良いプレスリリース、悪いプレスリリース。

前日のエントリーについて、
unknown-man氏からトラックバックをいただいている。
http://d.hatena.ne.jp/unknown-man/20060608


同氏がその中で指摘されていることはまさに正論であろう。


「エレベーターの事故」に関しては、
独禁法界の定番である保守契約に関する一連の裁判例、審決に
興味深い実態を垣間見ることができるのだが、
(この点については後述。)
シンドラー社のエレベーターだけがおかしい”、
というのはただの風評に過ぎない、というのが実態のようであり、
問題の本質から人々の目を遠ざけるような
過剰なバッシングは公にも私にも慎むべきだろう、
というのが率直な感想である。


もっとも、前日のエントリーで、
「リスクマネジメントの悪い見本」と書いたのは
ちゃんと理由がある。


筆者自身、駆け出しサラリーマンの頃に、
広報の仕事をかじっていたこともあって、
当時「メディアとの付き合い方」を
嫌と言うほど叩き込まれたのであるが、
その時の感覚からすれば、
今回のシンドラーエレベーター社*1の対応は、
いかにも理想的な対応の逆を行っている
と言わざるを得ないのである。


問題となったシンドラー社のプレスリリースは
以下のようなものである*2

プレス各位殿
あらためて、今回の事故にあたり、被害者の方のご冥福をお祈り申し上げます。ご遺族の方々には心より哀悼の意を表します。
シンドラーが14ヶ月以上保守をしていないエレベータで起きた事故の原因を解明し、真相を明らかにすることが第一であると考えており、そのため弊社の技術者、保守員が現場検証に直接協力するなど、捜査当局による捜査に全面的に協力しております。
公表されている情報が少ないために懸念を抱かれることがあることは理解しておりますが、我々は捜査当局の捜査を尊重し、必要なプロセスに従うことが重要だと考えております。シンドラーは社会に対する責任を持っており、一日も早い原因の解明にこれからも全力を尽くして参ります。
シンドラー製品の中には、弊社が保守を行っていない製品があります。それらの製品を含めて、シンドラーが提供している製品に対し、必要な全てのサポートを引き続き提供いたします。
シンドラーはエレベータ業界で世界第2位であり、世界100カ国以上で製品を販売しております。世界で、シンドラーの製品を毎日7億5000万人の方が利用されています。シンドラーの製品が業界の高い基準にて設計されています。
シンドラーの製品が安全で信頼できる製品であることを理解していただけるよう、できるだけ早期に事実解明して、皆さんにお伝えいたします。
本日は警察の捜査員が来られましたので、弊社の責任者が捜査に対応しており、皆さんにお会いすることができません。来週の早い時期に、皆さんにお会いする機会を持ちまして、弊社の経営陣による記者会見を開きます。記者会見の日時と場所については、皆さん(注)にご連絡いたします。
シンドラーエレベータ株式会社
(太字筆者)

テレビはもちろん、新聞等でも、
あえて文脈の流れから切り離して紹介されていた中身だから、
初めて原文に触れる方も多いのではないかと思うが、
全文を読めば、必要最低限の経過報告はしているし、
例の「シンドラーの製品が業界の高い基準にて・・・」
というくだりも
前後と合わせて読めば、そんなに違和感を感じるものではない。


だが、比較のため、
これを今回のエレベーターの保守を請け負っていた
エス・イー・シー・エレベーター株式会社のプレスリリースと
比べてみると*3
何が足りないかは一目瞭然である。

お得意様各位
エス・イー・シーエレベーター株式会社
代表取締役鈴木孝夫
お詫びとご報告
謹啓平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
さて、既に新聞・テレビ等の報道でご存じのことと思いますが、弊社がエレベーターの保守・点検を受託しております「シティハイツ竹芝」様におきまして、死亡事故が発生いたしました。安心・安全の確保を担う業者として慚愧に耐えない心境であり、お亡くなりになられた市川大輔様のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆様に衷心よりお悔やみを申し上げます。また、弊社お取引先の皆様にご心配をおかけ致しておりますことを、まずもって心よりお詫び申し上げます。弊社と致しましては、何よりも再発防止策の実施を最優先とし、同時に原因の究明と改善の実施を緊急態勢にて取り組んでおります。原因につきましては、警視庁の捜査への全面協力とその結論を待つことになりますが、現段階での社内調査では弊社の重大な過失や不作為は見つかっておりません。
しかしながら、わずか2ヶ月とは言え、弊社が安心・安全の確保を担った物件に於いて、このような重大なる人身事故が発生してしまいましたことに、経営者はもとより社員一同が深く反省しております。
しかし、弊社には他にも任されております多くの物件がございます。何よりも大切なことは再発防止であり、事故と同型もしくは同メーカーの他機種の重点的な点検を最優先に、全ての請け負い先様の再点検に取り掛かるべく、文字通り夜を徹し寸暇を惜しんで取り掛かりますので、お問い合わせなどへの対応が手薄になる瞬間が発生してしまうかも知れません。必ずや誠意をもってお応え致しますので、ご容赦ならびに暫くのご猶予を賜りますようお願い申し上げます。また、原因が明確になりました暁には責任の所在を明確にした上で、処分すべきは厳しく懲戒する所存でおります。同時に、これを機に弊社の保守点検業務を全面的に見直し、改めるべき点を見つけ出して改善してまいります。
取り急ぎ、お詫びとご報告を申し上げますが、新しい情報が判明致しましたら随時お知らせをさせて頂きます。
ご心配をお掛けしておりますことを、重ねてお詫び申し上げます
謹白
(太字筆者)

後者にあって、前者にないのは、
「お詫びと反省」そして「厳しく懲戒する所存」である。


実のところ、リリースの中で出てきている情報量は、
前者も後者も全く変わらない。
考えうる具体的な問題点には何ら言及されていないから、
「反省」との言葉はあっても、何に対する反省なのか、
見たところさっぱり分からないし、
何で「責任」を取らねばならないのかも理解できない。


だが、後者と比べて前者を見てしまうと、
「何てぶっきらぼうな会社なんだ」
「反省しとんのか、ゴルァ!」
と言いたくなってしまうのが、悲しき日本人の性である。


シンドラー社
「メディアに対する記者会見すらしない」と批判されているが、
村上世彰代表の大立ち回りを見ても明らかなように、
本来、「記者会見」というのは、企業の自己防衛のためのツール、
と言う意味合いが大きいものである。


捜査当局に都合の悪い情報を流される前に、
自ら世論を誘導する、という機能がそこにはある。
今回のように原因特定に時間がかかることが予想される場合は
なおさらだ。


警察にしてみれば、勝手に会見をやられるより、
“誠実に”捜査に協力してくれる企業の方が
有難い存在なのは間違いないだろう。


そういう意味では、
シンドラー社の対応は、“善き市民”が取るべき対応として、
決して間違ってはいない。


だが、メディアはそれを許してはくれない・・・。


その理由は実に簡単だ。


彼・彼女たちは、記事書いて(撮って)ナンボの商売である。
ゆえに、今回のように核心に迫る情報が出てこない状況を
そのまま甘受したのでは“商売上がったり”になってしまう。


ゆえに叩く(笑)。
手っ取り早いターゲットにペンとカメラの矛先を向けて、
苛立つ相手の“自爆”を待ってさらに叩く。


内容が正しかろうが間違っていようが、
読者・視聴者がほしがっている情報を提供する。
それが、彼らに与えられたミッションであり、
唯一の“倫理的規範”である。
ペンやカメラはいつだって、それ自体正義なのだ。


それでは、企業としてはどう対処するか?


これまた簡単な話である。


欲しがっている情報を“食わせて”やれば良い。


専門用語の分かりやすいレクをするのは
経験を積んだその分野の担当者の役目、
何らかの“絵”を欲しがっていると感じたら、
いわゆる“エライ人”を登板させて、頭を下げればOK。
最後のカードとしては、“潔い辞任会見”というのもある。


そして、日頃からの努力で培った人脈をフル活用しつつ、
記者たちをなだめておだてて、ニーズを汲み取って
“おもてなし”するのが、ベテラン広報担当者の役目。


そういった巧妙な役割分担と、
それに乗っかるマスメディアとの一種の“共謀”によって、
詳細な“事件記事”が出来上がっていく。


記者だって人の子である。
情報の取捨選択をする上で、
記者個人の“感情”が大いに関係しているのは否定できない。


ダラダラと待たされたあげく、
意味不明な会見を聞かされれば、
記事の中身も揚げ足取り的な荒っぽい文章になっていくし、
スマートな対応で、的確なフォローがなされていれば、
要約すれば“原因調査中”としか言っていない会見の繰り返しでも、
一定の“評価”は得られる。


同じような表情で会見をしていても、
「弁解に終始」と書かれるのと、
「沈痛な面持ち」と書かれるのでは、
読者が抱く“感想”は大きく異なってくることになる。


そんなシーンを何度も目撃してきた身からすれば、
今回のシンドラー社は、
むしろそんな日本流“悪しき流儀”の犠牲者、
と思えなくもないのである。


リスクマネジメントの優等生が、
必ずしもモラリストの集団とはいえないのと同じように、
リスクマネジメントの劣等生を、
著しくモラルに欠けるブラック企業、と決め付けるのは
明らかな勇み足といえるだろう。


シンドラー社の業態や、外資系ゆえの効率的経営を鑑みれば、
同社が専属の広報担当者を置いていなかっただろうことは
容易に推察できるし、
それゆえ報道対応が後手後手に廻ったことで、
必要以上の批判を浴びることになってしまった*4
真相としては、せいぜいそんなところではなかろうか。


今回の騒動は「リスクマネジメント」を考える上での
良い反面教師となる。
そして同時に、こういう騒動はいつだって、
垂れ流される情報を受け止める側の
真価を問われる場面にもなる*5


保守契約の実態や、管理会社の杜撰な管理など、
ここに来てようやく、
問題の核心に迫るような話題が出てきてはいるが、
日々ニュースを浴び続ける我々は、
何が問題解決に繋がる情報なのか、
何が不要な揚げ足とりなのか、
どこに焦点を当てて論じれば同じような悲劇を防ぐことができるのか、
見定めるための冷静な“眼”を持たねばならない。
そう思えてならない。

*1:本当は、シンドラーの本社と日本法人たるシンドラーエレベーター社は分けて考えるべきだろうが、ここでは便宜上日本法人を「シンドラー社」と略すことにする。

*2:http://www.schindler.co.jp/jpn/WEBJPNJP.nsf/pages/new-060607-02-01

*3:http://www.secev.co.jp/topics/topics060605.pdf

*4:官公庁へのリストの提出をめぐる騒動などを見ていると、そもそも営業担当者や経理担当者以外のオペレーション要員がいないのではないか?という疑惑も生じるのであるが。

*5:例えば、こういう時にインタビューに応じている“同業者”のコメントなど鵜呑みにして良いはずがない。