まだまだ続く「令和2年著作権法祭り」~ジュリスト2020年9月号の特集より

先日、「論究ジュリスト」の「著作権法50年」の企画で知財業界を大いに盛り上げてくれた有斐閣だが、ジュリスト本誌でも8月末発売の2020年9月号で「著作権法改正」特集を組んできた。

ジュリスト 2020年 09 月号

ジュリスト 2020年 09 月号

  • 発売日: 2020/08/25
  • メディア: 雑誌

このお題に関しては、既に法律時報が、ダウンロード違法化とリーチサイト問題を中心に早々に特集を組んでいたし、さらに「ダウンロード違法化」に関しては、改正法成立前のL&Tの4月号で早々に取り上げられていた、という経緯もある。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

したがって、これらの先行特集との比較で、どういう切り口で今年の著作権法改正を取り上げるか、という点には大いに気になるところもあったのだが、そこはさすが有斐閣、特定のテーマにフォーカスしすぎることなく、令和2年改正のポイントを余すところなく紹介する、という趣深い構成になっている。

以下、備忘も兼ねて、今回の特集に関する若干のコメントを残しておくことにしたい。

ジュリスト1549号(2020年9月号)

■高瀬亜富「リーチサイト」(18頁以下)

小泉直樹・慶応大学教授の企画趣旨紹介に続き、最初に取り上げられているのが「リーチサイト」の論点である。

立法の経緯から、複雑難解な改正法113条2項、3項の条文解説まで丁寧に紹介されているのが読者としてはありがたいところ。

そして、いろいろと議論になっている差止請求の範囲に関しても、

「問題は、リーチサイトやリーチアプリ全体についての削除請求をなし得るかである。この点については、差止請求権は個々の著作権者が自己の権利の実現を図るため認められる権利であるという性格や、サイトの中に含まれる適法な情報との関係で過剰差止めの問題が生じることから、消極に解すべきように思われる。」(23頁、強調筆者、以下の引用箇所について同じ)

と謙抑的なスタンスが示されている、という点は頷けるところが多い*1

■茶園成樹「侵害コンテンツのダウンロード違法化の範囲拡大」(24頁以下9

一方、高瀬論文のトーンとは対照的、さらにこれまでのこのテーマに関する公表論稿の内容と比べても異彩を放っているように感じたのが「ダウンロード違法化」に関する茶園成樹・大阪大学教授の論稿である。

文化庁の当初案に対する関係者の反対意見を紹介しつつ、30条1項3号、4号の各要件についての解説が書かれているのだが、例えば「知りながら」要件に関しては以下のような見解が示されている。

「私的複製を行う者は、事業者ではなく、一般人であるから、そのような者の不安に配慮することは理解できないではない。しかしながら、『知りながら』に対して厳格な証明が求められると、その立証責任を負うと解される権利者の権利行使は困難となる。30条2項や119条4項・5項は、その性質上は解釈規定であるが、これらの規定があえて設けられたことから、過度に厳格な証明が必要とされるようになることが懸念される。」(27頁)

先日の法律時報の特集では、「知りながら」でもまだ”歯止め”になりえないのでは?という懸念が示されていたことを思うと、同じ文言でも立場の違いによって随分と異なる見方になるものだな、ということを改めて感じさせられる。

これに続く、

「二次的著作物であるかどうかは、対象の著作物に新たな創作性が付加されたかどうかの違いであり、そのダウンロードが当該著作物の著作権者に与える影響の大きさを決定するものではない。つまり、自動公衆送信されるのが二次的著作物である場合、複製物である場合よりも、ダウンロードが権利者に与える影響が常に小さいとはいえない。そのため、二次的著作物(翻訳物を除く)の場合に一律に規制しないとすることは、少なくとも民事措置に関しては、適切ではないように思われる。」(28頁)

「令和2年改正は・・・様々な要件を設けることにより、録音・録画以外の複製の場合の違法化の対象範囲を限局している。これが規制対象を適切に設定したものかどうかは、今後、ダウンロード違法化がどのような効果を生じたかの検証に基づいて判断されることになる。」(28~29頁)

といった記述もしかり。

もっとも、著作権法における「権利者保護」の機能を重視する伝統的な発想からすれば、今回の改正法に盛り込まれたあれこれの”楔”に対して、茶園教授のようなご意見になる方がむしろ自然ともいえるわけで、だからこそ、今回の立法経緯に喝采を上げた方ほど目を通すべき論稿、といえるのかもしれない。

■城山康文「ライセンス当然対抗」(30頁以下)

ここからがジュリストらしさ、ということで、実務上は非常にインパクトのある改正事項なのに、何となく影が薄くなっていた新63条の2、「利用権」の明記&ライセンス当然対抗制度導入に関する解説を城山弁護士が書かれている。

興味深いのは、「合意による地位承継」がなされない場合に、ライセンス契約に定める条件がライセンシーとライセンサーの権利承継人にどこまで適用されるのか?という問題で、これは先行して当然対抗を認めた産業財産権の世界でも長年議論されている話なのであるが、本稿での結論をざっくりまとめると、

・利用範囲についてはライセンス契約の条件がそのまま適用される。
・サブライセンシーは、ライセンシーからのサブ・ライセンスの存在を独自の抗弁として権利承継人に主張できる。
・ライセンシーの「利用の独占性」の引受けを権利承継人に強制するのは妥当ではない*2
・ライセンシーへの利用料請求権は当然には承継されないが、民法605条の2第1項等を類推して、権利承継人によるライセンシーへの請求を認める余地もある。
著作者人格権不行使特約も当然には権利承継人に移転しない。

ということになるだろうか(32~34頁)。

おそらく、今後も様々な議論が出てくるとであろうトピックだが、支持するにしても異説を述べるにしても、批評対象とするに十分な論拠が示された論稿で、先行文献としての価値は高いはないかと思われる。

■池村聡「写り込みに係る権利制限規定の対象範囲の拡大」(36頁以下)

「スクショ」の絡みで、何となく「ダウンロード違法化」の添え物のような扱いとなってしまったこの論点だが、元々は独立した論点として議論されるにふさわしい話だったわけで*3、本特集でもきちんと独立したテーマとして池村弁護士が解説を加えられている。

今回俎上に上がり、改めて条文による手当てがなされた「疑義」の中には、池村弁護士ご自身が文化庁の担当官として関与された平成24年改正の時点で、「適用される」と説明されていた(少なくともユーザー側には)ものもあっただけに、本文のところどころの表現や、脚注でそれをささやかにアピールされているように見受けられる箇所もあったりするのだが、やはりもっとも印象に残ったのは、「おわりに」に書かれた以下のくだりであった。

「改正前規定は、平成24年改正時に筆者が立案担当者として関与したものであるが、内閣法制局による条文審査の結果、意に沿わない不本意な要件が多く付され、非常に悔いの残る規定の1つであった。本改正により、条文自体はさらに複雑なものになってはいるものの、改正前規定で指摘されていた問題の多くが解決されることとなった。」
「写り込みの問題に日々直面している放送業界や広告業界等にとっても、大いに歓迎される改正といえよう。」(41頁)

このくだりを読んで、思わずあの「なれの果て・・・」のフレーズを想起した読者も多いだろうが*4、今回見事に8年越しのリベンジ*5立法の世界にも「倍返し」のドラマはある

■小坂準記「アクセスコントロール等に関する保護の強化」(42頁以下)

これも本当は凄く重たい話で、コピーコントロールとアクセスコントロールを厳密に切り分けて考えようとする意見が優勢だった時代に生きてきたものとしては、解説されているここまでの経緯等を拝読しつつ、今、ここまで来ているのか・・・ということに驚かされたところはあった。

平成28年改正のインパクトに比べると、今回の改正はテクニカルな修正のようにも思えるのだが、それでも、不正競争防止法の文言との平仄を合わせた「指令符号」という文言に関し、

著作権法の観点からは、正規のシリアルコードの提供者が、著作権者等から販売することの許諾を受けた者の場合もあり得ることが想定されることに加え、『回避』の定義からも『著作権者等の意思に基づいて行われる場合を除く』(改正法113条6項)とあえて不競法にはない文言が規定され、指令符号の提供者の意思とは明記されていないことに照らすと、著作権法において、提供者との契約上想定されていない者に提供等を行う場合の正規のシリアルコードを、一律に『指令符号』という文言に含めるという解釈には躊躇わざるを得ない。」(46頁)

とコメントされている点、そして末尾において、実務の観点から著作権法不正競争防止法の違いを改めて強調されている点は、気に留めておく必要があるように思われる。

以上、「令和2年著作権法改正」をめぐる5本の論稿、そして連載中の「知的財産法とビジネスの種」に掲載された金子敏哉「米国著作権法512条(セーフハーバー条項)に関する著作権局報告書」(76頁)と合わせて、一般法律雑誌ながらたっぷりと著作権の世界に思いを馳せることができるのは、ありがたい限り。

既に書店には、「憂鬱の霧は、晴れるか」というインパクトのある帯とともに、中山信弘東大名誉教授の「第3版」も平積みで登場した*6

著作権法 第3版

著作権法 第3版

メジャーなテーマから、目立たないが実務的にはより重要なテーマまで、より議論が深まることを願って、本エントリーをひとまず締めることとしたい。

*1:法律時報の谷川和幸教授の論稿と合わせ、今のところ、これがスタンダードな解釈として定着しつつある、という理解で良いのではないかと思っている。

*2:「ライセンシー利用の独占性」をライセンシーの利用態様ではなく、ライセンサーに対して自己利用及び第三者へのライセンスを行わないことを義務付けるもの、と捉えた上で、権利承継人の受ける損失の大きさ等にも鑑み、権利承継人の同意なく当該義務の引受けを強制することは妥当ではない、としている。

*3:議論の経緯に関しては、「写り込み」権利制限規定の拡充をめぐる同床異夢? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~などを参照。

*4:新しい権利制限規定は著作権法の未来を変えるのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーもご参照のこと。

*5:しかもその解説記事をご自身で書けるポジションを掴んでおられる、というのが、実に素晴らしいことだと思う。

*6:令和2年改正に関しては「巻末補遺」で言及する、という構成となっている。

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