混迷する裁判員制度

日本経済新聞で「裁判員制度」に焦点を当てた特集が始まっているのだが、そんな中、同紙の「本社調査」として、以下のようなデータが公表された。

日本経済新聞社が上場企業など主要企業に一般市民が刑事裁判の審理・判決にかかわる裁判員制度について聞いたところ、51%が「社員が裁判員に選出された場合、業務に支障が出る」と答えた。「支障が出ると思わない」は5%にとどまった。制度導入を2年後に控え、社員が裁判員に招集されることへの懸念が浮き彫りとなった。」(日経新聞2007年1月21日付朝刊・第1面)

こういう記事をみると、“そらみたことか”とバッシングに拍車がかかることも予想されるが、よく見るとこの調査は「会社」に対して行われたもので、どこの会社でも回答するのはおそらく人事労務セクションだろうから、こういう結果になるのはある意味当然といえる*1


人事部門の担当者の頭の中は大概硬直化しているから、“会社の業務以外は全部無駄。余計な仕事を増やさないでくれ”という心情になるのは当たり前の話で*2、現実的なシミュレーションを立てた上での回答とはとても思えないのだ。


大体、社員数名の中小企業ならともかく、第42面の「回答企業一覧」に挙がっているような大企業であれば、社員一人が一週間欠けたくらいで業務に支障が出るなんて話にはまずならないわけで、指名された社員にしてみれば、“これ幸い”とばかりにウキウキした気分で裁判所に出かけることだって考えられる*3


本人の意思にかかわらず、意味のない長期研修を設定して仕事に穴をあけさせるようなことは平気でやってくる人事部門が、上記のような回答で被害者面するとはなんておこがましい(笑)。


もっとも、期間の長短や社員が徴集されることそのものではなく、「事前の予測可能性」という点に限って言えば、企業の側にも同情される余地はある。


コラムで松下電器産業労務担当者のコメントとして紹介されている、

「約7割の事件は3日以内で審理が終わるというが、延びることはないのか。業務への影響がつかめない」

という悩みは、多かれ少なかれあるだろうし*4、何よりも、いつ頃裁判所に拘束されるのかが事前に読めない、というのは、制度上の欠陥といわざるを得ないだろう*5


筆者としては、年間の裁判員候補者を選定・通知する際に、割当月まで決めてしまって通知するのが一番ベターだと思う。12月の末になって「1月にお願いします」といわれても困るから、遅くとも10月くらいまでには通知しておく必要があるだろう。


そうやって決めてしまえば、あとは当の候補者が自分で仕事や家事の段取りを工面するなり、会社の方で配慮するなりすれば問題はない。ギャアギャアと騒ぐまでもなく、最後は自己責任の問題なのだ。


なお、アンケートの回答の中には、

「会社からの要請書で辞退を認める融通の利く制度にしてほしい」

というものもあったようだが、本来“国民としての”義務(と同時に権利)である裁判員制度に“会社の介入”を認めるのは、対会社という観点から、社員個人にとってマイナスに働くというほかなく、言語道断であろう。三権の一つを担う当局が、何もそこまで会社(の人事部)におもねる必要はあるまい(笑)、と個人的には思っている。

*1:逆に前向きな回答をしている会社は、制度趣旨を理解している法務部門が回答している蓋然性が高い。

*2:これは裁判員制度の話に限ったものではなく、育児休暇だの介護休暇だのに対しても同じような発想で臨もうとするから、いつまでたっても制度が浸透しない。

*3:実際に裁判員の審理時における負担がどの程度のものかにもよるが・・・。

*4:仮にオウムの麻原公判のような事件にあたってしまったら、いかに事前に争点整理を行ったとしても、2,3日で決着をつけられるとは思えないし、仮に2,3日で終えられるような争点整理をするのだとすれば、事実上、裁判員が法廷に入る前に裁判の決着がついているのではないか?ということを疑わざるを得ない。裁判員に公平に材料を提供すべく、裁判所が徹底的に当事者平等的な手続指揮に努めたとしても、今度は長期にわたるメディアの憶測報道が裁判員候補者を蝕むことになろう。

*5:記事によれば、最高裁の選任手続き案では「裁判日程の6週間前に地裁が候補者に通知、当日出向いた人から正式な裁判員を選ぶ」ということになっているという。

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