今でも競馬界の人々にとっては国内での最大の目標であり、それに勝つことが最大の栄誉とされるのが日本ダービー(東京優駿)。
当然ながら、それに勝った馬の「箔」も他のGⅠタイトルホルダーとは桁違いで、同世代でたった一頭しかいない「ダービー馬」の称号を手に入れた馬は、それに手が届かなかった同期たちが馬齢を積み重ねても必死でタイトル争いをするのを横目に、早々に種牡馬になってスタッドイン、なんて光景も一昔前は随分良く見かけたものだった。
だが競馬の国際化の影響もあってか、近年、その様相はだいぶ変わってきている。
冷静に考えれば、競う相手は同世代の馬だけ、しかもある程度早い段階で戦績を残した馬しか舞台に立てないダービーより、同期のライバルが一通り出揃い、世代を超えて戦う古馬混合GⅠの方がレースとしてのレベルが高いのは当たり前の話だし、さらに海外の大レースで結果を残す方がレーティングもより高くなる。
かつてのように、国内のストーリ―だけで日本競馬が完結していた時代なら、「ダービー馬」のブランドだけで種牡馬として十分ステータスを維持できたのだが、内国産馬の血統のレベルが上がり、海外の血との比較でも語られるようになっている今となっては、そのブランドだけでは「第二の人生」に入ることもままならないのか、長々と現役を続行する馬も増えてきた。
ディープインパクトやオルフェーヴルのように、ダービー後も走るたびにタイトルを積み重ねて行けるような馬ならまだ良いが、そうでないと自ずから悲壮感が漂ってくる。
2009年にダービーを制して以降、勝ち星に恵まれないまま故障を繰り返し、結局7歳まで現役を続けることになったロジユニヴァース。
2014年にダービーを制して以降、6歳のシーズンまで大きな故障もなく堅実に走り続けたものの、実に20を超える負けを積み重ね、オッズ欄に大きな数字をみることも度々だったワンアンドオンリー。
いずれも最終的には引退して種牡馬になったものの、「まだ現役なのか、気の毒だなぁ・・・」という印象は最後まで消えなかった。
そして、この週末日曜日のメインレースまで、そんな「気の毒なダービー馬」の系譜を継承していたのが、2016年のダービー馬、マカヒキである。
デビュー以来、弥生賞まで3連勝。皐月賞こそディーマジェスティの後塵を拝したものの、ダービーでは鋭い脚でサトノダイヤモンドにハナ差競り勝ち、ディーマジェスティ騎乗の蛯名正義騎手の悲願も打ち砕いて堂々の優勝。川田騎手に初めてのダービータイトルをプレゼントした。
ディーププリランテ、キズナに続く3頭目のディープインパクト産駒のダービー馬として前途洋々、更に陣営はキズナに続いて「ダービーから凱旋門賞へ」という選択に踏み切り、前哨戦の二エル賞でも堂々勝利を飾って、本番現地単勝2番人気に支持されたところまでは順調そのものだった。
だが、肝心の本番、14着と大敗を喫したところから雲行きが怪しくなる。
長い休養を挟んで出走した年明けの京都記念は、単勝1.7倍の圧倒的支持にもかかわらず3着敗退。
続く大阪杯もキタサンブラックと人気を二分したが、追い込み不発で馬券にも絡めない4着に。
そこからはもう悩める日々の繰り返し・・・という感じで、時々「おっ」と思わせる走りは見せるものの勝つまでには至らず、歳を重ねるたびに人気も失われ、7歳で迎えた昨年のジャパンカップなどは(2年連続人気薄で4位、という「得意」のレースにもかかわらず)「3強」対決の前に存在すら忘れられて、単勝オッズ226.1倍、という悲しい立ち位置に置かれることになった。
そうこうしているうちに、同期のディーマジェスティは早々に種牡馬入り、同じく同期のサトノダイヤモンドも菊花賞、有馬記念というタイトルを増やして5歳の暮れに引退、種牡馬入り、という道を辿っていく*1。
マカヒキとて実質的なオーナーは生産界に強いパイプを持つ金子真人氏だから、その気になれば早々に現役を切り上げて種牡馬になることはできただろうが、運の悪いことに先に名前を挙げた同期のライバルたちもいずれもディープインパクト産駒、さらに自分が勝った後にディープインパクト産駒が立て続けに4頭もダービーを勝ってしまう、という「ディープ血脈飽和状態」の中で、競走馬としてだけでなく種牡馬としての立ち位置も年々厳しくなり、進むも地獄、退くも地獄的な状況の中で、なくなく(ダービー馬としては異例の)8歳のシーズンに突入せざるを得なくなった・・・というのが多くのファンの見方だった。
それがまさか、ダービーから5年半近く経ったこの秋に、あんなに美しい光景を目撃することになるとは・・・。
前振りが長くなってしまったが、第56回京都大賞典。
レース前に主役の座を争ったのは、秋に復活を期す菊花賞2着馬のアリストテレスと、歳を重ねるごとにクラスを上げてきたヒートオンビートという対照的な2頭の4歳馬。そしてレースが始まり、同期のライバルに力の差を見せつけたはずのアリストテレスから主役の座を奪いかけたのは、何があってもへこたれない古豪・キセキ。
だが、最後の最後、度肝を抜く豪脚で外から突っ込んで、「主役」の地位を5年ぶりに奪い返したのが、9番人気に甘んじていたマカヒキだった。
現在4歳のアリストテレスも、ヒートオンビートも2017年生まれだから、マカヒキがダービーを勝った年にはまだこの世に生を受けてすらいない。
だがそんな”歳の差”を微塵も感じさせないような若々しい末脚・・・。
ゴール前、徐々に入場者も増えつつある競馬場で、どこからともなく起きた拍手は、「気の毒な馬」というレッテルを吹き飛ばすには十分すぎるほど、温かく、そして大きなものだったような気がする。
この日の奇跡を演出した友道康夫調教師&金子真人ホールディングスの組み合わせでは、もう一頭、長く現役を続けるダービー馬・ワグネリアン(6歳)、というのもいて、おそらくこの秋のローテーションでも、今が旬のワールドプレミアあたりとの組み合わせで、マカヒキとワグネリアンをどう使ってくるか、というのは一つ話題になるところだろうが、まずはこの日の復活を祝しつつ、もう一度どこかでこんなどんでん返しがあることを期待して、来週からの怒涛のGⅠ連続週間を楽しむことにしたい。