先月半ば、競馬界に激震を走らせた「未検査飼料*1問題」。実に150頭を超える馬が競走除外の憂き目にあう、というなかなかの大惨事だった。
そんな中、JRAが7月5日付で「飼料添加物への禁止薬物混入に係る調査結果と改善策について」というリリースを公表。
www.jra.go.jp
今朝の新聞でも、その概要が報じられている。
「中央競馬と地方競馬の厩舎に流通している飼料添加物「グリーンカル」から、禁止薬物のテオブロミンが検出され、6月15、16日の中央の開催で156頭の競走除外が出た問題で、日本中央競馬会(JRA)は5日、原因に関する調査結果と再発防止策を発表した。販売元の日本農産工業(横浜市)の孫請け業者の工場で、カカオ豆の副産物が粉砕されており、その際に出た粉じんが、同じ建物で製造されていたグリーンカルの原材料(牧草粉砕品)に混入したのが、テオブロミン検出の原因と特定した。」(日本経済新聞2019年7月6日付朝刊・第33面、強調筆者、以下同じ。)
意図的な混入すら疑われる状況もあった中で、「同じ建物内で出た粉じん」が原因とは何とも、な感じである。
「影響を受ける関係者は多いのだから、そこはしっかりやってくれよ・・・」という思いはある一方で、人間が直接・間接に食べるものではなく、あくまで「競走用動物」の「飼料」に過ぎない、ということを考えると、過度に厳格な生産ラインの管理を求めるのも酷な気がして、ここは仕方ないとあきらめることにした。
それよりも、むしろ問題なのは、この先のくだり。
「検査前の製品が流通していたのは、同社が「産地や製造時期が異なっても、原材料が同じであれば同一の製品」と解釈し、グリーンカルについても長期間、同一のロット(製造・出荷単位)記号を使用する一方で、1年に1度、独自に検査を申請していた。JRAはロットの更新ごとに検査し、陰性の製品のみを流通させる内規を置いていたが、空文化していた形。また同研究所や製品を実際に販売した4社も、日本農産工業側のロット管理の方式に疑問を持たなかった。」(同上)
ここは記事の中で端折られているところもあるのでちょっと分かりにくいのだが、JRAのプレスリリースの表現を正確に使うならば、
・日本農産工業(以下、農産工)は、「産地や入手時期が異なっても原材料名が同じであれば同一のもの」とみなす考え方をしており、このため同一配合率、同一製造工程により製造された製品であれば、非連続製造であっても全て同一のロット(「グリーンカル」は常にロット番号「F」を使用)とみなしていた。
・競走馬理化学研究所(検査機関)は、過去に、検査申請書に記載されたロット番号(「F」)と実際の製品に記載されたロット番号(「F+4桁の英数字」)との違いに気付き、農産工に確認したこともあったが、農産工の「4桁の英数字は管理番号であり、両者は同一のものを指す」との説明を受け、以降、その認識で検査を行っていた。
・JRAファシリティーズ(小売店)は、競走馬理化学研究所から発行された検査成績書(写)に記載されたロット番号(「F」)と実際の製品に記載されたロット番号(「F+4桁の英数字」)との違いに気付き、農産工に確認したが、上記と同様の説明を受けたため、「F+4桁の英数字」が記載された製品を検査済みの認識で販売してしまった。
ということになる。
で、これをよく眺めると、「ん、待てよ? 検査手順について独自の解釈を行い、疑義を呈されてもその解釈に基づく説明で乗り切ってきた結果、重大な品質問題を生じさせた、って、これまさに、ここ数年、あちこちの会社で話題になっている『検査不正』と同じような構図じゃないか!」ということに気付いてしまうわけで・・・。
これが、国が策定した安全法令等の規制に服する製造業者であれば、監督官庁からこっぴどく叩かれても不思議ではないところなのだが、本件では、資料として抜粋されている「飼料添加物等の薬物検査実施要領」の該当箇所の記載がちょっと分かりにくいこと*2、そして何よりも「競馬」という極めてマイナーな、関係者も限定された世界の中で起こった出来事、ということもあってか、JRAのスタンスはどことなく製造業者に優しい。
整理された「発生要因」を見ても、
○農産工は、自身が販売する「グリーンカル」の原材料の製造工程においてテオブロミンを含むカカオ豆副産物の粉塵が混入したと特定。
○農産工が、ロット毎の薬物検査について、JRAの定める「飼料添加物等の薬物検査実施要領」に、結果として従っていなかったこと。
○JRAFおよび競理研は、JRAの定める「飼料添加物等の薬物検査実施要領」に適合しない製品の流通を未然に防ぐ体制を十分に整えていなかったこと。
○JRAが「農産工の薬物検査受検の状況」「競理研への薬物検査申請状況」「JRAF他小売店におけるロット番号の確認状況」について、正確な情報を有する体制が十分にとれていなかったこと。
と、製造業者だけでなく、検査機関、小売業者、そしてJRA自身にも問題があった、と結論づけているし、「改善策」に関しても、
○JRAと競理研で薬物検査申請情報を常時共有し、同一製品の過去の申請履歴・検査結果から、「長期間同一ロット番号での申請がないかどうか」「直近の検査で薬物陽性となっていないかどうか」等についてJRAが確認します。
その結果、(1)不適当なロット管理が疑われる場合については管理方法を、(2)直近の検査で薬物陽性を示した製品についてはその検査以降に行った対策を、それぞれJRAが申請者に確認し、必要に応じて改善を要請します。
○また、JRA施設内に納品しているJRAFなどの小売店に対して、最新の検査結果を反映した全製品のリストを随時提出させるとともに、JRAが小売店の店舗、倉庫等への立入り検査を通じて、提出リストと製品との照合を行います。
○JRAと競理研で薬物検査結果情報を速やかに共有し、陽性となった飼料添加物等については、申請者に原因の調査と対策を要請します。
○「飼料添加物等の薬物検査実施要領」については関係者が間違った解釈をしないよう、より明確かつ理解しやすい文言に変更します。
○飼料添加物等の製造工程における禁止薬物混入リスクについて、飼料添加物等の販売元および小売店に対して、再点検を要請します。
そして、自分がもっとも感動(?)したのは、リリースには掲載されていないものの、記事では書かれている以下のくだりだった。
「15、16日に競走除外とされた156頭の馬主、厩舎関係者に対しては、出走予定だったレースの3着賞金相当額などをJRAが補償。総額は4億~5億円に上るという。業者側への弁済請求については「現時点では未定」としている。」(同上)
自分が、競走除外直後のエントリー(↓)で書いたとおり、特に、この時期の3歳未勝利馬にとっては、本件を「たかが1戦」の話と片づけることはできないし、金銭補償だけでは解決できない問題も残るから*4、これをもって「災い転じて福」などと言うつもりはない。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
ただ、優先出走権をもらって、翌週、翌々週のレースで首尾よく勝ち上がった馬の関係者にしてみれば、これは一種の嬉しい”ボーナス”だし、逆に翌週、翌々週のレースで惨敗を喫した馬の関係者にしてみれば、幸運な損失補填、ともいえる。
代替で出走したレースで相手関係に恵まれずに2,3着で敗れた、とか、一週スライドさせた間に調教中の故障や熱発があってやむなく放牧に出さざるを得なくなった、というような馬の関係者にとっては、あまり慰めにならない話だとは思うが、それでも、製造業者との責任分担を整理する前にスパッと補償を決めた、というところに、潔さを認めてあげても良いのではないかな、と思うところ*5。
今後は、こういった問題が決して生じないように、ということを願いつつ、この種の問題に直面した場合の対応の一事例として、心に留めておくことにしたい。
*1:対象製品がカルシウムサプリみたいなものなので、正確には「飼料添加物」となるようだが、分かりやすさ優先でエントリー上はこの表記にする。
*2:「検査対象品の考え方」として、「検査は製品のロット(1 回製造単位)毎に実施する。または、検査が必要な原材料のロット毎の検査を実施し、陰性の原材料から製造される製品については検査陰性と見なすことができる。同一ロットの原材料を使用する場合、製造ラインにおいて当該飼料以外の製造が行われない限り、その期間中に製造される製品はすべて同一ロットとみなすことができる。ただし、外国製品については、同一ロット表示であっても輸入時期が異なる場合には検査を実施する」という記載があって、冒頭の「ロット=1回製造単位」という記載を見れば解釈は明確であるように思える一方で、その後に来る「同一ロットの原材料を使用する場合」以下の「同一ロットとみなすことができる」旨の記載が少々紛らわしく(そもそも「原材料の1回製造単位」をどのように特定するのか、というところでも解釈が分かれる余地があるような気がする)、文言だけ見れば、農産工が説明していたような解釈も全く成り立たないわけではない、という問題があるように思われる。もちろん、薬物検査実施の趣旨に照らせば、きちんと分けろよ、という話に当然なってくるのだが・・・。
*3:特に太字部分は、自ら策定した実施要領内の文言に関し(当然ぼかしてはいるものの)一定の非を認めている、という点で公的な機関らしからぬ、誠実な対応だと個人的には思うところ。新聞報道では「業者側が検査前の製品を長期間、在庫として抱える負担を考慮し、検査期間の短縮も目指す」とまで書かれている。
*4:いくら賞金相当額が補償されても、この先のレースで勝たない限り「未勝利」のままであることに変わりはなく、実質的にあと数か月で競走馬としての(不運な場合は生命体としても)運命を絶たれてしまう可能性すらある。
*5:ちなみに、「競走除外」に伴う損失補償と製造業者の過失との間にどこまで因果関係が認められるか、という問題もあるので(ピンクブーケ号のように競走後に禁止薬物が検出されて失格、というケースであれば因果関係は明確なのだが、本件では、「疑わしきは除外」というJRAの政策的判断がこれだけ多くの除外馬を出した原因でもあるので、全て製造業者に責めを負わせるのは酷で、JRA・検査機関・小売業者・製造業者といった関係者間で損害を分担する、という発想の方がむしろしっくりくるような気もする。