「ガバナンス強化」は誰のため?

昨日、ちょうど場つなぎ的に、今年の3月期決算会社の株主総会に関するエントリーを書いたところだったのだが、今日になって、また滅多に聞かないような話が出てきた。

日産自動車が25日の株主総会で諮る経営改革案について、筆頭株主の仏ルノーが投票を棄権する意向を伝えていたことが分かった。統治機能の強化に向けて指名委員会等設置会社に移行する内容だが、ルノー出身の役員が要職に就いていないことに不満を持っているもようだ。」(日本経済新聞2019年6月10日付夕刊・第1面)

日産自動車が6月25日の第120回定時株主総会で、「第2号議案」として付議していたのが、「指名委員会等設置会社への移行」を意図した「定款一部変更の件」である。

そして参考書類には、「変更の理由」として、以下のような記載がなされていた。

元会長らによる一連の重大な『経営者不正』を踏まえ、当社は、平成30年12月に設置したガバナンス改善特別委員会から、ガバナンスの改善策及び将来にわたり事業活動を行っていくための基盤となる健全なガバナンス体制の在り方についての提言をまとめた報告書を受領いたしました。」
ガバナンス改善特別委員会の提言を踏まえた体制の構築は、当社にとって喫緊の課題であり、報告書の提言を踏まえ、当社は、明確な形で執行と監督・監査を分離することにより、意思決定の透明性を向上するとともに、迅速かつ機動的な業務執行を実行するため監査役会設置会社から指名委員会等設置会社に移行することといたしました。」(以下略、強調筆者)

これは言わずもがな、昨年から続くカルロス・ゴーン元会長らの逮捕勾留、起訴、そして4月の臨時株主総会での取締役解任という大きな流れを踏まえた提案である。

そして、これを受けて付議される第3号議案では、選任される取締役11名のうち、日産の西川社長兼CEO、山内COOと、筆頭株主であるルノーのジャンドミニク スナール会長、ティエリー ボロレCEOの4名を除く7名が社外取締役かつ独立役員、という構成になっており、前年度末時点で11名中3名(監査役を含めても15名中6名)と過半数に満たなかった「社外」役員が実に6割強を占める陣容へと、大きく変わることが予定されている。

これら一連の「改革」は、「監督と執行の分離」&「『社外』役員の登用」こそが企業統治強化につながる!という考え方*1が根強い日本では、まさに理想的なものとして評価されるべきものとなるはずだった。

ところが、総会2週間前、というタイミングで、大株主ルノーが、第2号議案に対して事実上の拒否権を発動を示唆する、という驚愕の事態発生・・・。

ここからはあくまで憶測だが、おそらく日産としては、独立社外取締役による企業統治を貫徹するため、既にリリース*2されている取締役会議長のポストだけでなく、指名、報酬、監査の3委員会のトップにも独立社外取締役を据えようとしたのだろうし、それに対して、ルノー側が「日産が新たに設置する指名・監査・報酬の3委員会で、ルノー出身で取締役に就く予定のスナール氏とティエリー・ボロレCEOの2役員が要職に就いていないなどと不満を示し」(同上)たことが、今回の動きの背景にあるのだろうと思われる。

日産が今日付で出したリリース*3では、「一部メディア」の報道に関し、

「本件、ルノーからそれに関する書簡が届いたことは事実です。」

とストレートに認めた上で*4、「ガバナンス改善特別委員会」での議論の経緯等を紹介し、その上で、

「その後、同委員会からの提言をもとに、指名委員会等設置会社に移行することを当社取締役会において全会一致で決議しています。」
「取締役会の中には、ルノー指名による代表者も加わり、議論を尽くし、取締役全員が賛同していただいていたにもかかわらず、ルノーからこのような意向が示されたことは大変な驚きであります。」
「今回のルノーの意向は、コーポレートガバナンス強化の動きに完全に逆行するものであり、誠に遺憾です。」
(強調筆者、以下同じ。)

と、これまたかなり強いトーンで驚愕と遺憾の意を示している。

確かに、4月の臨時株主総会で西川社長の話を聞いたときも、出席した多くの株主は、今回付議されている方向での「統治改革」が既定路線になっていると受け止めたはずだし*5、それを〝何で今更ちゃぶ台ひっくり返すんだ!”というのが、日産の現経営陣の素直な感情なのだろう。

そして、自分も同じ立場なら、当然、同じ感情を抱くことになると思うだけれど・・・


そもそも近年、あちこちで言われている「監督と執行の分離」について、「その目的は何か?」と問われれば、「企業経営の客観性と透明性の確保、ひいては、ステークホルダーの利益保護」と答えるのが模範解答だ、ということは、あえて説明するまでもないだろう。

そして、「(会社法の観点から)企業にとっての最大のステークホルダーは?」と問われれば、「株主」と答えるのが、これまた模範解答、ということになるはず*6

だが、そう考えていくと、今回の件で反旗を翻したルノーもまた「株主」、それも、43%を保有し、対象会社の経営如何によって大きな影響を受ける「大株主」である。

日産の前記プレスリリースは、

すべての株主利益のために、ガバナンス強化のための指名委員会等設置会社への移行の必要性について、理解が得られるよう最善の努力をしていく所存です。」

と、「ルノー以外」の株主の利益も配慮して「ガバナンス強化」を行うことを強調しているように読めるし、実際、日産経営陣が意識したのは、相対的に保有株式数は少なくても「声」は大きい機関投資家や、マーケットで株式を売買する一般株主だったのだろうと思う*7

ただ、ルノーにしてみれば、そうでなくても”アウェー”な異国の出資先で、「『独立役員』といえども(実質的には)その国の業務執行者たちが選んだ人々(しかも7名中4名は「異国」の人々である)がボードや各委員会での主導権を握り、自分たちの送り込んだ取締役の権限は制約される」となれば、それに抗したいと考えるのは決して不思議なことではない。

ましてや、彼らが本拠とする欧州、特に大陸側では、閉鎖会社だろうが公開会社だろうが、出資者である株主が指名した取締役は非常に大きな権限を持っていることが多いし、そういう立場であっても経営の監督は果たせる(むしろ大株主だからこそ、取締役会を通じて適切なモニタリングをしなければならない、という考え方が定着している)、という文化が染みついているから、「なぜ大株主であるにもかかわらず、自分たちの指名した取締役が取締役会の中枢から外されるのだ?」という疑問は当然湧いてくるはず。

本来、「業務執行者」と「株主」という二者間の緊張関係を規律するために作られている制度を、「業務執行者」、「筆頭株主」、「(それ以外の)一般株主」という三角関係が生じている会社が導入しようとしたがために生じてしまったミスマッチ、といえばそれまでなのだが、「ガバナンス強化」が誰のために行われるものなのか? という本質的な議論にも遡る話だけに、今後の行く末と合わせて気になるところはどうしても出てきてしまうのである。

*1:この考え方に対しては自分は非常に懐疑的なのだが、それはまた改めて別の機会に論じてみることにしたい。

*2:コーポレート・ガバナンス体制強化について - 日産自動車ニュースルーム

*3:ルノーによる当社株主総会での一部議案決議棄権に関する報道について - 日産自動車ニュースルーム

*4:ここまでストレートに報道内容を認めるプレスリリース、というのもなかなか珍しいな、と個人的には思うところ。

*5:日産自動車臨時株主総会に出席して~「カルロス・ゴーン時代」の終焉とその先にあるもの。 - 企業法務戦士の雑感も参照。

*6:もちろん、より視野を広げれば、「お客さま」だったり「社員」だったり「地域社会」といった回答も当然出てきて然るべきだが、「会社法はそこまで見ていない」というのが、長年の定説だと自分は理解している。

*7:元々「指名委員会等設置会社」制度をはじめとする米国流のガバナンスシステム自体が、「マーケット」を意識して生まれてきたものだ、というのが自分の認識で、証券取引所自身が「コーポレートガバナンス・コード」を通じて「ガバナンス改革」の旗振り役となっていることからも、それは裏付けられると思っている。

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