その責任は「取締役」が負うべきなのか?

大阪地裁が、会社法429条1項に基づき特許権侵害に基づく損害賠償責任を侵害会社の取締役に負わせた判決(大阪地判令和3年9月29日)が先日公表された。

後述のとおり、会社に対して損害賠償請求を命じただけでは被侵害者の実効的な救済が図れないと思われるような特殊な場合に、侵害会社の取締役に賠償責任を負わせる、という事例が過去にも存在しており、今回の判断自体が真新しいわけではない。

にもかかわらず、最近、コーポレートガバナンス・コード絡みで「知的財産投資にも取締役会の実効的な監督を」みたいな話が出てきて、ごく一部で盛り上がっていることもあり、この判決をそれとこじつけて論じようとする動きも散見されるので、それは違うよ、ということを言いたかったのが一つ。そして、もう一つ、今回の大阪地裁判決が示した丁寧すぎる規範(とそのあてはめ)が一人歩きして、今後世の中に好ましくない効果を生まないように、ということで、以下概要をご紹介しておくこととしたい。

大阪地判令和3年9月28日(令和元年(ワ)第5444号)*1

原告:株式会社メディオン・リサーチ・ラボラトリーズ
被告:P1、P2、P3、P4

この事件そのものには「令和元年」の事件番号が付されているが、原告の請求根拠となっている「二酸化炭素含有粘性組成物」に関する2件の特許(特許第4659980号、特許第4912492号)に関する紛争の歴史はかなり長い。

本判決でも前提事実として書かれている(8~9頁)が、

平成27年5月1日
原告がネオケミア及びクリアノワール(以下「訴外2社」)を含む総計11社を被告として,各社の製品の製造販売が本件各特許権の侵害行為に当たるとして,特許権侵害の不法行為に基づき損害賠償等を求める訴え(大阪地方裁判所平成27年(ワ)第4292号。以下「別件訴訟」)を提起
平成30年6月28日
大阪地裁が,ネオケミアに対し,金1億1107万7895円(+遅延損害金)、クリアノワールに対し,金1223万6265円(∔遅延損害金)の支払いを命じる判決(以下「別件判決」)を言い渡す*2
令和元年6月7日
知財高裁が、別件訴訟被告側の控訴を棄却し、別件判決が確定した*3

というのが本筋の特許権侵害訴訟の推移となっている。

そして、別件訴訟で原告は1億円を超える巨額の損害賠償請求を認容されたにもかかわらず、実際に回収できた額として認定されているのは、

平成30年8月15日
被告製品8の製造販売に係る損害賠償金のうち500万円について,ネオケミアの売買代金債権の差押命令及び転付命令を受けた。
原告は,別件判決後,被告製品8の製造販売に係る損害賠償金についてした債権仮差押えに対してネオケミアが供託した供託金200万円及び被告製品14の製造
販売に係る損害賠償金についてした債権仮差押えに対してクリアノワールが供託した供託金150万円を差押え,回収した。

と僅か350万円にとどまり、さらに、令和2年12月7日、ネオケミアが破産手続開始決定を受けたことが、原告が会社法429条1項に基づき、ネオケミアの代表取締役であったP1と取締役であったP2、クリアノワール代表取締役であったP3と取締役であったP4に「会社から回収できなかった損害賠償額」の支払いを求めて本件訴訟を提起した、という展開につながっている。

通常は、特許権侵害の成否をめぐってどんなに激しく争ったとしても、敗訴判決が出ればほとんどの会社は渋々賠償金を払うし、逆に元々資力など全く期待できそうもない海賊版事業者のような相手の場合は権利者が勝訴判決だけ取った上であとは刑事手続きに委ねる、ということもできるから、わざわざ会社の取締役まで相手取って訴えを起こす必要はないのだが、本件では別件判決で認容された損害賠償額があきらめるには多額すぎたことに加え、ネオケミアの代表取締役だった被告P1は原告の元代表取締役、かつ、原告特許の共同発明者の一人であった、という事情があり*4、クリアノワールについても別件訴訟で認容された賠償金を支払わないまま別会社を設立して営業している、ということが、原告に「更なる一手」に踏み切らせたものと推察される。

実際、冒頭でも触れたように、この10年くらいの間だけ見ても、新旧複数の同族会社で侵害行為を行っていたと認定されたケース(知財高判平成28年10月5日)*5や、被告代表者が原告特許の発明者であったようなケース(東京地判平成26年12月18日)*6で、会社法429条1項に基づく取締役の責任を認めた事例はあり、本件も、別件訴訟からの諸々の事情を踏まえれば、ネオケミアの代表取締役だったP1と、クリアノワール代表取締役だったP3に関しては、立場上、会社とともに取締役としての責任を追及されても不思議ではない立場にあったといえるだろう。

踏み込み過ぎた規範と、実務者が頭を抱えそうなあてはめ。

さて、ここまでは良いとして、問題は原告の請求をほぼ全面的に認める形になった本件判決の結論が妥当かどうか、という点は別途検討する必要がある。

被告が本件判決で展開した反論のうち、「本件各発明の技術的範囲への属否」や「原告特許の進歩性欠如」といった点については、既に別件訴訟で一度結論が出ている論点ということもあって、さすがにここでひっくり返すのは厳しかったと思われるのだが、ここで

(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第429条 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

という会社法429条1項の適用を認めるかどうか、という点については、本件の経緯に照らせば、被告側の反論にも十分説得力はあった。

まず、429条1項の適用に関する原則(悪意重過失の有無の判断基準)については以下のとおり。

会社法429条1項に基づく損害賠償請求には,取締役としての職務遂行について重過失があったことが求められている以上,対象商品が特許発明の技術的範囲に属しないか,又は特許に無効理由があると信じたことについての相当な理由は,会社による特許権侵害の場合の過失の有無を検討する際よりも,より広く認められるべきものである。」
「直接損害事例における役員の会社に対する任務懈怠行為は,実質的には第三者に対する不法行為と異なるところはなく,取締役に課せられている義務は同一のものであり,取締役の責任を広く認めることには,経営判断を委縮させる問題を生じさせる弊害があるから,取締役の対会社責任の場面と同様に経営判断原則が考慮されるべきであり,少なくとも直接損害事例においては,会社法429条1項は民法709条から軽過失を排除し,取締役の第三者責任の範囲を限定する趣旨の規定であると解すべきである。」
特許権侵害の成否については,弁護士及び弁理士といった専門家の間でも結論が分かれることが珍しくなく,ある製品の製造・販売が他人の特許権を侵害するか否かにつき正確な判断を下すことは,非専門家からすれば極めて困難であるから,特許侵害の有無について取締役として求められる調査義務を尽くし,妥当な根拠に基づいた合理的な判断をしていた場合には,「相当な理由」があったものと認められるべきである。すなわち,取締役が,特許権侵害である旨の警告書を受領した上で,被疑侵害物件の製造販売を継続した場合であっても,同警告書の受領後,専門家に相談する等の方法により,取締役において当該特許権侵害の成否を積極的に確認していた場合には,当該製造販売行為は任務懈怠に当たらないと考えるべきである。」(被告主張、22~23頁、強調筆者、以下同じ。)

そして具体的な事情として、被告側は、被告P1の認識や原告から警告を受けた際の対応について、以下のような事実も主張している。

1)ネオケミアで製品を製造販売するために特許権を取得するにあたり、被告P1が兵庫県の工業試験センターの相談会に赴いたところ、特許庁審判官の弁理士から「非侵害であり問題なく事業にて実施できる」旨を伝えられた*7
2)平成14年、最初に警告文を受領した際、被告P1がH弁護士*8に相談したところ、同弁護士より「原告の特許権は冒認出願によるものであり、無効である」との説明を受け、その旨、原告に回答した。
(その後、平成24年までの9年間、特許権侵害等の通知はなかった)
3)平成23年、再度、原告から警告文を受領した際に、被告P1が北浜法律事務所のN弁護士とO弁護士に相談したところ、特許権紛争に精通しているO弁護士から、「原告の特許発明はその作用効果を奏さないものであり進歩性を欠く」との説明を受けた
(その後、O弁護士は原告との交渉も行っている。)
4)平成27年1月~2月に原告がネオケミアの取引先に最終警告文を送付した頃、被告P1は、青山特許事務所にネオケミアの製品が原告の特許権を侵害していないかを確認し、非侵害である旨の内容の鑑定書を取得した

要するに、何度も弁護士に相談して自己に有利な判断を示してもらい、更に弁理士から「鑑定書」まで取った上での紛争だった、というのが、本件の背景にある事情であり、これだけ見れば、一般的な会社が日頃第三者から警告文書を受けたときに行っている対応と何ら変わるところはない。

取締役の責任が「結果責任」ではない、というのは当然のことで、ましてや第三者の判断に委ねなければならない訴訟での勝った、負けた(当然ながら、正しく行動した者が常に勝つとも限らない)の結果が全て取締役に降りかかってくるとしたら、誰も成り手はいなくなる。だからこそ、法務、知財部門を備えている会社であればもちろん、そうでない会社に対しても「事前の専門家への相談」と「万が一の場合のエビデンスの取得」が推奨されるのであり、それを自分自身で全て行った被告P1は、教科書的に言えば、「取締役としての任務を尽くした」と評価されて然るべきなはずである。

だが、それにもかかわらず、裁判所は、以下のように述べて、被告P1に「故意又は重過失」あり、とした。

「法人の代表者等が,法人の業務として第三者特許権を侵害する行為を行った場合,第三者の排他的権利を侵害する不法行為を行ったものとして,法人は第三者に対し損害賠償債務を負担すると共に,当該行為者が罰せられるほか,法人自身も刑罰の対象となる(特許法196条,196条の2,201条)。 したがって,会社の取締役は,その善管注意義務の内容として,会社が第三者特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず,また他の取締役の業務執行を監視して,会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うということができる。」
「他方,特許権者と被疑侵害者との間で特許権侵害の成否や特許の有効無効について厳しく意見が対立し,双方が一定の論拠をもって自説を主張する場合には,特許庁あるいは裁判所の手続を経て,侵害の成否又は特許の有効性についての公権的判断が確定するまでに,一定の時間を要することがある。このような場合に,特許権者が被疑侵害者に特許権侵害を通告したからといって,被疑侵害者の立場で,いかなる場合であっても,その一事をもって当然に実施行為を停止すべきであるということはできないし,逆に,被疑侵害者の側に,非侵害又は特許の無効を主張する一定の論拠があるからといって,実施行為を継続することが当然に許容されることにもならない。」
「自社の行為が第三者特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては,侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で,前述のとおり,侵害の成否または権利の有効性については,公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること,その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと,正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが,第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり,仮に侵害となる場合であっても,負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと等を総合的に考慮しつつ,当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり,それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられる。」
「具体的には,①非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して,実施行為を停止し,あるいは製品の構造,構成等を変更する,②相手方との間で,非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め,使用料を支払って実施行為を継続する,③暫定的合意により実施行為を停止し,非侵害又は無効の判断が確定すれば,その間の補償が得られるようにする,④実施行為を継続しつつ,損害賠償相当額を利益より留保するなどして,侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い,自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにするなど,いくつかの方法が考えられるのであって,それぞれの事案の特質に応じ,取締役の行った経営判断が適切であったかを検討すべきことになる。」
(以上、42~43頁)

「(ア) 兵庫県工業試験センターの相談会で被告P1が弁理士に相談した内容は,前記認定のとおり,先行して出願された本件特許権1に抵触することなくネオケミ
25 ア特許が登録されるか否かであったから,弁理士が抵触しない旨を回答したとしても,当時企画中であった各被告製品が,原告の特許権を侵害するものではないとの意味を有するものではない。」
「(イ) H弁護士から冒認出願による無効の可能性がある旨聞いたことがあったとしても,平成23年に原告から警告を受けた後に相談した岡田弁護士からその主張は困難であると言われ,前記認定のとおり,N弁護士及びO弁護士から,共同出願違反についても断念するよう言われたのであるから,仮に被告P1において本件各特許がなお無効であると判断したとすれば,専門家の意見を無視した不合理な判断といえる。」
「(ウ) 本件特許権1の登録は平成23年,本件特許権2の登録は平成24年であるから,平成14年から平成23年までの間,原告が警告をしなかったとしても,今後原告からの権利行使がないと考えるべき合理的な理由はない。」
「(エ) 被告P1は,岡田弁護士から進歩性欠如の話を聞いたとするが,当時の原告との交渉においてそのような主張はされておらず,中森弁護士の回答書(乙101)においてもどのような無効主張を検討していたのか不明であり,当時の主たる主張は構成要件の非充足の主張であったから,被告P1が岡田弁護士と進歩性欠如の無効理由について十分な検討をしていたとは認められない。」
「(オ) 青山特許事務所の鑑定書は,平成27年に原告とネオケミアとの間の交渉が決裂し,原告からの訴訟提起が予想される中で取得されたものであり,取引先に
対して不安を静めるために保証書を差し入れたのと同じ目的のものと考えられ,これによって,被告P1が各被告製品の販売継続の可否を判断したものとは考えられない。被告P1は,別件訴訟での裁判所の心証開示後にも取引先に保証書を差し入れているのであり(乙96の3,4),被告P1の取引先に対する説明が,その判断の合理性を裏付けるものとはいえない。」
「(カ) 別件訴訟において中森弁護士及び岡田弁護士が非侵害の主張に自信を持ち,勝訴の見込みがあると考えていたとしても,その具体的な根拠は明らかではない。また,登録された特許権であっても,先願の特許発明を利用するものであるときは,特許権者は業としてその特許発明を利用することができず(特許法72条),先願の特許権者に対し実施の許諾を求めなければならないところ(同法92条),前記認定のとおり,被告P1は,ネオケミア特許が登録された以上,その実施品については本件各特許権の侵害にはならないものとして,各被告製品の製造販売を継続し,取引先にその旨説明していたところ,別件訴訟の提起後,ネオケミアの特許は先願の原告の特許を利用する関係にあることを知ったというのであるから,特許権に関する基本的な事項について誤解したまま,各被告製品につき特許権侵害は成立しないと考えてその製造販売を継続し,取引先に説明していたものである。」
「前記アで認定した事実,及び前記イで被告P1の主張について判断したところを総合すると,被告P1が,各被告製品の製造販売が本件各特許権の侵害にならない,あるいは本件各特許は無効であると主張した点について十分な論拠があったということはできずむしろ特許制度の基本的な内容に対する無理解の故に,ネオケミア特許の実施品であれば本件各特許権の侵害にはならないと誤解して各被告製品の製造販売を続け,取引先にもそのように説明したものである。前述のとおり,特許権侵害の成否,権利の有効無効については,公権力のある判断が確定するまでは軽々に決し得ない場合があり,自社に不利な判断が確定する場合もあるのであるから,取締役にはそれを前提とした経営判断をすべきことが求められ,前記(1)の①ないし④で述べたような方法をとることで,特許権侵害に及び,自社に損害賠償債務を負担させることを可及的に回避することは可能であるにも関わらず,被告P1はそのいずれの方法をとることもせず,各被告製品の製造販売を継続している。さらに,別件判決(甲5)によれば,ネオケミアは各被告製品の販売により相応の利益を得ていたのであるから,特許権侵害となった場合の賠償相当額を留保するなどして,別件判決確定後に損害を遅滞なく填補すれば,ネオケミアに損害賠償債務を確定的に負担させないようにすることも可能であったのに,被告P1は任意での賠償を行わず,ネオケミアを債務超過の状態としたまま,破産手続開始の申立てを行ったものである。」
「以上を総合すると,被告P1が,本件各特許が登録されたことを知りながら,特段の方法をとることなく各被告製品の製造販売を継続したことは,ネオケミアの取締役としての善管注意義務に違反するものであり,被告P1は,その前提となる事情をすべて認識しながら,ネオケミアの業務としてこれを行ったのであるから,その善管注意義務違反は,悪意によるものと評価するのが相当である。」(47~50頁)

確かに被告P1に特許権に関する正確な知識がどこまであったか、と言えば疑わしいところはあって、特に、判決でも認定されている「自分の発明が特許登録されれば、原告の特許権侵害になることはない」と誤解していたように思われるエピソードなどに接すると、「善管注意義務違反・・・」という言葉が頭をよぎるのは確かである。

だが、法は、一介の経営者に特許法の知識にまで精通することを求めているわけではないし、だからこそP1自身も、自らの知識の不足を補うために弁護士等に相談に行き、特許事務所から鑑定書を受領している。

しかし、裁判所はそういった事実一つ一つは認めた上で、それでもなお、「悪意による善管注意義務違反」と認定した。

それに先立って引用したとおり、裁判所は特許権侵害紛争の場面において取締役が行うべき適切な経営判断、というのはどういうものか」ということを例示も上げつつ長々と説明しており、本件の事案のあてはめによれば、被告P1の対応が「適切」なものだったとは言えない、というのがこの結論につながっているのだが、いかに「公権的判断が確定するまではいずれとも決しない」という建前があるとはいえ、本件は、誇り高き開発者兼経営者が、関西では知らぬもののない大手法律事務所をバックに付けて自らの正当性を主張し続けてきた事件である。

そして、ネオケミアの製品が既に広く流通しているものだったことを踏まえるなら、建前通りに「実施行為の停止」といった対応をすることが困難であったことは火を見るより明らかだし*9、交渉が決裂してしまえば、実施料を払って・・・という話にはなり得ないことも言うまでもないこと。

もしかすると、裁判所は規範中で挙げた①~③の例示は本件ではどうでもよいと思っていて、最後の④をきちんとやっていなかった(敗訴した時点で賠償原資がなく会社を破産手続きに持ち込まざるを得なかった)ことに怒り心頭→取締役としての被告P1に責任を負わせる、という思考回路で判決を書いたのかもしれないが*10、だとしたら余計な規範を立てる必要はなかったし、「万が一の場合の賠償原資を確保しておかなかったこと」にフォーカスして判決を書けばよかった。

でも、実際にはそうではなく、余計な規範と本筋ではないポイントに関するあてはめで、前提事実に疑義のある評価を加えたことで、本件判決が一人歩きすることにならないか、それだけが心配である。

なお、被告P1以外の被告に対しては、被告P3について、

「クリアノワール代表取締役として,被告P3には,特許権侵害の成否や権利の有効性についての公権的判断が,自己に有利にも不利にも確定する可能性があることを前提に,そのいずれの場合であっても第三者の権利を侵害し損害を生じさせることを可及的に回避しつつ,自社の利益を図るような経営判断をすべき注意義務があったということができる。」
「この点について被告P3は,特許権侵害の警告を受けた後も,主として被告製品14の製造元であるネオケミア側からの説明に依拠し,前記(1)の①ないし④で検討したような方法をとることもなく,裁判所からの心証開示があるまでの間,被告製品の14の販売をして特許権侵害の不法行為を継続し,原告に損害を生じさせたのであるから,取締役としての善管注意義務に違反したというべきであり,少なくとも重過失によると認めるのが相当である。」(53~54頁)

と、被告P1と同様の理由づけで「重過失」による善管注意義務違反を認めており、ここまでは、事案の経緯を踏まえればやむを得ないところもある、と言えるのかもしれない*11

ただ、ネオケミアに関して被告P2、クリアノワールに関して被告P4、と、名目的な立場に過ぎなかった取締役についてまで、連帯して損害賠償責任を負わせた、という点については、会社法429条1項の適用を認めたことの副作用が間違いなく出ているように思う*12

本件の特殊性に鑑みるなら、原告の主位的請求を退けた上で予備的請求である民法709条に基づく請求を取り上げ、会社との関係で被告P1と被告P3にそれぞれ共同不法行為が成立するか、という切り口で議論する方が現実に即した結論を導けると思われるし、だからこそ、今回の大阪地裁の判決には大いに疑問を感じる。

おそらく高裁に行けば、適切な方向に判決が修正されるだろうし、そうなることを期待してはいるのだけど、それまで、今回の判決の結果だけが一人歩きしないように、ここで書き残させていただいた次第である。

*1:第21部・谷有恒裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/602/090602_hanrei.pdf

*2:判決文はhttps://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/963/087963_hanrei.pdf

*3:判決文はhttps://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/088717_hanrei.pdf この判決では損害額の算定に関し、特許法102条2項の推定覆滅事由についての考え方や同102条3項の「受けるべき金銭の額に相当する額」の考え方について興味深い判断も示されているが、その解説はここでは割愛する。

*4:この手の”元身内”との知財をめぐる争いは概して激烈なものになりやすい。

*5:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/177/086177_hanrei.pdf

*6:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/715/084715_hanrei.pdf

*7:被告P1はその後自らの製品に係る特許も取得している。

*8:裁判所のウェブサイトに掲載されているPDFでは、特に仮名化されることもなく実名が記載されているのだが、将来的に仮名化される可能性も考慮して、本記事上ではイニシャル化する。以下同じ。

*9:そもそも「訴訟で負ける可能性がある」というだけで実施行為を停止する、ということが求められるのだとすれば、まさに「警告し得」の世界になってしまうのであり、①のような対応を一般的なプラクティスとして挙げること自体が個人的にはどうかと思う。もちろん、侵害の可能性が濃厚、ということになれば話が別だが、そもそもそのような場合であれば、実施行為を停止したり構成を変更した時点で紛争としては実質的に終わっている(一応、過去分の損害賠償請求の話等もあるので、表面的には争いつつ、ヌルっとその商品なりサービスを市場から撤去して終わらせてしまう、ということは、自分自身も経験がないことではないが、少なくとも本件訴訟に当てはまる話では全くないと思う)。

*10:そしてそういう発想自体は自分も理解できなくはないのだが・・・。

*11:被告P3は被告P1とは異なり、自ら弁護士に相談する等の対応もしていないようだから、その点においては被告P1以上に「やるべきことをやっていない」と批判される余地もどうしても出てくる。

*12:業務執行を担当しない取締役が、特許権侵害紛争トラブルのような些末な話に関してどこまで監視する義務を負うか、という点は問題になりうるのだが、会社法429条1項の適用を認めるという前提に立つならば、少なくとも裁判紛争になって以降の対応については、代表取締役と連帯して責任を負え、ということになりそうである。

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