「ダウンロード違法化」のひとまずの終着点

3年越しで議論されてきた「違法ダウンロード規制拡大」をめぐる動きが、改正著作権法成立という形で、ようやく一つの区切りを迎えた。

漫画などの海賊版対策を強化する改正著作権法は5日、参院本会議で成立した。インターネット上に無断で公開された全著作物を対象に、違法だと知りながらダウンロードする行為を規制し、悪質な場合は刑事罰を科す。一方、「特別な事情がある場合」や「軽微な場合」は規制しない。文化庁は今後、違法性の線引きを示す「Q&A」を学校など向けに作成する。」(日本経済新聞2020年6月6日付朝刊・第30面。強調筆者)

今回の「一般コンテンツ向け海賊版対策」は、①サイトブロッキングの議論に始まり、②それが紛糾の末立ち消えになるや否や著作権法に飛び火して、③一度は成案に落ち着きつつも土壇場で仕切り直し。そして、再び再開された審議の中でも、④「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の扱いが最後までまとまらずに政治決着、というのが、極めてざっくりとした自分の理解であり、その過程で大型海賊版サイトの摘発等もあったりして*1、最後は「関係者の皆さまお疲れさまでした」の一言に尽きるだろうか。

かつて「ロー・セイリアンス」の政策分野の一つとして取り上げられ*2有権者が関心を持つテーマたりえない、とされていたこの分野で、「政治」が前面に出て議論を動かし、最終的な解決を導いた、という点でも、今回の件は、日本の著作権の歴史を大きく塗り替える一大トピックになったと言えるのではないかと思う。


ちなみに、自分の一連の議論に対する見方は、↓のエントリーの最後の方に書いた通りで、議論の過程で出てきた様々な懸念の声の中に、日々「法」というものを、特にビジネスの世界で使われる法律を扱っている者の視点で見れば、必ずしもリーズナブルとは言えないものが混じっていたように思えたこともあって、途中からかなり距離を置いて眺めていたところはある。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

ただ一方で、議論がこじれた背景に、古くから存在し、今世紀に入ってからも延々と続いている「権利者側」と「ユーザー側」との間の一種の相互不信(そもそも議論が拠って立つ基盤の部分からして大きく食い違っている、という問題)があったことは確かだし、加えてそこに刑事司法に対する不信感が絡むことで話がよりややこしくなったことも否定できないだけに、これからも時代に合わせた著作権法のリフォームにかかわっていく可能性のある立場の人間として、”これから”に向けて、いろいろと考えさせられることは多かった。

今回の話に関していえば、「海賊版対策」自体は誰しもが反対しようのない合理的な立法目的なのだから、後になって「与えた手段がやっぱり間違っていた」と言われないように、今回「武器」を手に入れた側がいかに合目的的なアクションを徹底できるか、そして本来の立法目的を逸脱した運用がなされないように、司法府がいかに適正なジャッジを行うことができるか、ということに全てはかかっているし、それができないようだと、この先、より巧妙な「侵害」に網をかぶせようとしても支持を得られる可能性は低くなる。

逆に、ユーザー側にしても、「ダウンロードは違法になったけど、ストリーミングならいいんでしょ」という安易な行動に流れるようだと、将来的に、今回は守られた(とされている海賊版とは無関係な)私的領域にまで硬直的な規制が食い込み、行動を規制されるリスクを負うことになるわけで、コンテンツを享受する対価が創作者に適切に還元されるようにするためにどう振る舞うべきか、ということは、法によって強制される以前に意識しなければいけないことではないかと思う*3

ということで、一応きれいに(?)まとめてはみたが、「侵害コンテンツのダウンロード違法化」にしても、「リーチサイト対策」にしても、出来上がった改正著作権法の条文の複雑さを見ると、いろいろと思うところはある*4

<(新)第119条第3項第2号>
「第30条第1項に定める私的使用の目的をもつて、著作物(著作権の目的となつているものに限る。以下この号において同じ。)であつて有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権を侵害しないものに限る。)の著作権(第28条に規定する権利(翻訳以外の方法により創作された二次的著作物に係るものに限る。)を除く。以下この号及び第5項において同じ。)を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の複製(録音及び録画を除く。以下この号において同じ。)(当該著作物のうち当該複製がされる部分の占める割合、当該部分が自動公衆送信される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なものを除く。以下この号及び第五項において「有償著作物特定侵害複製」という。)を、自ら有償著作物特定侵害複製であることを知りながら行つて著作権を侵害する行為(当該著作物の種類及び用途並びに当該有償著作物特定侵害複製の態様に照らし著作権者の利益を不当に害しないと認められる特別な事情がある場合を除く。)を継続的に又は反復して行つた者」
<同第5項>
「第3項第2号に掲げる者には、有償著作物特定侵害複製を、自ら有償著作物特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行つて著作権を侵害する行為を継続的に又は反復して行つた者を含むものと解釈してはならない。」

<(新)第113条第2項第1号>
2 送信元識別符号又は送信元識別符号以外の符号その他の情報であつてその提供が送信元識別符号の提供と同一若しくは類似の効果を有するもの(以下この項及び次項において「送信元識別符号等」という。)の提供により侵害著作物等(著作権(第28条に規定する権利(翻訳以外の方法により創作された二次的著作物に係るものに限る。)を除く。以下この項及び次項において同じ。)、出版権又は著作隣接権を侵害して送信可能化が行われた著作物等をいい、国外で行われる送信可能化であつて国内で行われたとしたならばこれらの権利の侵害となるべきものが行われた著作物等を含む。以下この項及び次項において同じ。)の他人による利用を容易にする行為(同項において「侵害著作物等利用容易化」という。)であつて、第1号に掲げるウェブサイト等(同項及び第119条第2項第4号において「侵害著作物等利用容易化ウェブサイト等」という。)において又は第2号に掲げるプログラム(次項及び同条第2項第5号において「侵害著作物等利用容易化プログラム」という。)を用いて行うものは、当該行為に係る著作物等が侵害著作物等であることを知つていた場合又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由がある場合には、当該侵害著作物等に係る著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
一 次に掲げるウェブサイト等
イ 当該ウェブサイト等において、侵害著作物等に係る送信元識別符号等(以下この条及び第119条第2項において「侵害送信元識別符号等」という。)の利用を促す文言が表示されていること、侵害送信元識別符号等が強調されていることその他の当該ウェブサイト等における侵害送信元識別符号等の提供の態様に照らし、公衆を侵害著作物等に殊更に誘導するものであると認められるウェブサイト等
ロ イに掲げるもののほか、当該ウェブサイト等において提供されている侵害送信元識別符号等の数、当該数が当該ウェブサイト等において提供されている送信元識別符号等の総数に占める割合、当該侵害送信元識別符号等の利用に資する分類又は整理の状況その他の当該ウェブサイト等における侵害送信元識別符号等の提供の状況に照らし主として公衆による侵害著作物等の利用のために用いられるものであると認められるウェブサイト等
<同第4項>
4 前2項に規定するウェブサイト等とは、送信元識別符号のうちインターネットにおいて個々の電子計算機を識別するために用いられる部分が共通するウェブページ(インターネットを利用した情報の閲覧の用に供される電磁的記録で文部科学省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)の集合物(当該集合物の一部を構成する複数のウェブページであつて、ウェブページ相互の関係その他の事情に照らし公衆への提示が一体的に行われていると認められるものとして政令で定める要件に該当するものを含む。)をいう。

いずれ、丁寧に解説してくれるコンメンタール等々は世に出ることだろうが、声に出して読み上げても絶対一度や二度ならず噛むアナウンサー泣かせの日本語、そして、一読しただけでは到底追いきれない複雑な構文と括弧書き・・・。

引用部分中で太字強調した箇所などは、規制の対象を最小限にとどめるため、慎重に慎重を重ねて表現を吟味した結果、出来上がったものと思われるだけに、「平成30年著作権法改正の精神はどこへ行った?」などと軽々に批判することはしたくないのだが、それでもため息は出る。

意図している規制対象に関しては、誰もがそう大差ないものをイメージできているはずなのに、「法文」にした途端にこうなってしまうのはなぜなのか、特に「ウェブサイト」周りの表現に関しては、横文字を使っても良いから、もう少し直感的に理解可能な表現にできないものなのか、等々、今後の法政策に向けた課題も見えてきたような改正の結末だけに、次のフェーズでより踏み込んだ議論を期待したいところである。

そして、書きづらいことを一生懸命表現していただいたことを評価しつつも、自分が今一つ腑に落ちていないQ&A(「侵害コンテンツのダウンロード違法化に関するQ&A(基本的な考え方) 」)*5の中身に関しても、次のタイミングでもう少し工夫していただけると嬉しいかな、と。

特に、

問8 漫画家・研究者等が行う創作・研究活動や,企業が行うビジネスにも悪影響が及ぶのではないか。

という問いに、

1.漫画家・研究者等が業務として行うダウンロードや企業においてビジネスの一環として行われるダウンロードは,私的使用目的の複製(著作権法第30条)とは言いづらいものであり,もともと違法であって,今回の改正とは直接関係しません(現行法上と取扱いは変わりません)。(強調筆者)

という身もふたもない回答がなされているくだりなど・・・。

*1:そして、それがまたユーザー側への規制に反対する論者のハートに火を付けてしまったりして・・・。

*2:この点については、著作権法改正の歴史を振り返りながら読みたい一冊 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーを参照のこと。

*3:もちろん、コンテンツによっては、対価を還元したいと思ってもシンプルな方法ではなかなかそれができない、という状況の下で”寛容的利用”と言われる領域が広がってきた、という現実もあるのだが、法律書籍の分野でサブスクリプション型のコンテンツ利用サービスが普及してきたように、技術とサービスの進歩によってカバーできる領域は多々あるはずだし、ここ数年の間に、「手段がないから」という言い訳はかなり使いづらい世の中になっているのも確かである。

*4:新旧対照条文は、https://www.mext.go.jp/content/20200306-mxt_hourei-000005016_06.pdf

*5:https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r02_hokaisei/pdf/92080701_01.pdf参照。

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