寝た子を起こしてしまった東電値上げ騒動。

先日、いろいろと問題点を指摘した東京電力の値上げ問題だが*1、約款取引に関する問題点だけでなく、独禁法上の問題にまで踏み込んだ議論が広まっていく気配を見せている。

「川口商工会議所(埼玉県川口市、児玉洋介会頭)は11日、東京電力独占禁止法に違反(優越的地位の乱用)しているとして公正取引委員会に申告した。東電が優越的地位を利用し、企業などに対して電気料金を一方的に引き上げたことが不公正な取引行為に該当すると主張している」(日本経済新聞2012年4月12日付け朝刊・第5面)

これに遡ること数日前、公取委の方でも「電力市場における競争実態」について、意見募集を開始したばかり。

思えばこの業界、かつての独禁法改正で、独禁法適用除外の対象から「電力事業」が除かれ、競争法の規律が適用されるようになって以降も、長らく各事業者が「地域独占」の恩恵を享受していたように思う。

もちろん、形式的には自由化部門における他の電力事業者との「競争」が存在するし、“オール電化”のような分野での他のエネルギー事業者との「競争」も存在する。

しかし、一般電気事業者が圧倒的に大きなシェアを握っている状況において、本来の意味での“競争”が成り立っている、と言い切れるかは疑問もあった中で、「料金値上げ」をめぐる一連の経緯が、この業界における「独占」の弊害に改めて目を向けさせ、独禁法上の様々な問題点に目を向けるきっかけを招いてしまった・・・というのは、何とも皮肉なことというほかない。


ちなみに、記事によれば商工会議所は、「電気料金の一方的引き上げ」を「優越的地位の濫用」に関する違反被疑事実として「申告」したようであるが、元々、法2条9項5号に定められた以下の違反要件に、今回の値上げがあてはまるか、といえばよく分からないところもある。

5.自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。

おそらく、問題になるのは「ハ」の要件で、公取委が出している「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日付)*2の以下の記載が解釈の参考になると思われる。

(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等
 前記第4の1,第4の2及び第4の3(1)から(4)までの行為類型に該当しない場合であっても,取引上の地位が優越している事業者が,取引の相手方に正常な商慣習に照らして不当に不利益となるように取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施する場合には,優越的地位の濫用として問題となる。
 一般に取引の条件等に係る交渉が十分に行われないときには,取引の相手方は,取引の条件等が一方的に決定されたものと認識しがちである。よって,取引上優越した地位にある事業者は,取引の条件等を取引の相手方に提示する際,当該条件等を提示した理由について,当該取引の相手方へ十分に説明することが望ましい。
ア 取引の対価の一方的決定
(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。この判断に当たっては,対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法のほか,他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,取引の相手方の仕入価格を下回るものであるかどうか,通常の購入価格又は販売価格との乖離の状況,取引の対象となる商品又は役務の需給関係等を勘案して総合的に判断する
(注25)取引の対価の一方的決定は,独占禁止法第2条第9項第5号ハの「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定(中略)すること。」に該当する。
(イ) 他方,(1)要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること等を理由として,低い対価又は高い対価で取引するように要請することが,対価に係る交渉の一環として行われるものであって,その額が需給関係を反映したものであると認められる場合,(2)ある品目について,セール等を行うために通常よりも大量に仕入れる目的で,通常の購入価格よりも低い価格で購入する場合(いわゆるボリュームディスカウント)など取引条件の違いを正当に反映したものであると認められる場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない。
<想定例>
(1)多量の発注を前提として取引の相手方から提示された単価を,少量しか発注しない場合の単価として一方的に定めること。
(2)納期までの期間が短い発注を行ったため,取引の相手方の人件費等のコストが大幅に増加したにもかかわらず,通常の納期で発注した場合の単価と同一の単価を一方的に定めること。
(3)通常の発注内容にない特別の仕様を指示したり,配送頻度の変更を指示したりするなどしたため,取引の相手方の作業量が増加し,当該取引の相手方の人件費等のコストが大幅に増加したにもかかわらず,通常の発注内容の場合の単
価と同一の単価を一方的に定めること。
(4)自己の予算単価のみを基準として,一方的に通常の価格より著しく低い又は著しく高い単価を定めること。
(5)一部の取引の相手方と協議して決めた単価若しくは不合理な基準で算定した単価を他の取引の相手方との単価改定に用いること,又は取引の相手方のコスト減少を理由としない定期的な単価改定を行うことにより,一律に一定比率で単価を引き下げ若しくは引き上げて,一方的に通常の価格より著しく低い若しくは著しく高い単価を定めること。
(6)発注量,配送方法,決済方法,返品の可否等の取引条件に照らして合理的な理由がないにもかかわらず特定の取引の相手方を差別して取り扱い,他の取引の相手方より著しく低い又は著しく高い対価の額を一方的に定めること。
(7)セールに供する商品について,納入業者と協議することなく,納入業者の仕入価格を下回る納入価格を定め,その価格で納入するよう一方的に指示して,自己の通常の納入価格に比べて著しく低い価格をもって納入させること。
(8)原材料等の値上がりや部品の品質改良等に伴う研究開発費の増加,環境規制への対策などにより,取引の相手方のコストが大幅に増加したにもかかわらず,従来の単価と同一の単価を一方的に定めること。
(9)ある店舗の新規オープンセールを行う場合に,当該店舗への納入価格のみならず,自己が全国展開している全店舗への納入価格についても,著しく低い納入価格を一方的に定めること。
(10)取引の相手方から,社外秘である製造原価計算資料,労務管理関係資料等を提出させ,当該資料を分析し,「利益率が高いので値下げに応じられるはず」などと主張し,著しく低い納入価格を一方的に定めること。
<具体例>
X社は,年2回行われる特別感謝セール及び年間約50回行われる火曜特売セールに際し,一部の店舗において,売上げ増加等を図るため,当該店舗の仕入担当者から,仲卸業者に対し,当該セールの用に供する青果物について,あらかじめ仲卸業者との間で納入価格について協議することなく,例えば,火曜特売セールの前日等に,チラシに掲載する大根,きゅうり,トマト等の目玉商品を連絡し,同商品について仲卸業者の仕入価格を下回る価格で納入するよう一方的に指示する等して,当該セールの用に供する青果物と等級,産地等からみて同種の商品の一般の卸売価格に比べて著しく低い価格をもって通常時に比べ多量に納入するよう要請している。この要請を受けた仲卸業者の多くは,X社との納入取引を継続して行う立場上,その要請に応じることを余儀なくされている(平成17年1月7日勧告審決・平成16年(勧)第34号)。

これを見ると、確かに「高い対価での取引要請」が「優越的地位の濫用」に該当する余地はあり、電力事業者との取引の必要不可欠性や、“対価が一方的に決定された”というこれまでの一連の経緯も、該当性を裏付ける要素となりうると考えられるものの、一方で、対価の引き上げが全ての大口需要家を対象としていることや、値上げそのものに発電コストの上昇や需要逼迫等を踏まえた相応の根拠があること*3、といった要素が逆方向に働く可能性もあるように思われ、直ちに結論は出しづらい*4

何より、これまで「優越的地位の濫用」事例において問題とされてきたのは、いわゆる“買い叩き“事例であったり、本来的な取引に付随する商品・役務の提供、といった事例であり、本件のような「値上げ」事例が取り上げられたケースを目にすることは少ない、ということが、公取委の最終的な結論を見えにくくしているように思う。

過去に公取委経産省が出している「適正な電力取引についての指針」という独禁法上のガイドライン*5においても、問題視されているのは専ら競争相手となる独立系小売電力事業者を排除するための「不当廉売」や「(料金引き下げ方向での)差別的価格設定」だったりするわけで、大手電力事業者が「値上げ」する、ということは、むしろ“新規事業者参入の好機”ということで、独禁法当局的には歓迎(?)されていたきらいもある。

問題の本質は、東電の料金大幅引き上げ、という事態になっても、その間隙を埋めるような独立系事業者が市場で十分な存在感を発揮できていないことにあり、今後の公取委の介入も、そういった“競争環境の整備“に焦点を当てて行われるのではないか、と思うのだが、そのような観点から、上記のような商工会議所の「申告」をどのように位置づけるか、というのは難しいところだろう。

これだけ大々的に報道されている以上、おそらく公取委の側でも何らかのアクションをせざるを得ないだろうが、「安定的な電力供給」と、「需要家の保護」/「競争事業者の保護」のバランス、という国の行く末を左右するような大問題に対して、当局がどのような裁きを見せるのか、注目したいところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120328/1333188920

*2:http://www.jftc.go.jp/dk/yuuetsutekichii.pdf、21〜23頁。

*3:この点については、あくまで東電が合理的な根拠の存在を立証できれば、という前提付きだが。

*4:そもそも、契約条件の決定においては、事業者の自由が何よりも尊重されるべきであり、安易に外側からの規制を及ぼすべきではない、というのは当然の理であろう。約款による取引を行っている以上、“一方的決定”のような様相を呈することになってしまうのもやむを得ない、という側面もある。この辺りは、先日のエントリーで取り上げた約款取引そのものの妥当性の議論につながる可能性もあり、事業者としては悩ましいところなのは間違いないところだが・・・。

*5:http://www.meti.go.jp/press/20090331015/20090331015-2.pdf、平成21年3月31日改訂。

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