アパレル業界の“仁義なき戦い(知財編)”

大塚先生の『駒沢公園行政書士事務所日記』の中で、
カットソーのデザイン模倣をめぐる知財高裁の判決が取り上げられている。
http://app.blog.livedoor.jp/hayabusa9999/tb.cgi/50236414


上記の記事にもあるとおり、
本事案は、被告(ヴェント・インターナショナル)が、
原告(ヤングファッション研究所)の商品を模倣したカットソーを製造販売した、
として、不正競争防止法2条1項3号、同4条に基づく
損害賠償請求がなされたものであり、
第一審*1では原告の請求が棄却されたが、
控訴審*2で原告(控訴人)の主張が一部認容されている。


地裁判決のページで「商品目録」を見ることができるが、
確かに両者のカットソーは良く似ており、
形態の実質的同一性は肯定しうる。
そして、原告商品の販売開始が平成16年1月22日であるのに対し、
被告商品の販売開始が平成16年3月22日頃であるから、
「模倣した」と認定されても仕方のないところであろう。


それでも結論が分かれたのは、
地裁が、原告商品の形態を「通常有する形態」と判断したのに対し、
高裁が、そのような解釈を否定したことにある。


すなわち、東京地裁(清水節裁判長)が、

不正競争防止法2条1項3号で保護される商品形態は,必ずしも独創的な形態であることは必要ないが,同号の立法趣旨が資金及び労力を投下した商品形態の開発者の市場への先行利益を保護するものであることからすれば,同種の先行商品に全く同一の形態のものが存在しない場合であっても,既に市場で広く見られるいくつかの商品形態を単に組み合わせただけであって,しかも,その組み合わせること自体も容易であるような商品形態については,同法2条1項3号にいう「同種の商品が通常有する形態」に当たるものと解するのが相当である。」(太線部筆者)

という規範を立てた上で、
フリルの配されたノースリーブ型のカットソーが
平成14年夏頃から市場に出回っており、
丸首ネック、襟ぐりの中央に付いているヒモ、複数のギャザー、といった
原告商品の個々の形態(A”ないしJ”)を有する商品も従前から販売されていた、
と認定し、

「A”ないしJ”の形態は,いずれもそれ自体では独創性の乏しい特徴のない形態である上,前示のとおり,フリルの配されたノースリーブ型のカットソーとホルターネック又は丸首ネックとを組み合わせた商品が一般的であるのみならず,Vネック等とホルターネックとを組み合わせた商品も原告商品の販売以前から市場にて販売されていたことを考慮すると,原告商品のように丸首ネックとホルターネックとを組み合わせることは容易に想到することができたといえ,A”ないしJ”を組み合わせることも容易であったと認められる。」
「そうすると,既に市場に存在するありふれた形態であるA”ないしJ”を単に組み合わせたにすぎない原告商品は,前身頃にフリルの配されたノースリーブ型のカットソーとしてありふれた形態であって,原告商品の形態は,同種商品が通常有する形態であるといわなければならない。」(太線部筆者)

としたのに対し*3


知財高裁(佐藤久夫裁判長)は、

「上記2記載のA”ないしJ”の形状からなる原告商品の形態は,ノースリーブ型のカットソーであることから必然的に導かれる形態ということはできないし,何らかの特定の効果を奏するために必須の技術的形態ということもできない。」
「そして,原告商品と同様の,前身頃にフリルの配されたノースリーブ型のカットソーで,原告商品の販売以前において市場で販売されていたものについて見ても,丸首ネック(A”)とホルターネック(B”)を組み合わせた商品は見当たらないのであって,この点からも,A”ないしJ”の形状からなる原告商品の形態が個性を有しないものということはできない。」
「したがって,原告商品の形態は,「同種の商品が通常有する形態」であるとは認められない。」

とし、
原審の判断とほぼ同旨であった被控訴人(被告)の主張は、

不正競争防止法2条1項3号は,商品形態についての先行者の開発利益を模倣者から保護することを目的とする規定であるところ,同号の規定によって保護される商品の形態とは,商品全体の形態であり,また,必ずしも独創的な形態である必要はない。そうすると,商品の形態が同号の規定にいう「同種の商品が通常有する形態」に該当するかどうかは,商品を全体として観察して判断すべきであって,被控訴人の主張するように,全体としての形態を構成する個々の部分的形状を取り出して個別にそれがありふれたものかどうかを判断した上で,各形状を組み合わせることが容易かどうかを問題にするというような手法により判断すべきものではない。」(太線部筆者)

と、あっさりと退けている。


地裁判決は、
「必ずしも独創的な形態であることを要しない」といいつつも、
結果としては、「組み合わせの容易想到性」という、
あたかも工業所有権(意匠)における「進歩性」の如き、
高度の創作性を要求しているように読めるから、
やや原告に厳しすぎるように思える。


あくまで「工業所有権の枠外で商品開発のインセンティブを保障しようとした」
不競法2条1項3号の趣旨に照らして考えるなら、
知財高裁判決の方が、穏当というべきなのだろう*4


工業製品とは異なり、
衣料品の場合、機能・効用面から形態に制約がかかる可能性は少なく、
「デザイン勝負」の側面が強いから、
「実質的同一性」が明らかな場面では、
より原告側に理あり、という推認が働きやすいようにも思われる。


もっとも、本件で東京地裁が被告を勝たせたのは、
アパレル業界における“仁義なき戦い”が、
これ以上法廷に持ち込まれるのを嫌ったから、
といううがった見方ができなくもない。


実は、遡ること1年前、
上記事件の被告、ヴェント・インターナショナルを原告とし、
上記事件の原告、ヤングファッション研究所とプレボワ*5を被告とした、
これまたカットソーをめぐる形態模倣事件の判決が出されている。


東京地裁平成17年9月29日判決*6、舞台は同じ29部(飯村敏明裁判長)。
こちらの事件でも、商品目録を見る限り、
両者の商品はほぼ実質的に同一。
原告商品の販売は平成15年10月、被告商品の販売は平成15年12月5日。
依拠性が認定されても仕方ないパターンである。


そして、被告が試みた「通常有する形態」の抗弁を、
地裁は、上記知財高裁判決とほぼ同じ理屈によって退けている。

「確かに,原告商品における個々の形状に着目すれば,他の商品においても同一あるいは類似の形状が存在し,原告商品のみが有する形状であるということはできない。しかし,同種の商品が通常有する形態であるかどうかは,商品の形態を全体的に観察して判断すべきところ,原告商品の形態は,AからGまでの各形状の組合せで構成され,原告商品と同様の組合せを採用した他の同種商品が存在しないこと,原告商品の形状E,Fなどは特徴的な形状であるといえること等に照らすならば,原告商品の形態が,個性を有しない形態であるとはいえない。」
「よって,原告商品の形態は,同種の商品が通常有する形態であるとは認められない。」

「特徴的な形状」が多少なりとも存在する*7点において、
上記事件以上に、原告有利といえた事案だったのかもしれないが、
結局のところ、最初の事案と似たりよったりなのである。


ここで争っているアパレルメーカーは、
いずれも渋谷を中心に、10代女性をターゲットとした商品を販売する事業者である。


流行に人一倍敏感な顧客層を相手にする以上、
売れ筋商品が出れば、多かれ少なかれ、後追い商品を出さざるをえない、
というのが、これらの事業者の本音だろう。


短期間で攻守を入れ替えていることからも分かるように、
真似し真似され、というのが、この業界の特性だったのではないか*8


似たような商品群の中で、少しでも“差”をつけるために、
店員をカリスマに仕立て上げたり、様々な話題を振りまいたりするのが、
渋谷を拠点とするアパレルメーカーの常套手段でもある。


だとすれば、不競法を持ち出して、
わざわざ法廷で争うまでもなかったのではないか。


一連の紛争の当事者が、なぜ法廷を戦いの場に選んだのか、
その真相は分からない*9


だが、低コストで少しでも“良質な”商品を世に送り出すことが
至上命題になっているこの狭い業界において、
お互いに“弾を打ち合う”ことは、決して賢明なことではないように思う。
(もちろん、これが裁判例の蓄積に資していることは否定しないが・・・。)


文字通り“弾を打ちまくって”、ボロボロになった某業界*10の話を
以前聞いたことがあるだけに、なおさらである。

*1:東京地裁平成17年3月30日判決http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/3FE987636613025349256FDB000B6338/?OpenDocument

*2:知財高裁平成17年12月5日判決http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/d36216086504bdc349256fce00275162/b3dd56c8f981c672492570d00005fa55?OpenDocument

*3:実質的同一性については「検討するまでもなく・・・」と述べている。

*4:田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』306頁(有斐閣、2003年)参照。

*5:ヤングファッション研究所のウェブサイトには“プレボワ”も登場するから、両者は極めて近い関係にある事業者と考えられる。ただし、この事件では、ヤングファッション研究所自体に対する請求は認められなかった。

*6:http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/652D324C952610DB4925701F002DFAFF/?OpenDocument

*7:原告商品には、銀色のパールチェーンが付けられていた。

*8:現に、争っている当事者以外にも、類似の商品を出していた事業者が多数存在していたことは、上記訴訟においても認定されている。

*9:模倣がよほど悪質だったのか、それとも他の商売上のトラブルがあったのか・・・?

*10:「ベレッタ」で知財の世界で有名になった業界である。

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