連休の間に書いた「コンプリートガチャ」関連のエントリー*1へのアクセスが、気がついたら物凄いことになっていて、改めてネット上の情報の伝播力の強さを思い知らされた*2。
拙いエントリーに目を通していただいた皆様には、ただただ御礼を申し上げるほかないのだが、そうこうしているうちに、事態は風雲急を告げ、一気に決着を迎えようとしている。
「ソーシャルゲーム(交流ゲーム)大手のディー・エヌ・エー(DeNA)やグリーなど6社は9日、自社ゲームで「コンプリート(コンプ)ガチャ」と呼ばれるアイテム商法を5月末までに廃止すると発表した。消費者庁が景品表示法に抵触する可能性を検討しているため。」(日本経済新聞2012年5月10日付け朝刊・第1面)
グリー、DeNA以外に名前が挙がったのは、ドワンゴ、ミクシィといった「交流ゲーム運営4社」と開発会社2社だが、そんな運営会社らが、自ら「コンプリートガチャ」のシステムを廃止する、という急転直下の展開となった。
元々、世の中的には眉をひそめる人が多かったのがこの種の商法だけに、レピュテーションも考慮した経営判断として、ゲーム会社らが出した結論自体は理解できるところだが、一連の動きの中での消費者庁の動きには、いろいろ突っ込みどころがあるように思われる。
奇しくも、「全面廃止」のニュースが出される数時間前、9日の朝には、老舗ブログ「企業法務マンサバイバル」に、「コンプリートガチャ問題に対する行政指導のあり方について」というエントリー(http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/52250075.html)がアップされていた。
ブログ主であるtac氏が自らのご経験も踏まえて書かれたであろう、“当局の恣意的な指導”への批判には、感じ入るところも多いのであるが、このブログでも、少し違う視点から、「5月5日の報道」以降の動きを追ってみることにしたい。
5月7日(月)
この数カ月の間、ずっとくすぶっていたネタとはいえ、
「『コンプガチャ』は違法なので行政指導します。もしかしたら、行政処分までしちゃうかも・・・って、消費者庁がそろそろ言いそう・・・」
という5日の各メディアの報道には、相当なインパクトがあった。
読売新聞の報道を皮切りに、テレビメディアから日経紙まで追随した5日〜6日にかけての報道の状況を見れば、上記報道の「確度」はかなり高いように思われたし、事柄のインパクトを考慮すれば、おそらく連休明け早々に、消費者庁から何らかの形で見解が示されるのだろう、というのが、一連の報道に接した自分の率直な印象だった。
だが、連休明けの7日。
朝から晩まで、関連する報道やらブログのエントリーやらが飛び交う中でも、一向に消費者庁の公式な動きは見えてこない*3。
そして、そうこうしているうちに、ソーシャルゲーム二大巨頭のグリー、DeNAの株は猛烈な売り浴びせを食らうことになった。
運悪く、この日は、フランスとギリシャの不吉な選挙結果に脅えた米欧市場の煽りを受けたこともあって、日本の株式市場全体がヒドイ有様だったのだが(日経平均-2.78%)、それに輪をかけたストップ安。
グリー 1651円 ▼500円
DeNA 1990円 ▼500円
オリンパスの時もそうだったが、市場というのは、「何らかのマイナス要素がありそうだけど、どの程度の規模になるか分からない」という状況を一番嫌う。
そして、その結果、多くの個人投資家が、何もできないまま、指を加えて5万円吹っ飛んでしまうのを眺めるしかない・・・というツライ状況を生み出すことになってしまった。
5月8日(火)
続いて翌8日。
朝の時点での動きは、日経紙の朝刊の記事に、情報をリークしたと思われる消費者庁の担当者のお名前が乗ったことくらいだったが、昼前にかけて、松原仁・内閣府特命担当大臣の閣議後の記者会見のニュースが流れた。
今日アップされたと思われる当日の大臣の会見要旨(http://www.caa.go.jp/action/kaiken/d/120508d_kaiken.html)を見ると、実のところ、この時点では、大した発言は出ていない。
問「携帯電話のソーシャルゲーム「コンプリートガチャ」というものが問題になっていますけれども、消費者担当大臣としてのこれについての御認識を教えてください。」
答「まず個別の事例についてのお答えは基本的には差し控えておきたいと思っておりますが、一般論で申し上げますと、インターネット上のカードを複数揃えるとレアカードが当たる仕組みについては、これまで景品表示法に基づく措置をとった例はなく、景品表示法の規制が及ぶことを明確に示す運用基準等も存在をしておりません。そこでまず、本件に係る景品表示法上の考え方を可能な限り早期のうちに明らかにすることにより、事業者及び一般消費者に対し注意喚起をすることを検討いたしております。」。
問「違法と、そして規制すると、そういう方向での検討ということでよろしいんでしょうか。」
答「まだそこの段階まで申し上げているわけではなくて、景品表示法上の考え方を可能な限り早期のうちに明らかにして、事業者及び一般消費者に対し注意喚起することを検討しているということで、まず段取りとしては、そういった中で、様々な事業者から聞くというふうな作業もあろうかと思っております。」
問「景品表示法のカード合わせ、禁止されているカード合わせに当たるんじゃないかという見解を先般消費者庁長官が示しましたけれども、それについては大臣はどういうふうにお考えですか。」
答「その可能性はあるというふうに思っております。景品表示法では、二つ以上の種類の文字、絵、符号等を表示した符票のうち、異なる種類の符票の特定の組合せを提示させる方法、いわゆるカード合わせの方法を用いた懸賞による景品類の提供について、景品類の価額の大小を問わず禁止しております。一般論として、カードは有体物かインターネット上のものであるかに関わらず、カードを複数揃えるとレアカードが当たる仕組みについては、一般消費者に提供されるレアカードは、カード取引に顧客を誘引するための手段として、事業者が自己の供給するカードの取引に付随して相手方に提供する経済上の利益として、景品表示法の景品類に当たると認められます。その提供は、告示で禁止されているカード合わせの方法を用いた懸賞によるものであれば、景品表示法上禁止される行為、つまりカード合わせの方法を用いた懸賞による景品類の提供に該当すると考えております、ということであります。」
問「そうすると、ただいまネット上に問題になっているコンプリートガチャはカード合わせに当たると考えていいんですよね。」
答「大体そういうことになろうかと思います。ただ、どちらにしても、もう少し会社側に対して調査といいますか、聞き取りをして判断をしていくということになろうと思います。」
とにかく、『コンプガチャは違法だ!』と大臣に言わせたくて必死な記者に対し、「一般論としては・・・」、「もう少し事業者に話を聞いてから・・・」と繰り返す大臣。
この後に続く記者の質問もかなり醜悪で、「何かのゲームで無駄金つぎ込んじゃった腹いせで質問しているのでは?」(笑)と揶揄したくなるような代物なのであるが、いずれにせよ、このトーンなら、事業者のヒアリングをして初めて“規制するかどうか”という話になるんじゃないの・・・?と思いたくなるような展開だった*4。
だが、一部のメディアはそれでも「大臣が『コンプガチャ』の違法性に言及」という見出しを付けて情報を流す。
そして、その日の午後に行われたグリーの決算発表では、経営陣がもっぱら防戦一方。
業績的には、大幅な増収増益で、本来晴れやかな会見の場となっても不思議ではなかったのに、「CNET JAPAN」に掲載された会見録(http://japan.cnet.com/news/business/35016845/2/)によると、
記者:消費者担当大臣から、(コンプガチャは)射幸心をあおるという話が出たが、どのように受け止めているか。
山岸氏:現在消費者庁と連絡を取っている。詳細についてはコメントを差し控えさせていただきたいが、弊社としては、何らかの示唆や意見を頂いた場合は真摯(しんし)に対応していきたい。
田中氏:現在消費者庁はじめ関係団体と話させてもらいながら、何らかのご指摘、示唆があれば真摯(しんし)に対応したいと考えている。
記者:コンプガチャ以外にもいろいろな形態のガチャがある。何が問題と考えているか。
山岸氏:今消費者庁に問い合わせているので、コメントは差し控えさせていただく。ただ、ガチャ自体(コンプガチャだけではなく、ガチャという仕組み全体を指して)の問題ではない。
記者:違法性が示された場合、返還訴訟のリスクがある。これについてどう考えているか。
山岸氏:仮定の議論なので、現段階ではコメントを差し控えたい。
と、“憶測”に基づいた質問攻めの前に、閉口し気味な経営陣の様子が目に浮かぶようなやり取りになっている。
ソーシャルゲームに関しては、以前から「表示」規制に関する問題等もあったから、グリーと消費者庁の間には、それなりの連絡ルートはあったのだろうが、大臣の会見録を見ても、上記グリーの会見録を見ても、やはり5日の報道が“急転直下”だったのは否めないように思われるわけで、連休明けの1日ちょっとの間に確認できた情報だけで、決算発表会見に臨まなければいけなかったグリー関係者の気苦労は、察するに余りあるところ。
個人的には、いくら四半期決算の発表だとはいっても*5、『ガチャ』がこれだけ大きな話題になっている状況なのだから、せめて、説明資料にだけでも、もう少しリスク要素への説明を取り込んでも良かったのではないか、と思うところだが、自分が同じ立場だったら果たしてどこまで準備できたか・・・。
この危機的状況下で、挑発的な記者の質問を冷静にしのいだグリー経営陣には、敬意を表さねばならないように思う*6。
結局、この日の株価は、
グリー 高値1727円 安値1380円(年初来安値) 終値1650円 ▼1円
DeNA 高値2043円 安値1700円(年初来安値) 終値1961円 ▼29円
と、激しく乱高下する展開になっている。
5月9日(水)
このような状況で迎えたのが、ソーシャルゲーム業界にとって大きな転機となったであろう、「5・9」である。
日経紙の電子版が、朝一番の配信で、「消費者庁、来週にも「コンプガチャ」違法見解」というタイトルで、消費者庁が「違法」と判断した根拠をかなり詳細に報道し、
「待ちの姿勢はDeNAも同じで沈黙を保っている。9日には福嶋浩彦消費者庁長官の会見があり、より踏み込んだ発言が予想される。同日はDeNAの決算発表の日でもある。創業者の南場智子取締役から手綱を受け取った守安功社長も「真摯に対応する」と繰り返すだけなのだろうか。その発言と対応が注目される。」
と、まるでDeNAを“挑発”するかのような記事を掲載していたのだが、そのような流れの中でDeNAは動いた。
この日、年度決算の発表日だったDeNAは、任意開示資料の1頁目に、「最近の報道に関して」という話題を持ってきて、現状(消費者庁から正式な要請等は受けていないが担当者レベルで意見交換中)及び今後の対応等に言及し*7、さらに「コンプガチャ」を順次する方針を明らかにしている。
さすがに、決算短信には間に合わなかったようで、「リスク要素」としても「後発事象」としても挙げられていないが*8、グリーよりも一日準備に時間が取れた、ということが、上記のようなささやかな“サービス”につながったのだと思われる。
そして、その後の大きな動き・・・。
グリーのHPに行くと、「コンプリートガチャの取り扱いに関するお知らせ」という2つのプレスリリースが掲載されている。
1つは、「6社共同」で発表されているリリース*9。
そして、もう1つはグリーが単独で発表したもの。
中止の方針と、協議会でガイドラインを作るといった話を淡々と記載している6社共同プレスとは異なり、グリー単独のリリース*10には、
「当社としては、現行法上コンプガチャについては、ただちに違性があるものとは考えておりませんが、多くのお客様にご利用いただくサービスを提供する社会的責任を負う企業として、各方面からのご示唆を受けて、真摯に検討した結果、お客様に対するサービス内容の向上を図るため、停止することと致しました。」
と無念さを滲ませるようなコメントも載せられている。
この日行われた福嶋消費者庁長官の定例会見で、
「子どもが月数十万円も請求された例もある。一定の規制をしなければならない」
と、前日の大臣会見よりもさらに踏み込んだ話が出ていることを考えると、消費者庁との意見交換の中でもかなり強いトーンの“予告”がなされていたと思われるし、そのような状況では、自ら「中止」という判断をせざるを得なかったのだろうが、5日の報道から一週間の経過も待たないうちに、ここまであっさりとサービス中止の決断をするとは・・・と、何とも拍子抜けな展開だったのは間違いない。
ちなみに、この日の日中の株式市場では、
グリー 高値1607円 安値1460円 終値1491円 ▼159円
DeNA 高値1960円 安値1853円 終値1935円 ▼26円
と、再び株価下落に向かう雰囲気でもあったのだが、投資家にとっての“見えない不安”も、これでようやく収まることになった*11。
おわりに
結局、消費者庁は何一つ具体的な規制・処分を行わないまま、運営事業者が自ら退場する、という極めて美味しい展開の恩恵に与ることになった。
事業者の「コンプガチャ」中止発表後も、「ガチャ自体が違法だ」と煽る雰囲気はまだ残っているから、今後の展開(消費者庁が予告している「見解発表」の中身も含め)については、まだ多少読めないところはあるが、少なくとも「ガチャ」そのものを、現在の日本の景表法(景品規制)の解釈で違法とするのは無理だと思われるから*12、今回の「中止発表」で消費者庁がもくろんでいた“規制”の目的は、事実上、ほぼすべて達成された、ということになる。
“やるぞやるぞ”とチラつかせたまま結局動かない、という今回の消費者庁の対応は、多少デフォルメされた言葉で表現するなら、まさに“エア規制”ということにでもなろうか。
もちろん、消費者庁とて、“ネコパンチ”で事業者をやっつけようと思っていたわけではなく、リークした時点でかなり綿密な理論武装ををしていたに違いない、と信じたいところではあるが、それでもこの数日間、情報が定かに見えない中、大手2社の株価が大きく下落したことなどを考えると、もう少し丁寧な進め方もあったのではないかな・・・と思うところは多々ある。
そして、今回の消費者庁の規制強化の方針については一応是認できるとしても、今回のようなやり方が踏襲されるような事態は、願わくば避けてほしい・・・というのが、消費者向けのビジネスを行っている事業者の共通する思いではなかろうか*13。
規制するなら、正々堂々と手続きに則って調査を進め、法的根拠をしっかり示した上で、行政指導なり行政処分なりを出せばよい話なのであって、今回のようなやり方では、ユーザーにも株主にも混乱をもたらすだけ。
結局、誰も得をしないことになる・・・と思うので。