知財高裁に救われたルブタン

判決自体は昨年末に出ていたようだが、地裁判決の時とは違って判決時点での報道はほとんどなく、しかも、最高裁のウェブサイトにアップされるのが遅れたためか、今週くらいになってようやく話題になった「ルブタンのレッドソール」の不正競争行為差止請求事件。

ルブタン側が控訴しても結論に変わりなし、というところだけを見て、まぁ仕方ないだろうな、と思いながら週末ようやく判決文に接することができたのだが、それを見ての感想は、地裁判決の時とは180度異なるものだった。

請求棄却であることに変わりはなく、「ルブタン側の実質勝訴」と言ってしまうとさすがに言いすぎ、という内容でもあるのだが、思わず「最初からこの判断で良かったのに・・・」と思ってしまった知財高裁判決を、以下簡単に取り上げておくことにしたい。

知財高判令和4年12月26日(令和4年(ネ)第10051号)(第4部・菅野雅之裁判長)*1

控訴人:クリスチャン ルブタン エス アー エス
被控訴人:株式会社エイゾーコレクション

昨年の3月、東京地裁の民事40部が書いた判決の衝撃がいかに大きかったかは、本ブログでも、「残酷な日本の不競法」というフレーズとともにお伝えしたところである*2

原告が主張した「靴底の赤」の「商品等表示該当性」をとにかく徹底的に否定した、というのが、地裁判決のハイライトであり、突き抜けた個性だった。

それゆえ、第2ラウンドとなった控訴審での控訴人(原告)側の主張も自ずから激しいものとなった。

地裁判決が示した「商品等表示」性にかかる判断手法に対しては、

「原判決の示す判断基準は、端的に商品等表示の識別力が問題とされてきた従前の裁判例の判断方法を逸脱する不合理なものである。」(控訴人主張・5頁)

と強烈なパンチを放っているし*3、「混同のおそれ」を否定した地裁判決の論拠に対しても、「③原告商品のような高級ブランドを購入する需要者は、自らの好みに合った商品を厳選して購入しており、旧知の靴であれば格別、現物の印象や履き心地等を確認した上で購入するのが通常である」という点について、

「③については、アパレル業界におけるEC市場の浸透という実態を無視した前時代的判断というほかなく、原告商品についても、近年、公式オンラインショップで年間約2800万円もの売上があり、実店舗で実物を確認せずにECサイト上で商品画像を視認するのみで購入する顧客が相当数いることは明らかである。また、ハイヒールを購入する際には、靴の形状、外観に加え、どのような洋服と合うか、どのような機会に履くのが最適な靴であるかによって商品購入を選択しており、履き心地を確認し、それからデザインを選ぶという購入行動は一般的ではない。」(控訴人主張・9~10頁)

と、ハイヒールを履いたことも選んだこともない奴らに何が分かる!と言わんばかりの痛烈な主張が展開されている*4

後者の主張に関しては、ECサイトの画像だけで比較しても混同することはないだろう、というのが本件の実態だったりもするから、ここで争うことにどれだけの意味があったか、と言えば疑問も残るところだが、いずれにせよ、要約されたものだけを読んでも、かなりの必死さが伝わってくる主張だったのは間違いない。

そして、その熱気が伝わったのかどうか、知財高裁は本件の結論を導くためのアプロ―チを大きく改めたのである。

「以上のとおり、仮に、被告商品の靴底に付された赤色が原告表示に類似するとしても、原告表示を付した原告商品であると誤認混同するおそれ(広義の混同を含む。)があるとはいえないから、原告表示が不競法2条1項1号に規定する「他人の商品等表示」に該当するか否かについて判断するまでもなく、被告商品の販売等が同号の「不正競争」に当たるとはいえない。そうすると、被告商品の販売等が不競法2条1項1号の「不正競争」に当たることを前提とした控訴人らの請求は、その前提を欠くものであるから、その他の争点について判断するまでもなく理由がない。」(29頁)

不正競争防止法2条1項1号に基づく請求に関し、「商品等表示性」について一切論じることなく「混同のおそれなし」一本で請求を退けるシンプルさ。

「被告商品と原告商品は、価格帯が大きく異なるものであって市場種別が異なる。また、女性用ハイヒールの需要者の多くは、実店舗で靴を手に取り、試着の上で購入しているところ、路面店又は直営店はいうまでもなく、百貨店内や靴の小売店等でも、その区画の商品のブランドを示すプレート等が置かれていることが多いので、ブランド名が明確に表示されているといえ、しかも、それぞれの靴の中敷きにはブランドロゴが付されていることから、仮に、被告商品の靴底に付されている赤色が原告表示と類似するものであるとしても、こうした価格差や女性用ハイヒールの取引の実情に鑑みれば、被告商品を「ルブタン」ブランドの商品であると誤認混同するおそれがあるといえないことは明らかというべきである。」(26~27頁)

自分も、この点に関しては全く違和感はない。そしてこの「混同のおそれ」の有無でこれほどすんなりと結論を導くことができる本件でなぜ地裁判決は「商品等表示」該当性の争点にあそこまでこだわったのだろう?、ということまで考えざるを得なかった。

知財高裁は続く不正競争防止法2条1項2号に基づく請求に関しても、「著名性」をざっくりと否定して紛争を終わらせた。

「靴底が赤色の女性用ハイヒールは、原告商品以外にも少なからず我が国においては流通しており(略)、女性用ハイヒールの靴底に赤色を付した商品形態を控訴人らが独占的に使用してきたものとはいえない。 また、本件アンケートは、東京都、大阪府、愛知県に居住し、特定のショッピングエリアでファッションテム又はグッズを購入し、ハイヒール靴を履く習慣のある20歳から50歳までの女性を対象としたものであるが、本件アンケート結果によると、靴底が赤いハイヒール靴を見たことがないものを含め、原告表示を「ルブタン」ブランドであると想起した回答者は、自由回答と選択式回答を補正した結果で51.6%程度にとどまる(なお、本件アンケート調査結果では、赤いハイヒール靴を見たことがある人に限定して認識率を評価するのが適切であるとするが、本件アンケート調査は、主要都市で、しかも、ファッション関係にそれなりに関心のあるハイヒール靴を履く習慣のある女性を対象としたものであり、その当否についても疑義がある上、そこから更にこうした限定を付すことは明らかに相当でない。)。この結果によれば、原告表示は、一定程度の需要者に商品出所を認識されているとはいえるが、それが著名なものに至っているとまでは評価することができない。 」(29~30頁)

かくして本件は一件落着。

そして、どうやっても控訴人(原告)の請求を認めるのが難しかった(そもそもの価値判断として、原告側の請求すんなり認める形での結論は導きにくかった)本件では、「色彩の商品等表示性」という難易度の高い争点にはあえて結論を出さず、分かりやすく切れる部分で切る、というアプローチをとることにも、自分は違和感を抱かなかった。

この「ルブタンのレッドソール」に関しては、もう一つ、「色彩商標としての登録可否」という大きな戦いがまだ残っているところではあり、こちらの方では、商標としての独占適応性等についても、より踏み込んだ判断がされることを願っているが、それはそれ、これはこれ。

被控訴人側はもちろん、控訴人にとっても、今回の判決には決して小さくない(ポジティブな)意味があると思うところである。

*1:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/695/091695_hanrei.pdf

*2:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*3:確かに、この点に関する地裁判決の説示は何度読んでも分かったようなわからないような・・・というところはある。

*4:ちなみに地裁判決を書いた合議体の裁判官は全員男性のようである。

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