東京地裁第47部の「英断」

既にokeydokey氏のサイトで、
「速報」として伝えられているが、
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060711/1152607604#tb
以前本ブログでも取り上げた*1
パラマウントピクチャーズによる「ローマの休日」激安DVD差止事件
につき、東京地裁が仮処分申立に対する却下決定を下している*2


ここでの争点は、
映画の著作物の保護期間を延長する平成15年改正法、
そして、

「改正後の著作権法・・・(中略)・・・第五十四条第一項の規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については,なお従前の例による。」

とする附則第2条の解釈の一点のみ。


著作権の保護期間が38年から50年に延長された際の取扱いについては、
「1932年1月1日以降に死亡した著作者」であれば、
「1971年1月1日の0時には未だ著作権は消滅していない」
というのが、これまでの通説的見解だったから、
債権者の側でも、

加戸守行「著作権法逐条講義三訂新版」(甲17)、田村善之「著作権法概説第2版」(甲18)、作花文雄「詳解著作権法第3版」(甲19)、佐野文一郎・鈴木敏夫「新著作権法問答」(甲20)、佐野文一郎「著作権制度改正の概要」ジュリスト452号(甲21)、吉田大輔「明解になる著作権201答」(甲22)、文化庁「最新版著作権法ハンドブック1987」(甲23)及び著作権法令研究会「著作権法ハンドブック」(甲24)

といったそうそうたる文献を証拠として提出しているし、
本件改正法附則2条の解釈についても、

文化庁長官官房著作権課「著作権テキスト〜初めて学ぶ人のために〜平成17年度」(甲15)及び文化庁著作権法入門(平成16年版)」(甲16)

を挙げて、従来の公権的解釈に沿った形での差止仮処分を求めた。


一方、債務者の側は、
「法文の自然な解釈」という観点から、

(1) 旧著作権法においても,保護期間の計算方法として,公表等のあった日の属する年の翌年から起算されており,4度の保護期間暫定延長については,各改正法の附則で,「この法律は,公布の日から施行する。ただし,この法律の施行前に著作権の消滅した著作物については,適用しない。」と定められ,いずれも公布日が1月1日でなかった結果,当該年の12月31日まで存続するとされていた著作物に改正法が及ぶことは明らかであった。そして,ある年の12月31日午後12時と翌年の1月1日午前零時とを同じ時刻として扱うとしても,債権者の解釈は,法律の適用場面では,同一の時点において,いわば「Aを為すべし」とする旧法と「Aを為すベからず」とする新法とが衝突しているものであって,このような移行を一国の法体系として採用しているとは考え難い。具体的には,著作権法改正に係る平成11年法律第77号附則1項,5項,6項の関係,同じく平成17年法律第75号附則4条の関係等において,当該法律の施行の日の前日午後12時と施行の日午前零時の時点で規範の衝突が生じてしまい,二通りの読み方が併存するような奇妙な解釈を行うことになる。
(2) 法制一般についてみれば,いわゆる失効期限の例として,「この条例は,平成○年3月31日限り,その効力を失う。」とする規定は,「理論的には,3月31日の午後12時まで効力を有し,4月1日午前零時に効力を失う。」とされており(乙2,3),効力の消滅に関する規定で二つの日が上がっているときは,法律上の概念として,この二つの日を別々の日として認識することが理論的であり,12月31日の一部が1月1日に入り込んでいるとは捉えられない。

といった主張を展開したのである。


多くの人は、債務者側の上記のような主張の妥当性はともかく、
現行法における保護期間延長時の取扱いを鑑みれば、
当然の如く、
「12月31日に保護期間が切れる著作物も期間延長の恩恵に浴する」
という結論になると予想していたはずだ。


だが、驚くべき哉、裁判所は、
これまで当然の如く受け止められていた解釈を覆し、

「本件映画の著作権は,改正前の著作権法によれば,上記のとおり,平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了するから,本件改正法が施行された平成16年1月1日においては,改正前の著作権法による著作権は既に消滅している。よって,本件改正法附則2条により,本件改正法の適用はなく,なお従前の例によることになり,本件映画の著作権は,既に存続期間の満了により消滅したものといわざるを得ない。」

とした。


読めば、東京地裁の説く理は明快だ。

著作権法54条1項の規定は「年によって期間を定めたもの」(民法140条)であって、「時間によって期間を定めたもの」(民法139条)ではないから、「期間は,その末日の終了をもって満了する。」(同法141条)とされる。
②本件改正法の附則中に,映画の著作物の著作権の存否を問題とするに当たって,一瞬を指す意味の「時間」の単位でとらえるべきであるとする文理上の手がかりはない。
③現行の著作権法それ自体についてみれば,立法に際し,国会の審議において,昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき現行の著作権法が適用されるか否かに関し,具体的な説明も質疑もされておらず、経過措置の規定の文言をもって,昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法が適用されるということは,少なくとも文理解釈上は,困難である。
④(仮に③に関して債権者の主張が肯定されうるとしても)国会における審議状況等を鑑みると、本件改正法附則2条につき、債権者が主張するような立法者意思を汲み取るのは困難である。

そして、債権者が提出した文献についても、

「上記各文献は,いずれも,現行の著作権法の適用関係についての文化庁又はその関係者の見解を示したものにすぎず,本件改正法附則2条の解釈を示すものではない。また,田村善之「著作権法概説第2版」(甲18)も,上記文献(甲17)の記述を引用したものにすぎない。」

として、あっさりと退けている。


そして圧巻なのは、「法解釈の安定性」と「知的財産権の保護重視」という
債権者側の主張に対する以下の説示。

「なるほど,前記認定のとおり,著作権法を所管する文化庁が債権者の解釈と同一の見解を表明してきたものであり,これに対する債権者の期待は,十分に理解することができる。そして,著作権法に限らず,あらゆる法分野において,一国の法制度として,事前に権利の範囲や法的に擁護される利益が明確であって,これらの侵害に対して確実に事後の救済がされるような法的安定性と具体的妥当性の確保されていることが望ましいことはいうまでもない。しかしながら,本件改正法附則2条の適用関係に関する文化庁の上記見解は,従前司法判断を受けたものではなく,これが法的に誤ったものである以上,誤った解釈を前提とする運用を将来においても維持することが,法的安定性に資することにはならない
また,債権者は,知的財産権の保護を重視する時代の要請を指摘する。
しかしながら,著作権法は,著作者の権利を定め,その文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作権者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とした法律である(著作権法1条)。上記著作権法の目的を実現し,知的な創造活動を促進して,より高度な創造に向けた意欲を与え,他方で,その成果を活用して社会を発展させるために,権利の保護と公正な利用のバランスを失してはならないことはいうまでもない。本件改正法は,映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長するものであり,その適用があるか否かによって,著作物を自由に利用できる期間が20年も相違することになる。しかも,著作権侵害が差止め及び損害賠償の対象となるのみならず,刑事罰の対象となること(著作権法119条以下)をも併せ考えれば,改正法の適用の有無は,文理上明確でなければならず,利用者にも理解できる立法をすべきであり,著作権者の保護のみを強調することは妥当でない。」

文化庁の示してきたそれまでの解釈態度を真正面から批判し、
新たな解釈を打ち立てた、という点で、
本決定の持つ意味は限りなく大きい。


そして、このことは同時に、
特定の法分野における従来の「常識」を疑うことも
実務者にとっては必須の作業である、ということを
改めて教えてくれるものであるような気もしてならない*3


本決定に対しては、
今後多くの評釈やコメント等が出てくることになるだろうが、
その中での議論がどのように展開されていくのか、
今から興味深々、といったところである*4

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060525/1148601864参照。

*2:東京地決平成18年7月11日・東京地裁民事第47部(高部眞規子裁判長)。

*3:改正法成立時の国会において、延長の効果がどこまで及ぶかについて争われなかったのは、そのような問題は「知財ムラ」において、皆議論するまでもない話として決着済み、という意識が強かったことも影響しているように思われ、その点からすれば債権者にとっては気の毒な結果だったというほかないのだが・・・。

*4:もちろんこれに続くであろう抗告審の判断も。

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