気が付けばこれが時代の変わり目、なのだろうか・・・。

感染者数の数字だけ見れば、世界中でまだまだ予断を許さない状況が続いているにもかかわらず、季節の風物詩だった様々なイベントが「中止」「延期」に追い込まれた昨年の今頃のあれこれが嘘だったかのように、今年は再びカレンダー上の出来事だけは、昔のように回っている*1

フィギュアスケートの世界選手権もその一つ。

モントリオールで予定されていた昨年の大会は、開催直前、約60年ぶりの中止に追い込まれた。

次の五輪を占うはずの2019-2020シーズンは突如として幕切れを迎え、2020-2021シーズンに突入してからも、グランプリシリーズが単発的に開催された程度でGPファイナルも非開催。四大陸選手権も中止となり、日本のトップ選手たちが国際舞台で真剣勝負に臨む姿をなかなか拝むことができないまま、開催されたのが今回のストックホルムでの世界フィギュア

だから・・・忘れてしまっていたのかもしれない。


女子シングル、紀平梨花選手がショートプログラムで高難度のジャンプを次々と決め、ロシア勢に割って入る2位に付けた時、これはもう表彰台は間違いないだろう、と思った。

2年続けて日本選手権で見せた圧倒的な強さ、昨年も四大陸選手権を制覇して、本番が中止にならなければ間違いなく優勝争いに絡んでいたはずだったから、五輪のプレシーズン、「出場枠」がどうこう、とザワザワする報道を事前に目にしても、「そんなもん気にする必要もなかろう」と勝手に思っていた。

それが、蓋を開けてみれば、フリー9位、という大不振で7位に沈む。

本人は調整不足、と語っていたが、それ以上にショートプログラムから一貫して回転不足の判定に泣かされていたように自分には見えた。そして何よりも、彼女がまだシニアの世界選手権の舞台では一度も表彰台に立ったことのない選手である、ということに、この時まで自分は気づいていなかった。

ショートプログラムのポジションを根性で守り抜いて「3枠」獲得に貢献した坂本花織選手にしても同じ。

ソチ五輪のシーズンにさいたまスーパーアリーナ浅田真央選手が3度目の優勝を飾って以来7年間、日本の女子選手は一度も表彰台の真ん中に立っていないし、2位、3位に入ったのも宮原智子選手が2回、樋口新葉選手が1回に留まっている。

どれだけ日本国内で華やか、かつ、壮絶な争いが繰り広げられていても、世界の舞台に出れば入賞圏内確保が精一杯、という現実は、この中断期間を挟んでも変わらなかった*2

さらに衝撃的だったのは男子シングルである。

ショートプログラム羽生結弦選手の演技をLIVE中継で見た時、自分はもうこれ以上のものは見られないだろう、と思った。

ぶっちぎりの圧勝を飾った全日本選手権の勢いそのまま、向かうところ敵なし、新型コロナによるブレイクを経て五輪のプレシーズンの最後に完璧に合わせてきたスコア以上の出来栄え。ライバルと目されていたネイサン・チェン選手が出遅れたこともあって、このままフリーも決めて圧勝で終わるだろう、と勝手に思っていた。

それがどうだ。

SP17位から入賞圏内にまで巻き返した例を引くまでもなく、4回転をより使えるフリーでは、ネイサン・チェン選手が爆発的なスコアを出すことがあることは分かっていた。

1つ前に滑った鍵山優真選手が年齢以上に落ち着きのある選手で、プログラムをきれいにまとめることができる選手であることも知っていた*3

だが、それ以上に、羽生選手の乱れ方は尋常ではなかった。

そして思い出したのは、2年前の日本選手権でもこんなことがあったなぁ・・・ということと、羽生選手が満身創痍で戦っている選手だ、ということ。

その演技の美しさゆえ、ハマった時は万人を自分の世界に巻き込んで熱狂の渦を起こすが、気持ちが入り過ぎると崩れる。ひとたび崩れたリズムは、細やかな感性で成り立っているプログラムをさらに狂わせていく・・・。

そんな緻密さゆえのマイナスと、度重なるケガで、世界選手権の頂点からはもう5シーズンも遠ざかっていたのだった。

それでも表彰台にはちゃんと残っているし、何だかんだいって、羽生選手の(表現者としてではなく)競技者としての歴史は、「4年に一度、世界チャンピオンを五輪の舞台で倒す」というところに集約されていたりもする。

地元バンクーバーでの苦杯をバネに、2010-11シーズンから世界選手権3連覇、絶対王者として君臨していたパトリック・チャン選手を、若さと勢いで葬り去ったソチ五輪の栄光。

同門のハビエル・フェルナンデス選手が時代を築きつつあったところで*4、前年の世界選手権、フリーでの大逆転劇で一矢報い、その後、絶望的なケガを負いつつも最後の最後で巻き返して連覇を遂げた平昌五輪での「復活」劇。

いずれも期待こそされてはいたものの、決して「盤石の優勝候補」とは言えない状況で金メダルを2度もつかみ取ったところに、羽生選手の底知れぬ凄さがある。

今回優勝したネイサン・チェン選手は、その平昌五輪のシーズンから3回連続で世界チャンピオンに輝いていて、まさに北京に競技者としてのピークを持ってこようとすべく戦っている選手だが、裏返せば、過去、五輪の大舞台で羽生選手に屈した選手たちと似たような状況に立たされているともいえるわけで、「二度あることは三度ある」なのか、それとも違う格言が来年飛び出すのか・・・。

残念ながら、来年のことを言うと新型コロナウイルスに嗤われかねないのが今の状況だし、さらに昨今の国際情勢を鑑みると、欧米諸国と同盟関係にある国々が「北京」の五輪に参加できるかどうかすら今は危ぶまれる状況だと個人的には思っているのだが、もし、無事にそれまでどおりに来年の冬季五輪が行われて全ての結果が出た時、振り返って今年の世界選手権の結果がどう位置づけられるのか。

この国の震災からの復興の歴史とも重なる不死鳥・羽生選手の姿を長年見続けてきた者としては、今年の大会が「時代の変わり目を決定づけた」などと評価されるようなことは決してあってほしくないと思っているが、最後は神々の世界の話。

今は、せめて「変わる」なら、日本人選手間で金メダルのバトンを受け渡す形で終わってほしい、ということを願うばかりである。

*1:もちろん、その背景に「正常」に戻すための関係者の並々ならぬ努力があることは忘れてはならないと思う。

*2:変わったのは上位を占めるロシア勢の顔ぶれだけで、ザギトワもメドベージェワも大会それ自体から姿を消し、代わりに17歳のシェルバコワ、16歳のトゥルソワが表彰台のメンバーに入ってきた。どちらかと言えば懐かしさすら感じる2015年の女王、トゥクタミシェワが銀メダル獲得、というのは、個人的には嬉しいニュースだったが、彼女はもちろん、10代の2選手だって、また1年後はどうなっているか、全く分からない状況である。

*3:最後はさすがに体力不足かな・・・と思わせるジャンプの失敗もあったが、出だしの仕上がりの完璧さは、シニアの国際大会に初めて出場した選手とはとても思えないものだった。

*4:少なくとも2017年、ヘルシンキの世界選手権のショートプログラムまでは、彼の時代が続いていた。

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