“大逆転審決”の核心にあるものとは?

2月に「排除措置命令がひっくり返る」という仰天ニュースが飛び込んできて以来*1、出るか出るか・・・と待ち構えていたJASRAC事件の審決が、ようやく6月12日付で出されたことが、公取委から発表された*2

審決全文は、こちらのリンク(http://www.jftc.go.jp/shinketsu/itiran/h24.html)から入手できる。

竹島委員長を含めて5名いるはずの公取委委員の名前が、審決には4名しか書かれていない、ということからも、苦渋の判断だったのだろう、ということは推察されるのだが、それでも、公取委が一度出した命令を自らひっくり返した、という事実は重い。

以下、どのような理屈で、JASRAC著作権管理事業をめぐる“世紀の大逆転”が生まれたのか、ということを、簡単に追ってみることにしたい。

事案の概要/争点

審決は、まず、平成13年10月1日に、著作権等管理事業法が施行され、それまでの「仲介業務法」が廃止され、著作権管理事業が“自由競争”の時代に入ったこと、及び現行法の下での仕組みに触れた上で、本件で問題とされたJASRACとイーライセンスの著作権管理事業の概要を淡々と綴っていく。

それまで、事実上、独占的な管理事業者として、各放送局と利用許諾契約を交わしていた立場を背景に、新法施行後もNHK、民放連といった事業者と速い段階から利用許諾契約を交わしていくJASRACに対し、平成17年になってようやく放送等利用に係る協議の開始を申し入れ、平成18年になってようやく使用料徴収等の条件について合意に達したのがイーライセンス、という対照的な構図。

それでも、JASRACの管理制度に不満を抱いていたエイベックス・グループが、平成18年9月末ごろ、イーライセンスに60曲の楽曲の管理を委託したことにより、JASRACの有力な「競争相手」として市場に登場するかに思われた、だが、同年12月末に、エイベックス・グループが解約して・・・というところまでが前提事実となっている。

そして、双方の主張を読むと、上記のような前提の下で、

1 JASRACの包括徴収方式による利用許諾契約締結及びそれに基づく利用料の徴収行為(以下「本件行為」)が、放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野において他の管理事業者の事業活動を排除する効果を有するか
2 本件行為が、正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するか
3 本件行為が、一定の取引分野における競争を実質的に制限するものか
4 本件行為が、公共の利益に反するものか

といった点を中心に激しく争われており、特に、当時、エイベックスの看板アーティストの一人であった、大塚愛の「恋愛写真というイーライセンス委託楽曲の放送をめぐる経緯や、エイベックス・グループが管理委託契約を解約するまでの経緯について、双方の言い分が激しく対立していることが分かる。

これまで、「音楽を流すときはJASRACに配慮しておけばよい」という安心運用にどっぷりつかっていた放送局の現場が、「イーライセンス」という“異端児”の登場に伴って、多かれ少なかれ混乱したであろうことは、当事者の主張の共通部分からも十分伝わってくるわけで、あとは、それが、「包括徴収」というJASRACのシステムそのものに起因する問題なのか、それとも、単にイーライセンスの管理体制等が不十分であったことに専らの原因があったのか、が問題になっている・・・本件の争点をごくおおざっぱにまとめると、そういうことになるだろうか。

多少の見解の相違はあるものの、「包括徴収方式」が、「当該年度の前年度の放送事業収入に一定率を乗ずる等の方法で放送等使用料の額を算定するもの」であり、その時々の楽曲の利用状況によって対価が変動するシステムにはなっていない、ということについては、当事者間にもほとんど争いがない(審決41頁参照)。

ゆえに、そのような方式が採用されていることによる、放送局側の他の管理事業者との“新規契約のしづらさ”が、どこまで競争に直接的な影響を与えているか、という点の評価がまさに問われていた、本件はそんな事案であった。

審判官の判断 〜崩れた審査官主張の根拠

審判官は、41頁から始まる「判断」理由の章の冒頭で、まず以下のように述べている。

「放送事業者は,被審人の管理楽曲を利用する限り,上記算定基準に基づく定額の放送等使用料を支払うことで足り,それ以上の費用負担は存しないが,被審人以外の管理事業者の管理楽曲を利用すれば,その管理事業者との利用許諾契約に従って別途放送等使用料を支払うことになるのであるから,放送事業者が被審人以外の管理事業者の管理楽曲を利用するかどうかを決定するに当たっては,別途の放送等使用料の負担を考慮する必要がある。その意味で,被審人が上記の内容の利用許諾契約を締結して放送等使用料を徴収すること(本件行為)は,放送事業者が他の管理事業者の管理楽曲を利用することを抑制する効果を有し,被審人が,放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野において,平成13年10月1日の管理事業法施行の前後を通じて,一貫してほぼ唯一の事業者であったことを併せ考えると,本件行為が他の事業者の同分野への新規参入について,消極的要因となることは,否定することができない。
「そして,被審人が,管理事業者の新規参入を可能にした管理事業法の施行後も,新規参入について消極的要因となる本件行為を継続し,上記第3の6(2)のとおり,平成18年9月まで放送等使用料を徴収して管理事業を行う事業者が現れなかったことは,本件行為が他の事業者の上記分野への新規参入を困難にする効果を持つことを疑わせる一つの事情ということができる。」(41〜42頁、強調筆者・以下同じ)


ここまで読めば、そのまま排除措置命令維持、という結論になっても不思議ではないところだが、どっこい、これに続いて、

「他方,証拠(略)によれば,放送事業者が音楽著作物を放送番組において利用する際には,放送等使用料の負担の有無及び多寡は考慮すべき要素の一つであり,番組の目的,内容,視聴者の嗜好等を勘案して適切な楽曲を選択するものと認められる。また,楽曲の個性や放送等使用料の負担をどの程度考慮するかについては,放送等使用料の負担を考慮して楽曲を選択することは考えられない旨述べる者もあれば,カウントダウン番組(CDの売上げ,視聴者のリクエスト等を基に楽曲の順位を発表する番組)のように必然的に特定の楽曲を利用する場合を除き,幅広い選択肢の中から楽曲を選んで利用すると述べる者もあって,放送事業者や番組の内容により大きく異なると認められる。そして,本件行為が独占禁止法第2条第5項にいう「他の事業者の事業活動を排除」する行為に該当するか否かは,「本件行為・・・が,・・・自らの市場支配力の形成,維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものであり,競業者の・・・参入を著しく困難にするなどの効果を持つものといえるか否かによって決すべきものである」から(前記最高裁平成22年12月17日第二小法廷判決),上記のとおり被審人の本件行為が放送事業者による他の管理事業者の楽曲の利用を抑制する効果を有し,競業者の新規参入につき消極的要因になることから,放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における他の管理事業者の事業活動を排除する効果があると断定することができるかどうかは,本件行為に関する諸般の事情を総合的に考慮して検討する必要がある。」
「上記の諸般の事情としては,放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における市場の構造,音楽著作物の特性(代替性の有無,その程度等),競業者の動向,本件行為及びその効果についての被審人の認識,著作権者から音楽著作権の管理の委託を受けることを競う管理受託分野との関連性等,多様な事情が考えられるが,審査官は,イーライセンスが平成18年10月に放送等利用に係る管理事業を開始するに際し,被審人の本件行為が実際にイーライセンスの管理事業を困難にし,イーライセンスの参入を具体的に排除した等として,それを根拠に本件行為に排除効果があったと主張するので,以下,その主張の成否を検討する。」(42〜43頁)

と述べることにより、再び議論はスタートラインに。

そして、これに続いて、「FMラジオ局を中心とした放送事業者によるイーライセンス管理楽曲の利用回避の有無」について、大塚愛の「恋愛写真*3を素材に、放送局側の混乱を受けたイーライセンスの「無料化措置」の前後での放送回数等を比較しながら、以下のような結論を導いている。

大塚愛の「恋愛写真」については,それと同時期にCDが発売されて同程度のヒットとなった他の楽曲及び大塚愛自身の他の楽曲と比較して,遜色のない形で放送事業者による放送番組において利用されており,放送事業者に対する無料化措置の通知の前後において,その利用状況に格別の変化はなかったものと認められる。」(49頁)

さらに、これに続いて、

「イーライセンス管理楽曲全体について,平成18年10月から同年12月にかけて,広く利用されており,放送事業者に対する無料化措置の通知の前後において,その利用状況に特別な変化はなかったものと認められる。」(50頁)

という評価が下されたことで、審査官側の主張の論拠はかなり揺らいだ、といっても過言ではないだろう。

そして、これにとどめを刺したのが、JASRACのホームページや、各種報道でも伝えられた、「放送事業者の役職員の供述」の“コペルニクス的転回”である。

元々、問題とされていたのは、各放送局で、イーライセンス管理楽曲の使用について「使用料が別途発生する」ことについての注意を促す書面が配布されたことが、各担当者がイーライセンス楽曲を利用することに消極的な効果をもたらした、ということだったのだが、供述調書の中では「上記の『連絡票』の配布により,イーライセンス管理楽曲を放送で利用する場合には,番組制作費から放送等使用料を支出する必要があることが周知されたため,番組制作担当者に対してイーライセンス管理楽曲の利用を差し控えさせる効果があったことは結果として否定できない」と述べていたはずのテレビ朝日の担当者が、

(1)上記「連絡票」の趣旨は,イーライセンスが新たに放送等利用に係る管理事業を開始すること及びイーライセンス管理楽曲を利用する場合の具体的な手続等をあらかじめ社内に周知させ,番組制作担当者がイーライセンス管理楽曲を利用する場合に混乱が生じないようにする点にあった
(2)番組制作現場においてどの楽曲を利用するかは演出上の問題であり,それについて自分の地位にある者には口出しする権限はない
(3)「連絡票」により番組制作担当者がイーライセンス管理楽曲の利用を差し控えることはないと思う

と審判段階の陳述書、及び参考人審尋で供述するなど、放送局側の供述に基づく「利用が差し控えられた」という主張の根拠は、ことごとくひっくり返された(51〜59頁)。

唯一、利用を回避した、と認められたのはNACK5だったが、これについては、「イーライセンスが事前に挨拶に行かなかった」という「経営者間の軋轢」が利用回避の一因として認定されてしまっている(59頁)。

客観的な利用状況に加えて、放送局側の主観的な“証言”の信用性まで否定されてしまっては、もはや審査官としては立つ瀬がない*4

審判官はさらに畳み掛けるように、イーライセンスの管理楽曲の利用が進まなかった理由として、以下のようなストーリーを描いている。

「(1)イーライセンスが放送等利用に係る管理事業を開始した平成18年10月1日の時点では,民放連との合意ができておらず(形式的に合意書が作成されていないばかりか,実質的にもラジオ局の放送等使用料の額について合意できていなかった。),個々の放送事業者との間で利用許諾契約が全く締結されていなかったこと,(2)イーライセンスと民放連は平成18年10月31日にようやく合意書
を締結したが,その時点では,後に覚書で決定する予定の取扱基準,報告事項,放送事業者の類別等の内容について全く定まっておらず,したがって,この段階でも個々の放送事業者との利用許諾契約の締結は事実上不可能であったこと,また,個々の放送事業者の放送等使用料の額も定まっていなかったこと,(3)イーライセンスは,民放連に加盟する放送事業者に対し,同月上旬,民放連との合意に基づいて作成したとされる契約書案を送付したが,各放送事業者別の放送等使用料の額は定まっておらず,また,全曲報告が義務化され,報告義務に違反すると多額の放送等使用料を徴収すると記載されていたが,利用楽曲についての報告の様式も決まっていなかったこと,(4)他方,民放連は,(3)と同じ頃,各放送事業者に対し,イーライセンスとの合意書について交渉中である旨の文書を送付したこと, (5)イーライセンス管理楽曲のリストについても,短期間の間に,民放連に加盟する放送事業者に対して58曲リスト,60曲リスト,67曲リストの3種類が順に提示され,その中には管理楽曲に含まれるかどうかが予定や未定とされる楽曲が含まれていたほか,人気のある楽曲が差し替えられていたことが認められる。 」
「これらの事情及び証拠(略)によれば,多くの放送事業者は,平成18年10月1日以降,イーライセンスが放送等利用に係る管理事業に参入したことを知ったが,同年10月の時点では,イーライセンス管理楽曲の範囲が明確ではなく,これらを放送した場合の放送等使用料の額が不明であり,全曲報告に必要な報告の様式も定まっておらず,報告漏れがあった場合に高額の放送等使用料の支払義務を負う可能性があったことから,相当程度困惑し,混乱しており,それが前記(2)オの放送事業者によるイーライセンス管理楽曲の利用についての慎重な態度(ただし,前記のとおりNACK5を除いては,実際にどの程度利用が回避されたかは,証拠上明らかではない。)の原因となったことが認められる。」
「以上によれば,放送事業者がイーライセンス管理楽曲の利用につき慎重な態度をとったことの主たる原因が,被審人と放送事業者との間の包括徴収を内容とする利用許諾契約による追加負担の発生にあったと認めることはできず,むしろ,イーライセンスが準備不足の状態のまま放送等利用に係る管理事業に参入したため,放送事業者の間にイーライセンス管理楽曲の利用に関し,相当程度の困惑や混乱があったことがその主たる原因であったと認めるのが相当である。」(70〜71頁)

本件審判の直接の当事者ではないイーライセンスに関して、ここまでの事実を認定してしまうと、後々禍根を残すのではないか・・・ということすら気になってしまうような(イーライセンスにとっては)厳しい指摘なのだが、これもJASRAC側の執念の主張立証のたまものなのだろう。

かくして、審査官の主張の核心部分は完膚なきまでに打ち砕かれ、審判は、

「本件行為は,放送事業者が被審人以外の管理事業者の管理楽曲を利用することを抑制する効果を有し,競業者の新規参入について
消極的な要因となることは認められ,被審人が管理事業法の施行後も本件行為を継続したことにより,新規参入業者が現れなかったことが疑われるものの,本件行為が放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における他の管理事業者の事業活動を排除する効果を有するとまで断ずることは,なお困難である。」
「上記1のとおり,本件行為が他の管理事業者の事業活動を排除する効果を有することを認めるに足りる証拠はないから,その余の点について判断するまでもなく,本件行為が独占禁止法第2条第5項所定のいわゆる排除型私的独占に該当し,同法第3条の規定に違反するということはできない。」(80〜81頁)

と、微妙な留保を付しながらも、「排除措置命令を取り消す」という結論に一直線に向かうことになったのである。

未だ残るささやかな疑問

審査官が排除措置命令の最大の根拠とした、と思われる、「恋愛写真」等々の楽曲利用に係る事実がことごとくひっくり返ったこと、審査官が関係者の供述等から描こうとしていたストーリーが、審判廷でのJASRACの必死の主張立証の前に通用しなかったことが、上記のような結論をもたらした、そのこと自体には全く異論はない。

一方的な“取調べ”の下でなされる処分が、審判廷で公平な主張立証の機会を与えられることによって覆される、それこそが、本来の行政審判のあるべき姿だと思うし、そのような戦略を確実に遂行し、貼られそうになったレッテルを自らの手ではがしたJASRACに対しては、素直に称賛の声を送るべきだろうと思う。

ただ、裏返せば、上記のような主張立証の攻防と、それによる“逆転劇”があまりに鮮烈だったゆえに、本来、違反要件該当性を判断する上で考慮されるべき、他の要素(本審決においても、審判官の判断の冒頭部分で上げられているいくつかの要素)に対する言及が、いささかさらっとしたものになり過ぎている感があることは否めない。

例えば、イーライセンスの「その後」について、審決では「エイベックス・グループがイーライセンスに対する管理委託契約を解約した平成18年12月31日以降も、着実に管理楽曲数を増やしている」として、あまり問題意識を示していないが、委託契約を結んでいる音楽出版社はわずか6社、楽曲数も3,600曲程度(平成22年9月30日時点)で、代表曲が「まねきねこダックの歌」、というのでは、JASRACと到底まともに対抗できる状況とは言えないだろう*5

また、イーライセンス以外の管理事業者が放送等利用に係る管理事業に参入していない理由についても、

「放送番組における楽曲の利用形態が数秒の利用から1曲の利用までまちまちであること,放送事業者が多数存在し,放送事業者同士で放送番組の譲渡や系列局への配信などが行われていること,放送事業者の楽曲の管理の電子化は余り進んでいないことから,放送等利用に係る楽曲の管理は非常に煩瑣で費用がかかることが認められ,これが管理事業者の放送等利用に係る管理事業への参入を控えさせる効果を有していると認められる。」(78頁)

といったごくシンプルな検討だけで、JASRACの包括徴収方式との因果関係を否定しているように読める。

本件で争われた排除措置命令に対しては、「管理事業者が複数乱立することによって、一体誰が得をするのか?JASRACに一元化されていた方が、煩雑な事務手続も最小化できるから良いのではないか?」という「利用者側」の根底的な疑問が生じる余地があるように思われるし、そういった需要者サイドの思いが、「審査官の思惑を打ち砕く新証拠」として審判廷に出てきた、ということは否定できない事実であろう*6

それゆえ、本件に対する結論としては、これで良かったのではないかな、と思う一方で、純粋な独禁法的見地からの検討としては、いささか物足りない、というか、肩透かし的な印象を受けたのも確かで、今後、この審決が、著作権管理事業全般に関する前例になってしまうと、ちょっとどうなのかなぁ・・・と思うところはある*7

審決が断じたように、包括徴収方式が、他の管理事業者の市場参入を妨げる決定的な要因ではなく、将来的にイーライセンスやその他の管理事業者が、JASRACと互角に(かつ利用者にストレスを与えることなく)競争できるような時代が来れば、この審決も過去の懐かしい思い出として、振り返ることができるのだろうけど・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120203/1328459438

*2:http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h24/jun/120614.html

*3:具体的な楽曲名をくどいくらい出してしまっているが、それくらい本審決において「恋愛写真」のインパクトは強いし、結論に与えた影響も大きい。まさか大塚愛も、こんなところで自分の名前が出てくるとは想像もしなかっただろうが・・・。

*4:ついでに言えば、当時はイーライセンス側にいたエイベックスの担当者も供述の信用性を自ら減殺する供述を、新たに提出した陳述書の中で行っているようである(60〜61頁)

*5:仮に平成18年時点の管理体制に問題があったとしても、その後4年経っている現時点では、もう少しましな状況になっていても不思議ではないはずなのだが・・・。

*6:JASRACの包括徴収方式が廃止されてしまうと、困る放送事業者やその他関係者は世の中にたくさんいるのである。あらゆる場面において、独禁法原理主義的な思考が常に優先することが良いことだとは、自分は思わない。

*7:本件はあくまで事実認定がメインの「事例審決」だから、別の場面で争われた場合には、また異なるアプローチで判断が下されることになるのだろうが・・・。