『知的財産法の理論と現代的課題』(第2回)

大きな話題が飛び込んできたせいで、延び延びになっていたこのシリーズ。
ようやく2回目。

職務発明」に関する諸論文

この論文集では、独禁法、国際私法といった周辺法領域も含め、
知的財産法に関する論点が幅広く取り上げられているのだが、
そんな編集方針の中で、際立って目立っているのが
職務発明」について取り上げた論文の多さである。


学習院大・横山助教*1、慶大・君嶋助教*2、神戸大・島並助教*3
といった若手研究者の論文が並んだ後に、
「周縁的論点」について慶応大学の小泉教授が論じられる*4、という
極めて豪華な布陣が組まれているこの論点。


以下、これらの論文の印象を述べてみることにしたい。

横山論文

横山助教授の論文は、特許法35条解釈のベースとなる、
「相当の対価」の性質論を中心に据えて書かれたものである。


横山助教授といえば、3年前の夏のジュリスト誌上に、
「相当の対価」の有する「インセンティブ効果」に着目しつつ、
特許法35条の法構造を統一的に説明する、という画期的な論文を掲載されている*5


この論文が世に出た当時は、
使用者側、従業者側がそれぞれ一方的な主張を“打ち合っている”といった
状況だったのだが、
上記横山論文は、極めて優れたバランス感覚の上に成り立っているもので、
当時それを読んだ自分は、大いに感銘を受けたものである。


その後、民商法雑誌に田村教授の論文が掲載されたり、
法改正に相前後して、多くの研究者がこの分野に関する見解を出すように
なったりしたこともあって、
インセンティブ効果」から当事者の利益衡量を図ろうとするアプローチは、
いまや一般的なものとして定着するに至ったが、
上記ジュリスト論文の意義は、いまだに失われていないように思われる。


さて、本論文集に掲載されている横山助教授の論文は、
日亜化学工業事件控訴審に提出した意見書」がベースになっているとのことで*6
ジュリスト論文と比べると、やや使用者側への“リップサービス”が
増えているようにも思われる。


例えば、対価の相当性をめぐる以下のくだりや、

「裁判所は、対価の「相当性」を判断するにあたって、裁判所自身が「相当」と考える額の支払いを強制するのではなく、使用者の支払った対価が当該対価の支払時点において客観的な根拠に基づく合理的なものであったかどうかを審査し、使用者の支払った対価の額に合理性が認められるならば、それを「相当の対価」と評価すべきである。」
(横山・前掲79頁)

「裁判所は、使用者の定める対価の算定方法およびそれに基づく対価の支払いが客観的にみて合理的なものである限り、これを尊重することが特許法の趣旨に合致するといえる。」
(横山・前掲80頁)

といったくだりなどは、
ジュリストの論文に比べると、一歩二歩踏み出した中身になっている*7


もちろん、上記の内容は、近年の主流というべき考え方だし、
特に平成16年法改正以降の“プロセス重視”の潮流を考えると、
極めてスタンダードな見解ということができる。


バランス感覚の良さゆえ、横山助教授が書かれる論文、評釈等は、
実務を進めていくうえでの大きな指針となるものである。
今後も、折に触れて、この分野における業績を出していただけることを、
実務担当者としては願っている。


なお、横山助教授は、
平成16年法改正による特許法35条4項(現5項)の規定文言変更について、
「相当の対価」の基本的な性格を大きく変えるものではない。
と述べられつつも、

「“行為規範”としての側面が弱まり、代わって、35条5項は、使用者が対価の算定方法を定めていない場合に裁判所が対価を算定する際の“裁判規範”としての側面が前面に出ることになったのである。」(横山・前掲89頁)

とされている。

「使用者は必ずしも35条5項の考慮要素を踏まえて対価の支払方法を確立しなければならないわけではない。」(横山・前掲89頁脚注41)

という考え方が、今後裁判所にどこまで採用されていくのかは分からないが、
使用者側が援用しうる考え方の一つになるのは間違いない。

島並論文

この論文は、経済学的観点を織り交ぜながら、

「現行法が創作活動の成果物について使用者に権利を帰属させる合理性はどこにあるのか」(権利の終局的帰属の問題)
「現行法がいったん従業者に配分した権利を使用者に承継させるという二段構えの構成をとるのはなぜか」(権利の原始的配分の問題)

という2つの問題を分析していくあたり、
非常に洗練された印象を受ける。


米国では特許制度の経済学的分析もかなり進んでいるようだが、
まとまった見解が出ているわけではなく、
ましてや、「法と経済学」がようやく認知されてきた段階のわが国では、
この手の研究は決して進んでいるとはいえない。


田村善之=山本敬三編『職務発明』には、
柳川助教授執筆にかかる「職務発明の経済学」という稿があるが(32頁以降)、
そこでの分析は主に職務発明に関する対価決定(金銭的配分)について行われており、
本稿のように、特許法35条の本質から解きおこそうとする試みは、
貴重なものといえる。


もっとも、そこから導き出された“検討結果”から、
職務発明の成立要件」を論じている箇所については、少し疑問も残る。


島並助教授は、

1「ある種の発明について権利が使用者へ終局的に帰属することが正当化されるのは、従業者よりも使用者の方が権利の経済的価値を高く評価するからである」
2「使用者への権利帰属について従業者への一定の強制が認められるのは、従業者の機会主義的行動の結果、自律的取引ではそれが達成されないおそれがあるからである。」
(島並・前掲121頁)

という“検討結果”から、
「使用者の業務範囲」にあたる、という要件を
「従来の業務に鑑みて、使用者の方が従業者よりも特許権をより高く評価するかどうか」
という「相対的な問題」として把握する*8


そして、

「発明を完成させた従業者が技術の活用方法について使用者にはない特別の知見を持っている事例」

については、例外的に使用者の業務範囲性を否定することを示唆されている*9


だが、ここでの「使用者」を具体的な指揮命令を行っている管理職社員、
と具体的に捉えるとすれば、先端的分野の技術開発においては、
開発担当者(発明者)の方が「特別の知見」を持っていることの方が、
むしろ多いだろう。


したがって、島並助教授の見解は、論理的な整合性はともかく、
具体的な運用としては合理性を欠くことになるように思える。


また島並助教授は更に進んで、
「従業者の職務に属している」という要件を、
「従業者の意思に反した使用者への権利帰属を強制するための前提」と捉え直した場合、

「従業者の職務かどうかは、当該従業者の研究開発活動に対して使用者が関係特殊投資を行ったかどうかで判断される」(島並・前掲124頁)

とまで述べてしまっている。


そして、ここで「関係特殊投資」を行ったというためには、
「特定の研究開発目的で雇用された」といえるか、
「発明完成にあたり企業内の資源を特定の研究開発目的で消費した」といえる
必要があるとされているのである*10


日本の企業においては、上記のようなケースが必ずしも多くはないということを、
ここであえて説明するまでもないだろう。


上記のような判断基準は、米国における“shop-right”の要件としては
有効かもしれないが*11
わが国においてこの要件をそのまま適用することには、
大いに疑問を感じざるを得ない*12

小泉論文

小泉教授は、「消滅時効の起算点」「外国出願権に対する35条の適用」
「事実上の独占力に基づく利益」といった“周縁的論点”を丁寧に論じられている。


特に理論的観点と具体的妥当性の双方から、
「雇用関係に最も密接な関係を有する1つの国の法」により
一元的に従業者が使用者に対して対価を請求できる、としたあたりは、
実務の現場にも非常に受け入れやすい見解ということができる*13


もっとも、「消滅時効の起算点」の論点に関しては、
「出願補償・登録補償」を「対価」と認めない前掲・ジュリスト横山論文を
「あまりに従業者の利益にのみ偏した」ものと批判しつつ、
結論として、より使用者側が不利になりかねない
「特許登録時点を消滅時効の起算点とする」考え方をとられていることには、
少し疑問の残るところでもある*14


以上、それぞれ特徴のある「職務発明」に関する論文を紹介した。
次回は、「ライセンス契約」に関する論文を取り上げる予定。

*1:横山久芳「職務発明における「相当の対価」の基本的考え方」相澤英孝ほか編『知的財産法の理論と現代的課題』(2005年、弘文堂)68頁。

*2:君嶋祐子「職務発明の対価の算定にあたって考慮すべき使用者等の利益」同91頁。

*3:職務発明に関する権利の配分と帰属」同109頁。

*4:特許法35条の解釈に関する周縁的論点」同126頁。

*5:横山久芳「職務発明制度の行方」ジュリスト1248号36頁(2003年)

*6:前掲・横山90頁。

*7:この背景には、ジュリスト論文時の「裁判所が認定した「対価」の額は従業者の請求額に比べると微々たるものであり、使用者にとってそれほど過大な金額とはいえない」(横山・前掲ジュリスト44頁)といった状況が、日立控訴審青色LED判決以降激変した、という事情もあるのだろう。

*8:島並・前掲123頁。

*9:島並・前掲123頁。

*10:島並・前掲124-125頁。

*11:米国においては契約によって使用者が従業者と権利の帰属、対価等について直接定めることができるのであり、“shop-right”はあくまでも補完的なものであることに注意する必要がある。

*12:島並助教授が「特定の研究開発目的」として想定しているものの範囲が、私がイメージしているものとは異なるのかもしれないが。

*13:小泉・前掲138-139頁。

*14:小泉・前掲128頁など参照。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html