)、最高裁で不受理決定が下された(平成24年2月9日)ことで、登録無効が確定している。

こういった経緯を見るだけでも、本件がかなり壮絶な事件だ、ということは何となく想像が付くわけで、最高裁HPに掲載された判決のページ数は約100頁、このうち、著作権侵害の成否、商標権侵害の成否を中心に、約50頁にわたって当事者双方の主張が展開されている。

以下では、各論点ごとにさらに掘り下げて、裁判所の判断内容を中心に見ていくことにする。

著作権侵害の成否について

著作権侵害の成否の判断場面においては、もっぱら「映画の著作物」としての原告著作物と、被告映像との類似性をどのような基準に基づいて判断するか、というのが、最大の争点となっていた。

この点については、一昨年に出された「釣りゲーム事件」の知財高裁判決(知財高判平成24年8月8日)の規範が、下級審レベルでもかなり定着してきたところであり、本件でも、

「原告らは,被告映像と原告著作物で類似性を有する構成要素(ストーリー構成,シーン映像,衣装等)を取り出し,その類似性を主張する。著作物の創作的表現は,様々な創作的要素が集積して成り立っているものであるから,原告作品と被告作品の共通部分が表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを判断する際に,その構成要素を分析し,それぞれについて,表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを検討することは,有益であり,かつ必要なことであって,その上で,作品全体又は侵害が主張されている部分全体について,表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを判断することは,正当な判断手法ということができる知財高裁平成24年8月8日判決・判時2165号42頁[釣りゲーム事件])。」(59〜60頁)

と、釣りゲーム事件の判旨が引用された。

また、類似性の判断基準についても、

「被告映像が原告著作物に類似するか否かは,原告らが侵害を主張する被告映像とそれに対応する原告著作物の部分について検討する必要がある。たとえ,原告著作物が全体としては著作物性を有するとしても,原告らがその侵害を主張する部分について表現上の創作性が認められなければ,著作権侵害は成立しない。すなわち,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),アイデアなど表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,複製にも翻案にも当たらない最高裁平成13年6月28日判決・民集55巻4号837頁[江差追分事件]参照)。そこで,被告映像と原告著作物との間で同一性を有すると主張する部分(侵害を主張する部分)が表現上の創作性がある部分といえるか,創作性のある部分について,被告映像から原告著作物の本質的特徴を感得できるか(類似性)について,以下,原告著作物の構成要素に即して検討する。」(61〜62頁)

と、江差追分事件最高裁判決によって示され、釣りゲーム事件によって改めて確認された規範を用いて、スタンダードな解釈手法を用いることを明らかにしている。

その一方で、原作に基づいた(古典的な)「映画の著作物」ゆえの考慮も、判決の中では示されており、

「そこで,原告著作物について,その構成要素について検討することとするが,その際,原告著作物はそれとは別個に観念される脚本や音楽とは別個の著作物と観念され,それらの二次的著作物と解されるから(著作権法16条),原著作物と共通の構成要素部分については除外して,二次的著作物において新たに付加された構成要素について検討すべきである。」(60頁)

といった判示がある。

また、本件では「松方弘樹」という、長い歳月を経て“金さん”といわば同化した俳優の「演技」が一つのカギとなっており、被告らは、

遠山金四郎が片肌を脱ぐ演技は,俳優の松方弘樹が,独自に研究研鑽を重ねて創出したものであり,俳優の演技に関する権利は,オリジナルなものであれば,当該俳優に属人的に帰属しており,俳優に著作隣接権が認められていることに照らすと,当該演技が固定された映画の著作物の著作権侵害の判断においては,俳優に属人的に帰属する演技に係る創作的表現の共通性を基に判断すべきではない」(60頁)

といった主張まで行った。

さすがに裁判所は、

「実演家である松方弘樹の実演をどのような演出,美術,カメラワークの下で録画し,映像として表現していくかについては,実演家の演技が映像表現に直結しているわけではなく,映画の著作物の著作者(著作権法16条)が関与しており,著作者が映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは,映画製作者に著作権が帰属するものである(同法29条1項)。このように,実演家が考案した演技であっても,これを当該映画における演出,美術,カメラワークの下で映像化した場合には,当該映画自体については,映画製作者が著作権を有するものであり,本件において,原告東映は,松方弘樹の実演の映像を含む原告松方映像6−1全体について著作権を有するものである。」
「映画の著作物の著作権は,その創作的な表現を考案したのが当該映画の著作物の著作者(例えば監督)であるか,それ以外の,例えば俳優,助監督,美術,大道具,小道具,衣装などの関与者であるかを問わず,映画製作者に帰属するのであって,撮影担当者の考案した(最終的に監督の了解を経た)カメラワークを創作性の判断において特に除外しないのと同様,俳優の考案した(最終的に監督の了解を経た)演技を創作性の判断から除外する必要はない。」
「前記のとおり,原作や脚本に由来する部分など,映画の著作物が二次的著作物となる場合において原著作物に由来する部分については映画製作者の著作権は及ばないが(著作権法16条),映像を離れて実演家の演技に著作権が発生するわけではないから,原作者や脚本家のような原著作者の権利が実演家に留保されることはない。」
(60-61頁)

と述べて、「松方弘樹オリジナルの演技」を類否判断の基底に取り込むことは否定したが、 特定の俳優の演技に「著作物」のキモの部分がある(そして被告映像も同じ俳優の演技によって製作されている)、という本件の特殊性は、今後の本件に係る上級審の判断や、他の同種事例の判断を占う上で、心に留めておいても良いのかもしれない。

さて、上記のような基準に基づき、裁判所は、原告著作物と被告映像との対比を一つ一つ行っていった。
原告が類似性を主張した点のうち、「ストーリー構成」や「衣装」等、多くの部分については、さすがに裁判所も著作権侵害を認めなかったのだが、

原告映像の「立ち回りの桜吹雪披露シーン」と「被告映像の桜吹雪披露シーン及び被告立ち回りリーチ映像」
原告映像の「お白洲での桜吹雪披露シーン」と「飛行映像の桜吹雪披露シーン及び白洲リーチ映像」

の2点については、「両映像の与える総合的な印象は相当に類似している」とした。

例えば、多くの方が、ドラマで一度は目にしたことがあると思われる「お白洲」の場面については、

「原告松方映像6−1のお白州での桜吹雪披露シーン(略)及び被告金さん物語映像No.40の桜吹雪披露シーン(略)において,桜吹雪の刺青を見せる際に,(1)まず身体右側を画面前に向け,右腕を右袖の中に入れ,(2)身体右側を画面前に向けた姿勢で,右手の5本の指を開いた状態で右手の甲が外になる向きで,右手を右襟元から出し,そのまま右手を下ろし(被告金さん映像No.40の桜吹雪披露シーン(略)においては,下ろした右手を拳にしているか否かは画面上明らかでない。),(3)その後,左後方を振り返りながら,右腕を振り上げ,右肩及び右腕全体を着物から出し,前を向きながら,右腕を振り下ろして片肌を脱ぎ,右肩の桜吹雪の刺青を披露する,(4)人物(遠山奉行)の背景には,襖の不規則な斜め縞模様が映されており,人物の衣装は裃であり,カメラワークは,終始人物を中心に捉えている,という点は,見る者に相当強い印象を与える映像であり,この点の一致は,両者の与える印象の類似性に強い影響を与えている。
これらの映像表現は,脚本を映像化する映画の著作物の製作過程において新たに加えられた創作的な表現であり,原告東映保有する原告松方映像6−1の著作権によって保護されるべき創作性ある表現の類似といえる。
「「右手を右袖に入れ,襟元から出して右の片肌を脱ぐ」という動作は,他の映像表現においても見られるものであるが(略),上記の4つの特徴を兼ね備えた特徴的な映像表現が,本件松方作品製作前に存在していた証拠はない。」(70〜71頁)

という判断が示されており、ここをパクッたらさすがにまずいだろう・・・という裁判所の思いが伝わってくる。

結論として、「被告映像全体が原告松方映像6-1全体の翻案であると判断することはできない」ものの、上記部分については、「原告松方映像6-1の上記部分の表現の本質的特徴を直接感得させるもの」であり、「被告映像のうち上記部分は、原告松方映像6-1の対応する部分を有形的に再製したものであって、複製したものと認められる」(74〜75頁)ということとなった*3

商標権侵害の成否について

それでは、もう一つの争点である商標権侵害の方はどうなったか。

商標的使用の争点については、「被告標章は,被告商品に内蔵された被告映像の題号(略)を離れて,パチンコ機である被告商品の商品名を示す標章として被告商品に付され,また被告商品に被告標章を付したものが譲渡され,商標的に使用(商標法2条3項1号,2号)されていることは明らかである。」(76頁)とあっさり肯定*4

また、類否判断についても、

「原告商標と被告標章とは,外観,称呼において類似しない点があるものの,歴史上の人物である「遠山金四郎」,及び時代劇等で演じられる「名奉行として知られている遠山金四郎」との観念を生じる点において類似することから,商品の出所につき誤認混同のおそれを生じさせるというべきである(知財高裁平成23年2月28日判決・略)」(80頁)

と、審決取消訴訟の判断も引用しながら、裁判所は肯定した。

こうなると、争う余地は、商標が無効なものと言えないかどうか、という一点のみとなる。

被告らは、

「原告商標は周知・著名な歴史上の人物である遠山金四郎の著名性に便乗する行為であって,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するおそれがある商標であるから,原告商標は商標法4条1項7号に該当し,46条1項1号又は5号により無効となるべきものであるから,39条,特許法104条の3により,原告らは権利を行使することができない」(80頁)

という主張を行い、裁判所も、一般論としては、

「商標法4条1項7号は,商標登録を受けることができない商標として,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」を規定しているところ,同項には,出願商標の構成自体が矯激な文字や卑猥な図形等である場合だけでなく,その指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も含まれるものであり,周知,著名な歴史上の人物名からなる商標について,特定の者が登録出願したような場合に,その出願経緯等の事情いかんによっては,何らかの不正の目的があるなど社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるため,当該商標の使用が社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反する場合が存在しないわけではない(知財高裁平成24年11月7日判決・判時2176号96頁[北斎事件])。」(80〜81頁)

と、一応理解を示したものの、本件に関しては、

「本件商標権の登録査定時である平成15年6月27日における著名性には,原告東映が昭和25年から昭和40年にかけて製作してきた映画シリーズ,昭和45年から基準時である平成15年まで放映してきたテレビシリーズが,かなりの程度寄与しているものと認められる」(81頁)
「原告東映は,本件商標権について第9類及び第28類で多数の指定商品を指定しているが,上記遠山金四郎ゆかりの観光地において,「遠山の金さん」の名称を付した商品が販売されているか否かは明らかでなく,原告東映の本件商標権により,おもちゃ,人形などに「遠山の金さん」の名称を付すことができなくなり,各地域における観光事業や文化事業において土産物等の販売に支障を生ずる懸念がないとはいえないとしても,その支障は限定的なものにとどまるというべきである。「遠山の金さん」の名称を付した商品としては,原告著作物の原作である(甲13,88)陣出達朗の「名奉行遠山の金さん」シリーズ(略)をはじめ,多数の書籍がある(略)が,原告東映の本件商標権は,書籍や観光パンフレットなどに「遠山の金さん」の名称を用いることを何ら制限するものではない。」

といった点を指摘し、

原告東映は,実在の遠山金四郎と関わりのある者ではないが,遠山金四郎を題材とした本件金さんシリーズを1950年代から製作,放映し,「遠山の金さん」の著名性の増大に寄与してきた者であり,「遠山の金さん」の名称が付された商品や役務が無制限に流通すれば,場合によってはその出所を原告東映と誤認混同されかねない立場にある者である。原告東映による原告商標の出願について,公益的事業の遂行を阻害する目的など,何らかの不正の目的があるものと認めるに足りる証拠はないし,その他,本件全証拠によっても,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない。」(83頁)

として、 4条1項7号を否定した。

「金さん」の場合、歴史上の人物ではあるものの、元々そこまで著名、というわけではなく、少なくとも現代の一般人にとっては、(東映が製作した)「時代劇の主人公」として認識されることが多い名前だと思うだけに、自分はこの判断にそんなに違和感はない。

損害賠償請求の可否及び損害額

結局、本件では、著作権侵害、商標権侵害がいずれも認められることになった。
もっとも、差止めについては、被告サンセイが完売宣言をしたことや、部品を全て廃棄したことなどから「差止めの必要性は認められない」としており、そうなると自ずから「損害賠償」に主要な争点が移ることになる。

このうち、著作権侵害については、原告東映に関し、

「原告東映は,原告東映著作権を有する橋幸夫主演のテレビシリーズ「ご存じ金さん捕り物帳」の著作権を,原告BFK,原告大一商会を通じてパチンコ機に利用していたのであるから,原告著作物を含む本件松方作品についても,パチンコ機に利用して利益を得られる蓋然性があり,被告らによる著作権侵害行為がなかったならば,原告著作物をパチンコ機に利用して利益が得られたであろうという事情があったものと認められる。」(85頁)

と、114条2項の適用を認める一方で、原告BFK、原告第一商会の主張に対しては、「独占的利用許諾を受けていると認めることはできない」として、請求を否定した。

これに対し、商標権侵害については、被告東映がライセンシーを通じて本件商標を使用していた、ということを認定し、商標法38条2項の適用を認めたほか、原告BFK、原告大一商会についても、今度は、「独占的な通常使用権が設定されたと考えるのが自然」として、原告らの主張を認め、法38条2項の適用を認めたのである。

このあたりは、著作権と商標権の性質の違いと、本件におけるそれぞれの位置付けの違いが如実に表れたもの、といえるだろうし、賠償金の額についても、著作権侵害分が1億6664万9166円、商標権侵害が7億5214万6386円と、本件の事案に照らす中での、各権利の性質の違いが反映されたものだといえる*5


なお、巨額の賠償請求が認容されだとはいえ、原告側にとっても納得できない部分は多々あるように思われることから、おそらく第2ラウンドでも、双方ともにまだまだ戦う余地はあるはず。そして、仮に再び判決まで行くことになった場合には、そこで新たな切り口からの判断が示されるのかどうか、再度見守る価値はあるのではないか、と個人的には思うところである。

*1:第29部・大須賀滋裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140528171824.pdf

*2:商品については、紹介ホームページhttp://www.sansei-rd.com/products04/kinsan/top.htmlを参照のこと。

*3:原告著作物があまりに有名な作品であったがゆえに「依拠性」は半ば当然に肯定され、結果として著作権侵害の成立が認められた。

*4:もっとも、ここでの理由づけとして、被告が「名奉行金さん」を商標登録していたことに言及するのは、いささか言い過ぎのような気もする。

*5:残念ながら公開されている判決文では、貢献度等、数字の多くが黒塗りになっており、完全に有利損得をここで評価することはできないのだが・・・。

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