五度目の正直(その3)

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060328/1143483073
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060329/1143740852
の続き。

一連の判決における裁判所の判断に対する評価

一連の判決における不競法2条1項7号該当性判断に対し、多くの識者は肯定的な見解を示しているようだ。


第一事件の地裁判決に関して出された評釈の中には、「示された」ものにあたらない、という裁判所の論理を田村教授の見解の延長線上に位置づけて、「判旨賛成」としたものもあった、と記憶している*1


だが、二度にわたる東京地裁民事第46部の判決に関して言えば、「原始的に取得」という表現が用いられていることなどもあって、上記のようにすんなりと理解して良いのか、疑問がないわけではない*2


「被告が元々保有していた情報」→「示された営業秘密にはあたらない」といったくだりは、田村教授の見解への近接性を感じさせるが、一方で、「保有していた」というために「契約締結行為の性質」に着目するあたりは、「本源的保有者」を重視する「帰属説」への回帰をもほうふつさせる。


実際、大正製薬側は控訴審において、以下のような主張をしている。

不正競争防止法2条1項7号では「営業秘密を示された」ことが要件となっているが、それは事実として「示す」という行為があれば十分であって、「示す」という行為が売買という法律行為に基づいて行われたかどうかは、不正競争防止法の同条項違反の成否を左右するものではない。営業秘密の原始的帰属ないし原始取得ということを問題にするのは失当である」(太線筆者)

控訴人(大正製薬)側がこのような主張をする背景には、

「自らが一方的に提示した取引価格をダイコクが受諾することによって取引が成立していた」

すなわち、

「ダイコクによって公表された“原価”は、大正製薬が秘密として管理し、取引関係に基づいてダイコク側に“開示”した“卸価格”そのものであった」

という事実関係があったゆえであろうが*3、そこで控訴人が論拠としているのがまさに「田村説」である、といったあたりに、地裁判決に対する理解の混乱がうかがえるのである。


第一事件の控訴審判決では、「原始的に取得」という表現を避けて、当事者が合意することにより「情報が成立した」という表現に変えたものの、それでも、あくまで一定の法的評価を経て「開示を受けた」かどうかを判断するアプローチをとっていることに変わりはなく、田村教授が主張されるような、「示したかどうかを事実の問題として割り切る」というシンプルな考え方にまでは至っていない。


そして、既に紹介したとおり、第二事件の控訴審判決は、わずか“三行”で一連の論争に決着を付けているが、ここでも、事実上は「示された営業秘密」にあたるはずの情報が、契約交渉過程で相手方の同意を得る必要があった、ということのみによって、「固有の情報」に変容する、という“気持ち悪さ”が十分に解消されているとはいえない。


かつて2条1項7号をめぐる議論において想定されていた事例のように、「営業秘密」の創出者(発明者、著作者)が明確に特定できるケースとは異なり、本件は、そもそも誰が「営業秘密」を“創出”したのか、というところから争いとなってしまう事例なのだから、「帰属説」vs.「田村説」としてくくられるこれまでの議論の延長線上で論じること自体に無理があったようにも思われる。


裁判所は、第二事件の控訴審判決まで来てはじめて、「図利加害要件」の充足性を否定したのであるが、一連の原価セール事件の本質的争点は、ダイコク側の行為の「不当廉売、おとり廉売該当性」にあったと思われるから、

ダイコク側の行為は独禁法に違反しない正当な競争行為
             ↓
ゆえに、仮に“原価”が「示された」営業秘密にあたるとしても、図利加害目的が否定される*4

というアプローチは取りえたように思われるし、そうした方が、事案の解決方法としては“納得感”があったようにも思えてならない*5

おわりに

二次にわたって争われてきた「原価セール事件」。


個人的には、これだけの長期にわたって争わねばならない問題だったのか、やや疑問を感じざるを得ない事案であるし、不競法が争点になっていたとはいえ、メイン論点の前では、“傍論”的判示としての意義しか持ちえない事案であるようにも思われるが、それでも、長らく地下に潜っていた2条1項7号の解釈をめぐる議論に
ささやかな光を当てたこと、そして、飯村敏明判事が座談会本の中でも指摘されていたような*6、「開示」要件をきめ細かく解釈していくことの重要性に改めて目を向けさせたこと*7、の2点については、十分に意義がある事案だった、といって良いのではないだろうか。


以上、長きにわたる“連載”、筆者の寝不足ゆえ、尻切れトンボの感も否めないが、とりあえずは、これにて終了。


P.S.
判例コメントもこれが最後、と思って長大連載にしてしまったのだが、リニューアル後の最高裁のウェブサイトも、思いのほか最新裁判例のアップが早く、件数も豊富ということが判明してしまったため*8、引き続き存続する可能性が・・・・。


何とも悩ましい。

*1:もしかしたら、記憶違いかもしれませんが・・・。

*2:余談だが、この判決は、アルゼ事件第一審判決、青色LED第一審判決と並んで、“アンチ・三村派”(企業実務家の世界では“アンチ・高部派”と並んで常に一定の勢力を保ち続けている(笑))が槍玉に挙げる3大判決の一つとなっている。個人的には、本件が3つの中では一番妥当な判決であるように思えるのであるが・・・。

*3:裁判所はこのような事実を確定的な事実として認定してはいないものの、「・・・という取引形態になっていることがうかがえないではない」と一応仮定的に前提とした上で、あらためて大正製薬側の主張を退けている。

*4:独禁法に反しないことだけでこう言い切ることには問題があるが、他の事実等とあわせて考えれば、図利加害目的の存在を否定するのは決して難しい作業ではなかったはずである。

*5:先述した“アンチ・三村派”が一連の判決を批判する最大の根拠は、(いかに契約によって価格が形成される建前になっているとしても)、一般論として「原価を開示することが不正競争行為にあたり得ない」と言ってしまうのは問題だ、という点にある。共同開発の過程で商品仕様を決するにあたり、双方の“同意”によってそれが決定される、という建前になっていたとしても、「それは「示された」営業秘密ではないから、不競法上は当事者の一方がそれを自由に開示することが許される」という結論を導くのはあまりに妥当性を欠くように思われ(実際には秘密保持契約等でカバーされることにはなるだろうが)、それとパラレルに考えると、いかに“交渉”が介在しているからといって、「示された」営業秘密ではない、と言い切ることには疑問がある、といったあたりの意見が有力になっている。

*6:飯村敏明編・前掲185-186頁。

*7:もっとも、この問題について議論が発展していく気配は、今のところあまり感じられないのだが。

*8:しかもPDFファイル化されたせいで、これまでのものよりもプリントアウトしたものが読みやすい。もっとも、その重さゆえ、プリントアウトするまでが一苦労・・・。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html