季節がめぐるのは早い。
ついこの前、2歳馬たちが勝ち名乗りを挙げて、新しいシーズンが始まったような気がしていたのに、あっという間にカレンダーは一回りして東京優駿。
新型コロナ禍の間も刻み続けられていた開催回数は、今年で遂に「第90回」に達し、自分が真剣に見始めた頃の「皇太子殿下御成婚奉祝」記念競走(第60回)*1からは実に30年の歳月が流れた。
東京は爽やかな陽気。
競馬場の馬場コンディションも良好で、晴れやかな舞台は整ったはずだった。
個人的な注目は、皐月賞までは”どんぐりの背比べ”と揶揄されてきた3歳牡馬陣の中で突如突き抜けた皐月賞馬・ソールオリエンスが二冠目も制してこの世代で不動の地位を築けるか、という一点に絞られていて、強いて対抗馬を挙げるなら、今年の最強牝馬を輩出したドゥラメンテから2週続けてクラシック戴冠馬が出るか?という視点でのドゥラエレーデ。そして古くはエアダブリンにまで遡る「勝てない青葉賞馬」のジンクスを目下絶好調の血統で跳ねのけるか?のスキルヴィング。
別路線組に目を取られがちなときは概して「皐月賞」組のことを忘れていて、レース後に後悔することも一度や二度ならずあったから今回も一応警戒してはいたが、気になっていたのは皐月賞3着のファントムシーフの方で、2着だったタスティエーラは何となく軽視してしまっていた*2。
だが、ゲートが開いた瞬間、思い描いていた予定調和は狂いだす。
普通にゲートを出ればハナを切るはずだったドゥラエレーデが、一歩二歩走る間もなく鞍上の坂井瑠星騎手を振り落とし、生まれたざわめきの後、先頭に立ったのは17番人気のパクスオトマニカ。
決して速いペースの逃げではないのに、牽制し過ぎたのか後続の馬たちは大きく離され、4コーナーを回ってもまだ逃げ馬の独り舞台。
さすがに最後の直線は上がり33秒台の攻防となり、中団に付けていた馬たちが瞬く間に逃げ馬を飲み込んでゴールに殺到したが、こういう展開だと少しでも前にいた馬の方が当然強い。
皐月賞に比べれば遥かに好位でレースをしていたソールオリエンス&横山武史騎手が必死に追っても、一歩先に抜け出した馬との距離はなかなか縮まらず、4頭がもつれたままゴールに飛び込む。
そして、気が付けば、勝ったのは一歩前に出たタスティエーラだった。
「2分25秒2」という10年遡ってもレイデオロの次に遅い勝ちタイムが優勝馬に有利に働いたのは事実で、タイムだけで前週のオークスと比べてしまうとこの日の優勝馬は前週の上位8頭にも及ばない。
それでも勝てば「ダービー馬」の称号を得られるのがこのレースなわけで、「勝つための競馬」に徹し、様々な幸運まで引き寄せたタスティエーラは、間違いなくこの日の主役にふさわしかった。
もちろん「明」の後ろには「暗」もある。
1番人気、2番人気と主役を揃えながらも産駒初のダービー制覇が夢と消えたキタサンブラック。しかも先頭を譲った相手の父は「同期」のサトノクラウン・・・。
2015年の春まで遡れば、皐月賞で主役だったのは3連勝で大舞台に挑んだサトノクラウンの方で、キタサンブラックは3着に入っても決して”主役”の顔ではなかったし、ダービーでは3着に入ったサトノクラウンがきっちりキタサンブラックに”逆襲”している*3のだが、その後の古馬時代に目を移すと、かたや18億円ホース、もう一方は国内GⅠわずか1勝のみの「普通のGⅠ馬」。
それでも種牡馬としては、キタサンブラックが順当にダービーサイアーになる、というわけにはいかなかった*4。
騎手で言えば、落馬した坂井騎手はもちろん、結果的に仕掛けが遅れ、またしても同タイムでダービージョッキーの座を逃した横山武史騎手もこの日に限っては「暗」の側に落ちたというほかない。
そして何よりも悲しかった出来事・・・。
優勝馬と同じ勝負服&人気は優勝馬のそれより高い状況でレースに臨んだスキルヴィングは、見せ場なく大差で敗れたのち、ゴールを過ぎたところでバタリと倒れて還らぬ馬、となった。
この日3着に飛び込んだのが青葉賞で打ち負かしたハーツコンチェルトだったことを考えると、本調子だったらスキルヴィングも優勝争いに絡めたのではないか、と思わずにはいられなかったが、それが若くして失われた命へのせめてものはなむけになるものだろうか?
こういうシーンを目撃してしまうと、どんなに惨敗した馬でも「次」があるだけまだまし、という気分になる。ましてや人間ともなればなおさら・・・。
終わった時間は戻らないし、失われた命が戻ってくることも決してない。
ただ、この先も生きていく者としては、記憶に残り続ける限り、第90回のダービーに、スキルヴィングという馬が「もう一頭の主役」として存在していたことを語り続けたいと思っている。
そして、願わくば今年のダービーで「暗」の側に立たされた騎手や厩舎関係者たちが、来年あるいはもっとその先に、今日の悔しさを取り返すようなパフォーマンスを見せてくれることを切に願うのである。
*1:今でも時々”名勝負”として音声が流れるウイニングチケットのダービーである。
*2:父・サトノクラウン、という血統が上がり勝負になりがちなダービーには明らかに不向きだろう、という”推理”もあったが、それ以上にこの馬の“地味感”(血統的にも戦績的にも)はダービーの舞台には相応しくない、と勝手に思い込んでいたところはあった。
*3:もちろん、どちらのレースも勝ったドゥラメンテが当時の最強馬だったことは疑いようもないのだが。
*4:これまでしばらく「ディープインパクト産駒」が独占していたダービーサイアーに風穴を開け、一時期一世を風靡したエピファネイアも、現役時代はサトノクラウンよりもはるかに華々しく活躍していたドゥラメンテよりも先に種牡馬としてのタイトルを奪った、というところにサトノクラウンのすさまじいポテンシャルを感じたのは自分だけだろうか。