敗者の弁。

五輪が始まって、今何日目になるのだろうか。
開幕してから最初の数日は、目の前の仕事をほっぽり出してライブ動画を追いかける余裕もあったが、平日に突入してからはそんな時間もなかなかとれずに速報で結果だけ先に知るという、「いつもの五輪」に自分の中では戻っている*1

世の中が盛り上がっているかどうか、といったことにも個人的にはさほど関心はない、というか、こういう賛否両極端に分かれているご時世だからか、リアルで相談対応やら打合せやらをやる時にも、新型コロナの感染者数の話題とか土用の丑の話題は出ても、オリンピックの話題になることは今のところ全くない*2

とはいえ、一日が終わると、怒涛のメダルラッシュお家芸柔道がある五輪前半戦でメダルを稼ぐのは毎度のこととはいえ、今大会に関しては新種目、新競技も含めて、今のところ朝から晩まで「メダル速報」が鳴りやまない状況で、もはや金メダルでないと1面はおろか、スポーツ面でも脇の方においやられてしまう・・・そんな異常事態になっている。

で、そんな状況だからこそ、目を向けたくなるのが「敗れし者」

まだ「東京五輪」など影も形もなかった13年前に書いたエントリー(↓)の中でも書いたのだが、この日本において、「大会前には”金メダル候補”として大きく取り上げられていたけど本番では全く結果を出せなかった」選手に対する「その後」の扱いは、メダル一つで大喜びするような普段の五輪でもまぁまぁひどい。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

ましてや、今大会のように、連日次から次へと新しいスターが誕生するような状況だと、「敗れし者」がメディアに登場するのは試合直後のコメントが最後、その後は存在を”消される”ということになっても不思議ではない。

競技数が増えた今の五輪では、出場してくる選手の多くが国内の選考を勝ち抜いた上に、さらに世界ランキングの裏付けまで求められるわけだから*3、本番に辿り着くまでの努力が並大抵のものではないのは間違いないわけだし、そんな選手たちが集まる実力拮抗した舞台での勝敗など紙一重

だから、「勝った者」と「敗れた者」の間の格差は、冷静に考えると明らかに合理性を欠いているだろう・・・と思いたくなるようなところもあるのだけれど、その辺は、リアルな人生とも重なる、ということで、以下淡々と記録に残しておくことにしたい。

競泳 瀬戸大也選手

柔道で初日から金・銀というお祭りムードの中で、初っ端から祭りに乗り遅れた感があるのが、世界水泳日本人最多優勝記録保持者の瀬戸選手。

5年前のリオでも金メダル候補、その後、2019年の世界水泳2冠でいち早く五輪内定を決めて、東京五輪の”看板”となることが保証されていた選手でもある。

それが、昨年のまさかの大会延期にスキャンダル報道が重なって所属先まで失う大ピンチに。
それでも今年の日本選手権では、今季世界1位のタイムで復活優勝を遂げて再び大会の顔に躍り出る・・・はずだった。

だが、運命は再び暗転する。

男子400メートル個人メドレー、全体9位で予選落ち。

「油断はしてなかったが、読み間違えた」日本経済新聞2021年7月25日付朝刊・第23面)

というのが本人のコメントだったようで、実際、映像を見る限り、最後の自由形に入るまでは悠々と先頭を切っていたのだが、最後の50メートルで失速。

夜の予選、朝の決勝、という変則日程もあって、なおさら決勝に向けて”温存”する動機が強かったのでは、というのが識者の解説だが、決勝に進めなければ温存した体力の使い道もない*4。女子で同じ種目の大橋悠依選手が競泳金メダル1号で一躍スターダムにのし上がる中、声援は揶揄と罵声に変わってしまった。

そして汚名返上、とばかりに挑んだ男子200メートルバタフライでも悲劇は繰り返される。

2019年世界水泳の銀メダリストが、準決勝、全体11位で敗退。

「2種目ともこういうイメージじゃなかった。悔しいを通りこしてよく分からない・・・」日本経済新聞2021年7月28日付朝刊・第39面)

他にも「泳ぎがかみ合わなくてブレーキがかかっちゃってる。」「調子良いのにレースに生かせていない。勘が鈍っているのはある」といったコメントが紹介されているが、3種目目となる今日の200メートル個人メドレーでも予選16位、という状態に陥っていることを考えると、純粋にピーキングを誤ったのでは?とも思えてしまうわけで・・・。

いずれにしても、現時点で「五輪延期」で一番割りを食った選手になってしまっていることは間違いないだけに、せめて大会中どこかで一矢報いてくれることを願うばかりである。

体操 内村航平選手

続いて、これまで3度の五輪で堂々の主役を演じてきた内村選手が、男子体操予選・鉄棒で落下して種目別の決勝に進めなかった(20位)というのも、五輪序盤の数少ない”衝撃の番狂わせ”だった。

”レジェンド”とはいえ、長年の勤続疲労もあって6種目出場するには体がもはや限界、だが、だからこそ「総合」へのこだわりを捨て、鉄棒のスペシャリストとして最後の枠をつかみ取った、というドラマは「3大会連続金メダル」という形で結実する・・・はずだった。

「感想も何もない。何やってんだバカって感じですね」日本経済新聞2021年7月25日付朝刊第22面)

全てはこのコメントに凝縮されている、ということなのだろうが、「五輪本番(特に予選)での局地的な失敗」は、内村選手が世界トップの座に就いて以来の”定番”だったのも確かで、本来なら総合力で巻き返して勝負する選手が”挽回”する機会を持たないまま五輪に臨んだ時点で、こうなる確率も高かったのかもしれない、というのはただの結果論だろうか。

キングが落下しても予選を堂々の首位で通過した日本男子チームが団体で表彰台を死守し、さらに個人総合で橋本大輝選手という突き抜けたスターを輩出することができたのは不幸中の幸いではあるが、これまでの彼の輝く日々を嫌というほど見続けてきた世代の人間としては複雑な心境だったりもする。

重量挙げ 三宅宏実選手

こちらもアテネから5大会連続出場の”レジェンド”の敗北。

女子49キロ級、ジャークで3連続失敗で記録なし、という結果に終わってしまったが、彼女の場合、ここまでギリギリのところでやってきて、さらに五輪が延びて引っ張るだけ引っ張った末の大会出場、というところもあったので、純粋に競技生活21年間を称えるほかないのではなかろうか。

「『こういう終わりか』とふがいなさはあったけど、きょうまで諦めないで取り組んだつもり」
「昔より気持ちや欲深さが負けている。完全燃焼ですね。しばらくは重いものは持たない。」
(以上、日本経済新聞2021年7月25日付朝刊・第22面)

けだし名言、である。

そして、直近の2大会で連続してメダルを取った時の印象が強い彼女も、最初の2大会は上位選手の壁に跳ね返され続けていた、ということを改めて思い出し、「継続は力なり」とか「信ずれば夢かなう」という言葉に改めて思いを馳せた。

競泳 松元克央選手

ここからはちょっと早送りになるが、「自由形で表彰台に!」と日本人の心をときめかせつつも男子200メートル自由形で全体17位、あえなく予選落ちとなったのが松元選手。

「ちょっと信じられないです。信じられないです。」
「初めての五輪で、すごい緊張した。ただ、それは言い訳であって、その中でも戦っていかなきゃいけないんですけど。」
日本経済新聞2021年7月26日付朝刊・第32面)

上位選手棄権による繰り上がりに備えて(?)行われたスイムオフで、本チャンのレースよりはるかに良いタイムで泳いだ、というあたり、”緊張感”が足を引っ張ったことをうかがわせるが、世界の壁はそう簡単には越えられない、ということを思い知らせてくれた敗北でもあった。

スケートボード 白井空良選手

世界選手権銅メダリスト、という看板を引っ提げて臨んだが、予選敗退。

記事になったのは、

「自分の問題ですね。」日本経済新聞2021年7月26日付朝刊・第32面)

という短い一言だけ。

突き抜けて決勝進出した堀米雄斗選手が一日にして大スターとなったがゆえに、なおさら悔しさは募るだろうな、と慮ってみる。

重量挙げ 糸数陽一選手

男子61キロ級、前回五輪での4位からあと一歩、に迫りながらも3位に2キロ差で再び4位。

「たらればはない。これが自分の実力」日本経済新聞2021年7月26日付夕刊・第9面)

階級変更に伴うキツイ減量の影響もあって、ウォーミングアップ中に全身けいれんに見舞われた、という悲劇もあったようだが、一切言い訳しなかった潔さは称賛されている。

柔道 芳田司選手

敗者、と言ってもメダリストなのだけど、今大会絶好調な柔道日本勢の中では、ちょっと気の毒な銅メダル、というところだろうか。

「気持ちで前に出すぎた。」(日本経済新聞2021年7月27日付朝刊・第37面)

というのが、女子57キロ級、準決勝、延長戦でコソボのジャコバ選手に敗れた時の敗北の弁。

コソボ代表、と言えば、前回リオの女子52キロ級で「3度目の正直」を狙った中村美里選手の夢を砕いたケルメンディ選手まで遡るが、そこから、今大会の渡名喜風南選手、芳田選手、と日本勢を阻む壁になりつつあるな、というのもひそかに思ったことではある。

柔道 田代未来選手

女子63キロ級、田代選手も2回戦でポーランドの選手に一本負け。

リオで男女14階級中、メダルを取れなかった2人のうちの1人。それでも世界の第一線で戦い続け、5年越しのリベンジを果たすべく臨んだ大会で伏兵に足を掬われる。

「これが現実。ただただ弱かった」
「大変な状況のなかでたくさんの方がサポートしてくれて、この舞台に立てたことに心から感謝しています」
日本経済新聞2021年7月28日付朝刊・第40面)

潔いコメント。そして、リオ後に世代交代が一気に進んだ女子柔道界で唯一の2大会連続出場、後輩のメダリストたちにも慕われていた、というエピソードを敗北の報とともに取り上げた日経紙の記事が優しかった。

テニス 大坂なおみ選手

序盤戦で”残念”のトリを飾るのは、やはりこの選手、ということになるのだろう。

女子シングルス、3回戦でチェコのボンドロウソバ選手にストレート負け

2019年、全仏オープンで準優勝した選手とはいえ、今大会はハードコート。負ける要素がないかのような報道がされていた1回戦、2回戦の戦いぶりを考えると、ここで敗退するのは早すぎる気もする。

ただ、自分は、彼女が開会式で聖火の最終点火者としての大役を果たしたのを見た時に、おそらく競技の方では、そこまで長く勝ち続けることはできないだろうな、と思ったところはあった。

「期待が大きくて、重圧に対処する方法が分からなかった。」日本経済新聞2021年7月28日付朝刊・第41面)

うん、たぶん日本中の、いや世界中のどこを探しても、「五輪の聖火点火者として国中の注目を集めて、それを乗り越える方法」を知っている人などほとんどいないだろうと思う。

聖火の最終点火者は各大会に1人しかいない。

その栄誉にあずかれる日本人は、この先もう誰も出てこないかもしれない。

ただ、今まさに世界屈指のプレイヤーとして現役で活躍している彼女にとっては、聖火台に火を付けることよりも、もっと大事なことがあったのではないかな、と思うし、この、あまりに早い敗退のニュースを聞いて、なおさらそう思わざるを得なかった。

試合後、「(取材対応のための)ミックスゾーン不通過」というニュースが一時流れたのを見て、心底ヒヤリとしたが(その後、「単なる勘違い」ということで、無事戻って会見に応じたという)、とにもかくにも、今はツアーに戻って再びテニスプレーヤーとしての輝きを取り戻してくれることを願うばかりである。


ということで、序盤戦の「弁」はここまで。

もしかすると、今週末から来週くらいにかけて、「最大の敗者=五輪組織委」という事態が訪れることになるかもしれないが、真摯に戦う選手たちに何ら罪はない。

そして、この期に及んで夜の街に繰り出す人々の流れを少しでも食い止めるために、勝っても負けても、人々を自宅で映像に釘付けにさせるような奮闘を続けていただけることをひそかに祈っている。

*1:ライブで見られるのは夜遅い時間の競技くらいで、こういう時は、時差のない環境で大会が行われていることがかえって裏目に出る。

*2:一方でSNS上では様々な人の感情が高ぶっているシーンをよく見かけるので、コンテンツとしては「自分の空間で密やかに楽しむ」ものなのだろう、と勝手に思っている。

*3:日本が開催国になっているとはいえ、世界ランキングで上位に入れずに選手を出せなかった種目もそれなりにある。

*4:結果、サッカー解説者の水沼貴史氏にまで、数日後のコラムで「他の競技でも、変に計算したり力を余らせたりした選手は『五輪の魔物』とやらにのみ込まれている」と書かれることになってしまった(日本経済新聞2021年7月27日付朝刊・第37面)。

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