著作物は会社のものか Part2

既にいくつかのブログで取り上げられているが*1
「計装士技術維持講習」の講習資料の著作権をめぐる事件について、
東京地裁の判決が出されている。
(東京地判平成18年2月27日(民事29部・清水節裁判長)*2

同一性保持権侵害の成否について

この判決を一読すると、
まず、同一性保持権侵害の有無、という争点に関し、
“画期的な判断”が示されていることに驚かされる。


我が国の同一性保持権の保護レベルが極めて高く、
それゆえに著作物の利用にあたって不都合が生じるということは、
かねてから多くの論者によって指摘されているところであり、
最近では、立教大の上野助教授などが、
立法論も含めた積極的な提言を行われているところであるが*3
少なくとも現行法の解釈論としては、
著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」該当性は、
相当厳格に解されるというのが業界の一般常識であった*4


だが、本件では(unknown-man氏が指摘されるように)、
原告が作成した資料に対して相当大幅な「改変」が加えられている。


裁判所は、

「意に反するか否かは,著作者の立場,著作物の性質等から,社会通念上著作者の意に反するといえるかどうかという客観的観点から判断されるべきであると考えられる。そうすると,同一性保持権の侵害となる改変は,著作者の立場,著作物の性質等から,社会通念上著作者の意に反するといえる場合の変更がこれに当たるというべきであり,明らかな誤記の訂正などについては,そもそも,改変に該当しないと解されるところである」

という規範を立てた上で、
「技術講習資料」であるがゆえの特殊性を強調し*5
維持講習の受講経験があり、かつ2年間講師を務めた原告は、

「上記のような客観的事情を十分認識して、講習資料を作成したものであると推認される」

とし、
多くの「改変」された部分について
「(著作権法上の)改変にあたらない」か「やむを得ない改変」にあたる
と結論付けているのだが、
これまでの裁判例に照らして、このような解釈が相当な範囲のものといえるのか、
少なからず疑義は残る。


裁判所は、上記判断を行う前段で、
原告が本件資料の複製を「黙示に許諾していた」と認定しており、
そこでの「許諾」には、「次年度資料の作成」に必要な
“バージョンアップ”のための「改変」も当然に織り込まれている、
というのが上記のような判断の基礎にあるものと思われる。


だが、仮に「黙示の許諾」が存在していたとしても、
時の経過によって「間違い」になった記述を削除する場合ならともかく、
“最新情報”を追加したり、
それによって増えた分を調整するために従来の記述を削除する、
といったことまで著作者が許容していた、と断定したり、
(ゆえに、「意に反して」行われた「改変」としたり)
著作者が許容すべきもの、としたりするのは、
あまりに擬制的に過ぎるのではないだろうか。


著作物の「利用目的」を前面に押し出して、
幅広い改変の余地を認める解釈はユーザーサイドにとっては有難いもの、
と言えるが、
本判決には、これまでの“通説”を覆すだけの“説得力”が
いまいち感じられないのである。


もっとも、原告の請求を棄却した本判決の結論自体には全く違和感はない。


順序が逆になるが、本判決の事実関係を簡単にまとめると、

①原告は「日本計装工業会」会員企業である被告会社からの派遣講師として、同工業会が主催する「計装士技術維持講習会」の平成10年〜平成12年までの講習を担当することになった。
②原告は被告会社の社内資料等を参考に資料を作成し、被告会社内のチェックを経て、工業会に提出した。
③原告の異動に伴い、平成13年度から後任講師として被告会社社員Bが充てられることになり、Bは上司の命により、原告から講習資料を引き継ぐよう命じられた。
④Bは、12年度資料に最新技術の情報を取り入れて新たな資料を作成し、社内のチェックを経て工業会に提出した。

といった流れになる。


そして、こと上記のような裁判所に認定された事実を前提とする限り、
「著作者」として原告が著作権を行使することには、
大いに問題があると感じられる。

職務著作該当性について

本件においては、当然ながら職務著作の成否が第一の争点になった。
裁判所は、
①被告会社の発意、②被告会社の業務従事者が職務上作成したものであること、
③公表要件、のそれぞれについて、あてはめを行っている。


まず、①については、

「法人等の発意に基づくとは,当該著作物を創作することについての意思決定が,直接又は間接に法人等の判断に係らしめられていることであると解される。」

とした上で、
社内資料の使用について担当部署の了解を得ていたことや、
原告の上司であるDが期限までの講習資料作成を指示していたことをもって、

「維持講習のための講習資料作成は,被告会社において,維持講習の講師を務めることとともに用務の一つとして認識され,その内容や性質についても検討され,社外用務として承認されるということができる。したがって,被告会社が当該社外用務を承認し,それを原告に伝えることをもって,講習資料作成についての被告会社の判断がされたと解するのが相当であり,12年度資料の作成について,被告会社の発意を認めることができる。」

という結論を導いている。


また、②については、
被告会社において
勤務時間内に本件講習の講師を務めることが認められていること、
講習のテーマは被告会社の業務と密接に関連しており、
計装士の資格や本講習自体、被告会社において重要なものと位置付けられること、
などの事実を挙げて、

「維持講習の講習資料作成は、講師として被告会社から派遣される者の職務として行われるものであるということができ、原告においても同様であって、12年度資料は、原告の職務上作成されたものと認めることができる」

としている。


昨年の年末に紹介した「宇宙開発事業団プログラム職務著作事件」*6
がそうだったように、これらの要件は緩やかに判断される傾向にある。
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051229/1135881963 参照)


本件においても、認定された事実からは、
被告会社側の「明確な発意」まで読み取ることはできないが、
本件講習が被告会社の業務と極めて密接な関係を有していたがゆえに、
上記①、②について、要件充足性を認めたように思われる。


さて、問題は③公表要件についてである。


裁判所は、「講習資料集」の体裁に着目し、

「12年度資料には,講師名として原告の氏名が表示されるのみであり,著作名義については,その表示がなされていないか,あるいは,講習資料集の表紙に表示されている被告工業会の著作名義と解すべきであり,被告会社の著作名義で公表されたと認めることはできない。」

として、公表要件を満たさないとした。


そして、資料の表紙に「被告会社の名称」が付され、
被告会社が最終的な責任を負うことが表示されている、もしくは、
公表するとすれば被告会社の著作名義が表示されることが予定されている、
という使用者側の反論に対しては、

「12年度資料の表紙の講師名の記載は,講師と資料作成者とが異なることもあり得ることからすれば,講習資料の著作者を示したものとは認め難いし,加えて,講師名に付された被告会社の名称は,原告の所属する会社名を記載したにすぎないものと理解されるのが通常であって,被告会社が講習資料の内容について最終的に責任を負うことを表示したものと理解されるのは困難である。また,12年度資料は,被告会社の著作名義を付することなく平成12年度の維持講習の講習資料集としてまとめられて受講生に配布されており,既に公表されているのであって,被告会社の著作名義で公表されるべきものということもできない。」

として、最終的に職務著作該当性を否定している。


著作権法15条1項に、
「その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者」
という要件が明記されている以上、
被告会社の名義が付されていない場合に職務著作該当性を否定する、
という判断が誤っているとまではいえない*7


だが、こと本件に関して言えば、
このような判断を是とすることには少なからぬ疑問がある。


裁判所の認定によれば、当の講習資料には、
法人名義のみならず講師(原告)個人の名義も付されていないのであるが*8
「著作物の円滑な利用」という観点からは、
このような場合に、対外的に「当該著作物について責任を負う者」を
名義を付していない“個人”とすることは、何かと煩雑さを招く元となる*9


ましてや本件は、既に見たように、
「講師」という仕事の「業務性」が極めて強い事案である。
上記②の要件の判断要素として、

「平成10年度の維持講習において、原告が怪我による入院治療のために自ら講演できない事態となった際には、被告会社の業務命令により、被告会社の他の従業員が原告に代わって講演を行っている。」

という事実が認定されているのだが、
これを見る限り、本件講習の「講師」の地位は、
属人的なものではなく、「被告会社の社員」という地位に付随するものに
過ぎなかったということが伺われる。


だとすれば、何ら著作名義が付されていない(とされている)本件では、
①、②の要件だけでなく、③も含めて“相関的に”判断し*10
著作者を被告会社とする余地は、十分にあったように思われるのである。


原告は、講師の座を追われた(?)(=異動させられた)ことに
不満でもあったのか、講習を終えたBに対して、
「原稿書くのは苦労したんだ」「計装工業会から謝金があっただろう」
などと述べたようであり、それを「金銭の要求を受けたもの」と考えたBが、
自らの講師謝金のほぼ半額にあたる10万円を原告に手渡した、
というエピソードも事実として認定されているのだが、
主観で言わせて貰えば、このような原告の行動は、
実にみみっちく、後輩にしてみれば迷惑千万なものであっただろう*11


このような行動をとったことが、
原告による「黙示の複製許諾」が認められた原因となっているから、
その意味では原告はある意味墓穴を掘ったと言え、
事案を解決する上では“結果オーライ”ということになったのかもしれないが、
仮に、原告が“許諾料”を受け取っていなかったとしても、
本件のような事例で、原告の権利行使を認めるのは、
あまりに不合理であるように思われる。


一般論としては、
社外研修の講師を務めた社員の作ったものを職務著作とすることに
合理性があるとはいえないから、
裁判所は、本件における判断が一人歩きすることを恐れたのかもしれないし、
同時に、「職務著作制度」の著作権法上の「例外性」を鑑みて、
謙抑的な解釈態度を貫こうとしたのかもしれない。


だが、それゆえ、結論の妥当性を確保するために、
最初に述べた同一性保持権の成否判断の箇所で、
裁判所は相当強引な判断を迫られることになったように思われる。


判決書を見る限り、本件は本人訴訟で行われているようで、
高裁まで争いが継続するかどうかは定かではないが、
もし高裁まで行くのであれば、
被告側としては、本件資料が「被告工業会」の著作物である、
という主張をしてみても面白いのではないかと思う*12
結論の妥当性を第一に考えるなら、
本件の事実関係の下では、講習資料を「被告工業会の著作物」と解するのが
一番しっくりくるように思えるのは自分だけだろうか。


なお、蛇足ではあるが、
業務の一環として作成した講習資料が個人の著作物と認定される、
という現実を見て、
留学期間(一部私費)中に作成したプログラムを「職務著作」と認定された
宇宙開発事業団事件の原告は、いかなる感想を抱くだろうか?


職務著作の成否をめぐる判断はかくも微妙で、
かくも難しいものだということが、直近の二つの事例を並べただけでも、
良く分かるというものである*13

*1:大塚先生のブログ:http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50366220.html#trackback、unknown-man氏のブログ:http://d.hatena.ne.jp/unknown-man/20060302など。

*2:http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/c617a99bb925a29449256795007fb7d1/d3499b2050fdae7949257123000539c8?OpenDocument

*3:上野達弘「著作権法の近未来像」『I.P.Annual Report 2005』226頁(商事法務、2005年)、同「著作者人格権をめぐる立法的課題」中山還暦

*4:田村善之『著作権法概説〔第2版〕』445-446頁(有斐閣、2001年)なども参照。

*5:①講演者の個性ではなく、事実や最新の情報、専門知識を伝達することが予定されるものであること、②5年間同一テーマで行われる講習の資料であり、他の年度の講習資料と分量的な差異がそれほど生じないようにすることが求められていること、③次年度の資料を作成する際には、講演の時期に合わせた修正、最新の用語の選択が求められていること。

*6:東京地裁平成17年12月12日

*7:田村教授は、「氏名表示件を行使しうる機会に、自己の名義を付すことのないような著作物については、あえて無理をして法的な保護を与える必要はない」と述べられている(田村・前掲382頁)。

*8:付されているのはあくまで「講師名」であって「著作名義」ではない、というのが裁判所の認定である。

*9:これまでの「公表」要件をめぐる議論の中では、「公表を予定していないが、公表するとしたら法人の名義で公表する」場合についての議論はなされているのだが(田村・前掲383頁など)、「公表されたが何ら名義が付されていない」場合についての議論はあまりなされていないように見受けられる。

*10:本件では、裁判所は①〜③の要件を分断し、それぞれについて要件充足性を判断しているが、上記宇宙開発事業団事件では、少なくとも①、②については「相関的に」判断する姿勢を見せている。著作者として社員個人の名義が明確に付されている場合はともかく、何ら付されていなかったり、会社名義と併記されているような事案においては、③の要件についても、「相関的に」判断する余地はあるように思われる。

*11:原告の「要求」の存在が一方当事者の言い分に過ぎないものだったとしても、2度にわたって20万円を受け取ったこと自体は原告自身も認めているようだし、当該資料の多くに社内資料が使用されていることを鑑みると、原告のこのような態度は感心できるものではない。

*12:被告工業会との関係で原告が「法人等の業務に従事する者」にあたる、とするのは相当苦しい解釈論にはなるが、本件講習の「講習資料集」が一種の「集合著作物」であることに鑑みると、「著作権法15条類推」といった手法にも一考の余地はあるように思われる(田村・前掲381-382頁)。

*13:著作権は、特許等と異なり、著作物のタイプごとに権利範囲さえ異なってくる繊細な権利だけに、「職務著作の成否」という部分の判示だけを一般化して考えるのは、ある意味危険な思考態度というべきなのかもしれない。

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