あっけない結末

「シェーン事件」の知財高裁判決が出された。
知財高判平成19年3月29日・H18(ネ)第10078号)*1


意外だったのは業界の注目度があれだけ大きい事件であるにもかかわらず、大合議送りにはならず第4部単独で審理がなされていること、そして、裁判所の判断はほぼ全て地裁判決のそれを踏襲しており、実質的には、反撃を試みた控訴人(パラマウント・ピクチャーズ)側の主張が完膚なきまでに叩きのめされただけに終わった、ということである*2


控訴人側の主張は、

①平成15年当時の立法者意思の強調
②「施行の際現に」という文言を「施行時」や「施行の日」と同一に扱うことは適切ではなく、同文言は「平成16年1月1日午前零時の直前まで」を意味する。
③昭和28年著作物の存続期間の延長は、改正法附則2条の趣旨(「公有著作物の保護復活の禁止」)に反しない
文化庁の説明を信頼した映画ビジネス関係者の保護

といったものであったが、裁判所は、民法140条、141条の規定に従い、「平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了する本件映画の著作権がその翌日である平成16年1月1日に存続していたということはできない」とし、控訴人の主張に対しては、

①「立法過程からそのような立法趣旨が推認されるとしても、上記のとおり、本件改正法の経過規定自体からはそのような立法趣旨を推知することができない」(19頁)

②所管官庁である文化庁自体が弁護士法23条の2に基づく照会に対し、「施行の際現に」との文言を「平成16年1月1日午前零時」と捉えており、「午前零時の直前まで」を意味するものとは捉えていない。
そして、昭和28年公表著作物を改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとするのであれば、「端的にその著作権が消滅する平成15年12月31日以前の日を本件改正法の施行期日にするなど、その趣旨が明確になるように経過規定を定めればよいだけのことである」が、改正法はそのようにしなかったのだから、昭和28年公表著作物についても適用範囲に含めようとしたということはできない。(20-21頁参照)
また、控訴人が例に挙げる「日本原子力研究開発機構法」は法人の承継に関するものであり、通常、法人は解散によって当然に法人格が消滅するものではなく、旧研究所及び旧機構は解散の際現に権利及び義務を有しているのであるから、「施行の際現に」という文言を「・・・の直前まで」と読み替える必要はない*3(21-22頁)。

③本件改正法附則の趣旨如何にかかわらず、文理解釈上昭和28年公表著作物の保護期間延長が認められるということはできない(23-24頁)。
昭和45年改正法附則2条1項との対比でも、「昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、同日の終了をもって、存続期間の満了により消滅する」(ゆえに問題はない)(23-25頁)

④「改正著作権法54条1項の規定は、映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長するものであって、その適用があるか否かにより、著作物を自由に利用できる期間が大きく相違する上、著作権の侵害行為に対しては、民事上の差止めや損害賠償の対象となるほか、刑事罰の対象にもなるのであるから、改正著作権法54条1項の規定の適用の有無は文理上明確でなければならないというべきである。」
「文理に反した文化庁の見解を信じた関係者があるとしても、そのために将来にわたり文化庁の見解に沿った運用をすることは、かえって、法律に対する信頼を損なうこととなってしまって、妥当でない。」(27-28頁)

と、附則の文言の文理解釈を前面に押し出して、徹底的に排斥する姿勢を見せた。


何人かの専門家も指摘されているように、これで「ローマの休日」「シェーン」と続いた東京地裁の判断は、ほぼ確定的な結論となった、というべきであろう。


控訴人側としても最後まで抵抗を試みるだろうが、これだけ下級審の判断が統一されていると、果たして上告受理申立てが受理されるかどうかも疑わしい。


著作権存続期間の野放図な延長論に眉をひそめている論者(筆者もそうだ)にとっては、今回の一連の裁判所の判断は、ユーザー側が「一矢報いた」事例として、思わず喝采をあげたくなるようなものなのかもしれない*4


だが、こうもさっぱりと、はっきりした法解釈が示された今になってみると、何でもっと早く気がつかなかったのか、という思いに駆られる方も多いのではないか。


文化庁が「クロ」といっているものを、自らの判断で「シロ」と言ってクライアント(あるいは自分の会社)にリスクを負わせるような真似は実務に携わる者としてなかなかし難いのも事実だが、昭和45年から今の今まで30年以上もの間、プロ、アマチュア問わず、誰も公然と疑義を唱えることができなかった、ということは、重く受け止めなければならないのかもしれない。

*1:第4部・塚原朋一裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330151920.pdf

*2:原告側(TMI)は、訴訟復代理人弁護士として慶応大学の小泉直樹教授を擁してまで反撃を試みているのだが・・・。

*3:なお、控訴人が挙げているのはこの法律だけだったのだが、他に「施行の際現に」という文言を用いた法律がなかったのか、それとも別の意図ないし訴訟指揮があったのかは良く分からない。いずれにしてもこの辺の主張はかなり苦し紛れなものになっているのは否めない。

*4:もっとも、本判決そのものは保護期間延長論そのものに一石を投じた、といった性格のものではなく、あくまで「1年分パブリックドメインの著作物を増やした」というミクロレベルの争いでの勝利に留まるのであるが。

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