嗚呼、知財狂時代

2006年6月8日付けで出された
『知的財産推進計画2006』について少しコメントしてみる。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai14/14gijisidai.html


2003−2006年度の第1期の「成果」を踏まえた
第2期のスタート年、ということで、
「7つの重点事項と5つの視点」から
“壮大な構想”が示されているこの計画。


中でも、

1)イノベーションを促進する
2)知的財産文化を国内志向から国際志向に変える
3)スピードある改革を行う
4)知的財産権とそれ以外の価値とのバランスに留意する
5)総合的な取組を行う

という「5つの視点」、
中でも

「公正かつ自由な競争、学問・研究の自由、表現の自由、公共の利益など現代社会が有している基本的価値と抵触する可能性があり、バランスのとれた知財制度を目指す必要がある。」(7頁)

という上記4)が注目されるところだ。


まあ、この手の「計画」には付き物なのであるが、
“とりあえずうちの存在感アピールしとけ”的な発想で、
強引に知財にこじ付けただけの石ころ的施策が混ざっていることは
否定できない*1


当事者はそれなりに熱を入れているのかもしれないが、
「豊かな食文化を醸成する」という題目を掲げて、
「食の安全・安心キャラバンを世界に派遣する」等と言われても、
“はぁ、どうぞご自由に・・・(予算かけずにね)”という感想しか出てこない。


そういったところはさておくとして、
今回の計画の「取組項目」のうち、
評価すべきところ、そうでないところ、を筆者の主観により
いくつか取り上げてみることにしたい。

第1章 知的財産の創造

「2.知的財産を軸とした産学官連携を推進する」の項で、

①共同研究・受託研究のルールを明確化する。
②共同研究におけるポストドクター、院生等の位置付けを明確化する。
③共同研究の柔軟性と迅速性を確保する。

と、産学共同研究に関する項目が取り上げられている。


特に③では、

「2006年度中に、大学技術移転協議会と日本知的財産協会の協力を得て、共同研究における契約の柔軟化、迅速化を進めるため、産学関係者による議論の場を提供するとともに、そこで得られた知見の普及に努める。」(36頁)

とあるから、
是非とも「柔軟化、迅速化」に繋げていただきたいものだと思う。


以前のエントリーでも触れたことがあるが、
大学の使命とは、特許で金を稼ぐことなのか、
それとも研究で得られた知見を社会に還元することなのか、
ことの本質を見誤ることがあってはならないと思っている。

第2章 知的財産の保護

◆◆
「1-1 知的財産の権利付与手続きを迅速化する」の項では、
期待通り(笑)、「特許審査迅速化」の取り組みが羅列されている。


人的体制の充実、技術調査の民間外注の拡大、といった施策を掲げつつ、
「審査効率を向上する」として、

「拒絶理由の通知時に拒絶の理由が存在しない請求項を明示するなど、出願人・代理人に対し審査官の意図を明確に伝え、審査の最終処分に早期に至ることができるよう努める。」(42頁)

というのは、
“拒絶打ってから拒絶理由考える”実務慣行に反しないかと老婆心ながら・・・。


◆◆
「1-2 知的財産権の安定性を高める」の項にある、

(2)特許無効審判の蒸し返しを防止する
(3)商標登録の判断基準を明確にする

には、素直に賛同したい。


特に(2)は、

「同一人又はその関係者等が、実質的に同一の理由により無効審判の請求を繰り返すといった無効審判の蒸し返しを防止するための方策について、2006年度中に、審判を受ける権利との関係にも留意しつつ検討し、結論を得る」(43頁)

とあり、
“ついに大法廷判決法理の見直しか?”と胸ときめく(笑)中身である。


◆◆
「1-3 利用者の利便性を高める」の中の、
「(1)特許電子図書館等を通じた産業財産権情報の利用環境を整備する」。


「全文テキスト検索機能」などの高度な機能が追加されるのはありがたいが、
パトリス潰れないかと(完全な民業圧迫のような・・・)心配になる。
更新時期の事前通知サービスも嬉しいところだ。


◆◆
「1-4 知的財産権制度の的確な利用を促す」で、
「②明細書の文章の平易化・明瞭化を促進する」というのがある。
弁理士の先生方、頑張ってください・・・。


◆◆
「1-5 知的財産権制度を強化する」だが、
営業秘密保護強化策として、「先使用権制度の活用」が挙げられているのは、
依然として不可解である。
どのスジから出てきている要望なのかも、興味のあるところ・・・。


また、

「退職者が営業秘密を使用・開示する行為に対する刑事罰を更に拡充する方向で早急に検討し、必要な制度整備を行う」(47頁)

は明らかに行き過ぎだろう。

「2005年度から行っている実施状況調査の結果を踏まえ、契約や2005年に改正した不正競争防止法による民事的・刑事的救済によっても営業秘密の保護が不十分である場合には」

とあるが、従来のようなアンケートスタイルでの「調査」であれば、
企業側としては「まだまだ不十分」と答えざるを得ないのであって、
中立的な立場にいる有識者がブレーキをかけないと、
どこまでも規制強化が強まっていくだけのように思われる。


もう一つ、

「(3)タイプフェイスの保護を強化する」

これは分かりやすい(苦笑)。
やるのは自由だが、
著作権法の規律をゆがめない範囲でやっていただきたいものだと願う。


◆◆
「1-7 知的財産の国際的な保護及び協力を推進する」の中の、
「(3)商標の国際的な保護及び制度調和を推進する」はポジティブ評価。
特に、マドプロに関して、

「二国間や地域的な枠組みを通じて、加盟が遅れているアジア地域等の加入を働きかけるとともに、」

は是非とも継続してやっていただきたいものだと思う。
いちいち公証を取りに行くのは面倒なことこの上ないから。


さて、この計画の最大の問題点はこの先にある。


模造品対策として、
「2-2 水際での取締りを強化する」とあるのだが、

「模倣品・海賊版個人輸入や個人所持は、現状では法律で禁止されておらず、また国民の意識も極めて低い。」

として、

「2006年度中に、模倣品・海賊版個人輸入・個人所持の禁止について更に検討を行い、必要に応じ新法の制定等法制度を整備する」(以上、61頁)

とある。


コンテンツの内容自体が問題となる著作権侵害品であればまだ分かる。
だが、商標法が明確に“業”要件を課していることの意義を
どれだけ理解しての“対策”なのだろうか?


「国民の意識も極めて低い」とあるが、
現在、個人輸入そのものに対する法規制は課せられていないし、
質の悪い“偽物”であることを覚悟しつつ、
それでも代用品として使いたい、と考える庶民の“知恵”を
一概に“社会悪”と決め付ける発想には、正直言って腑に落ちないものがある。


また、外国では正規品であっても、
何らかの事情で第三者が国内で商標を抑えていれば、
形式的には真正品が“海賊版”とされてしまう事態も生じうる。
そのリスクを消費者に負わせて良いのだろうか?


もちろん、自分自身、
自社の商品の海賊版が世にあふれることを快く思っているわけではないが、
著作権侵害品はともかく、単に商標を侵害しているだけの製品なら、
本来の真正品の市場が食われることはない、と信じているから*2
あまりに過剰な規制を導入することには感心しない。

第3章 知的財産の活用

「1-2 知的財産を活用した事業活動の環境を整備する」では、
「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」の改定に言及。


「1-3 知的財産の円滑・公正な活用を促進する」では、
独禁法違反となるような不当な権利行使を取り締まる、ということが
明言されていたりもする*3


独禁法における規制との調和については、
相当配慮しているように見受けられるのが、今回の推進計画の傾向でもある。

第4章 コンテンツをいかした文化創造国家づくり

このテーマについては、いろいろ議論したい方はいらっしゃるだろう(笑)。

「「ユーザー」、「クリエーター」、「ビジネス」のすべてがWin-Winの関係となることを目指す。」(89頁)

という視点は悪くないが、
「1.ユーザー大国を実現する」がわずか3頁に留まるのに対し、
「2.クリエーター大国を実現する」が7頁、
「3.ビジネス大国を実現する」が6頁にわたる紙幅を確保しているあたり、
何となく、「ユーザー」は“とって付けた”だけなのではないか、
という香りがしないでもない。


あと、既にどなたかが書かれているかもしれないのだが、
「私的使用複製について結論を得る」が「ビジネス大国」の章に
盛り込まれているあたりも、問題と言えば問題か。

第5章 人材の育成と国民意識の向上

「3.知的財産人材育成機関を整備する」の中で、

法科大学院知財専門職大学院、MOTプログラムの学生の経済的負担の軽減に資する措置を講ずる。」

といってみたり、

法科大学院の教員資格については、法学部の教育経験にとらわれず、実務経験を重視して、専任教員に関する審査を行う。」
知財に重点を置いた教育を行うなど知財法に関する教育を一層充実させる法科大学院の自主的な取組を促す。」
「これまでに調査分析した法科大学院の入学者選抜状況を公表し法科大学院に周知することにより、各法科大学院の入学者選抜方針に基づく入学試験において理系出身者に配慮するといった法科大学院の自主的な取組を促す」
「理系出身者等の法学以外の学部出身者や社会人など実務等の経験を有する者の入学者に占める割合が3割以上となるよう、これらの人材の積極的な受入れのための入学者選抜の取組事例を調査・公表することにより、各法科大学院の一層の取組を促す。」
「2006年度も引き続き、法曹人口の大幅な増加を図る。その中で、知財に強い弁護士を増加させる。また、知財法を含む選択科目別の司法試験合格者数を調査するなど、知財に強い法曹人材の養成が適切に行われているか検証する。」

と、まるで何の計画なのか良く分からない“計画”が続く。


戦略会議のメンバー表を見れば、
概ねどなたが仕掛けた犯行なのか察しは付くのだが、
あたかも世界が“知財”中心に廻っているかのようなこの手の“計画”を
上から押し付けようとしても、反発を招くだけだ(大学にも学生にも)、
ということにそろそろ気付いていただきたいものだと思う*4


世の中には、知財以外にも専門家が必要な法分野は多くある。
政府が“行政法に強い弁護士”や“刑事訴訟に強い弁護士”を
あえて養成しよう、という気分にならないのは理解できるが*5
こんな項目を盛り込むのはあんまりだ・・・、と思った次第で*6


以上、ひと通り読んでくると、
あたかも“知財狂時代”に舞い込んだような錯覚に陥ってしまうわけだが、
まぁ、計画を立てるのは自由だから(笑)、と、
高見の見物を決め込む方が、精神衛生上は良いのかもしれない。

*1:これは会社の中長期計画の“作文”をする時にもよく見られる光景である。

*2:もし食われることがあるとすれば、それは真の権利者が品質管理を怠ったことの証でしかない。

*3:「知的財産タスクフォース」とあるのがいかにも物々しい(72頁)。

*4:仕掛け人にとっては、ただの“予算取りのテクニック”なのかもしれないが、世の中をミスリードする危険を考えると、感心できる策とはいえない。

*5:結局めぐりめぐって自分達の首を絞めるだけだから・・・(笑)

*6:今でも自主的に知財法を看板にしている法科大学院・大学はあるし、知財の勉強をしたい学生はそういう学校に集まっていくのだから、“あえてそうしない”ポリシーを持っている学校にまで、上記のような“政策”を押し付ける必要はないのである。そもそも、今の世の中、“知財に強い弁護士”が本当に足りないのだろうか? 一応、実務屋の末席に名を連ねている(と思われる)筆者の率直な疑問である。一般市民が特許訴訟に巻き込まれる危険なんて早々あるものではないし、調子に乗って“知財弁護士”を増やしていくと、じきに今の弁理士(要員過剰・・・)の二の舞になってしまう恐れが強いような気がする。世の中の潜在的なニーズに鑑みれば、知財弁護士の養成よりも、労働事件や行政事件に強い弁護士を養成する方が、ずっと社会にとっては有益であろう。

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