4月25日付け夕刊から26日付けの朝刊にかけて、「新日鉄が韓国ポスコを相手取って不正競争防止法(営業秘密不正取得)に基づく訴訟を提起した」というニュースが華々しく掲載された。
そして、それを受けて、4月30日付けの日経紙には
「技術流出に本気で歯止めを」
というタイトルの社説が掲載されている*1。
要約すると、日経紙が主張している内容は、ざっと以下のようなものである。
(1)「新日鉄だけでなく、他の日本企業も知的財産の流出で不正行為があったと判断できるなら、司法の場で争うなど毅然とした態度を取るべき」
(2)「部品や材料など日本が強みとする技術流出は今も続いており、歯止めをかける対策を十分に講じる必要がある」
(3)「企業には、転職・退職する社員と秘密保持契約を結ぶことが最低限求められるが、実際にそれを行っている会社は2割にとどまっている。企業は情報管理体制を点検すべき」
(4)「技術者が海外企業に引き抜かれないようにし、人とともに技術が流出するのを防ぎやすくする必要もある」
確かに、日本企業がこれまで多額の投資を行って開発してきた技術が、会社に何の見返りもなく海外に流出していくような事態は、避けられるなら避けたい、というのは、多くの日本人が抱いている“願望”だろう。
だが、営業秘密とされるような「図面」等の有体物を“退職の記念”に持ち帰り、横流しするようなコテコテの事案ならともかく、長年研究開発に従事していた社員が、退職後に頭の中のノウハウを活用してライバル企業を手助けしたような事案で、「秘密保持契約」がどれほど役に立つのか?といえば、大いに疑問はある*2。
また、今回の新日鉄のケースでは、ポスコの従業員がたまたま別件訴訟で“自白”したがために、訴訟提起まで至ることができた、ということなのだが、そういうレアな事例でない限り、「技術を盗まれた」と主張する側が、法廷で必要な立証を成し遂げるのは至難の業なわけで*3、「毅然とした態度を取る」ことすら、そんなに容易なことではない。
そうなると、「技術流出」の歯止め策、としては、最後の「技術者が海外企業に引き抜かれないようにする」という選択肢しかないんじゃないのか? ということになるはずなのだが・・・。
日本の産業界はこの話になるとどうも歯切れが悪い、というか、無関心を装っているように思えてならない。
技術者が「技術者」として会社人生を全うできない*4。「日本の技術者」としての矜持を保てるだけの処遇を与えられない・・・そういった環境で、いくら「技術流出に歯止めを」などといったところで、空しいだけである。
まぁ、「技術流出」などという話題が出るのもあと数年の間だけで、その後はむしろ、中国だのインドだのの優秀な技術者をいかに日本に引っ張ってくるか、というのが、世の中の関心事になる可能性も高いから、それに備えて、法制度を巻き戻したり、各企業の受け入れ態勢を整えておく方が、有意義なのではないか・・・とも思うところ。
個人的には、その時になって、日経紙がどんな社説を載せるのか、に、興味深々なのであるが・・・。
*2:そもそも「営業秘密」にあたるような情報の仕様・開示であれば不正競争防止法の規律でもカバーできるし、逆に、そうでないものにまで広く網をかけるような秘密保持契約であれば、ガチンコで争われた場合にそれが常に有効と認められるとは限らない。その意味で、「秘密保持契約」固有の効力を信頼するのはリスキーで、むしろ“確認”と“牽制”のためのもの、と位置づけるにとどめる方が賢明ではないかと思う。
*3:これまで、営業秘密侵害訴訟に関しては、裁判手続が利用されない理由として、訴訟手続が俎上に挙げられることが多かったが、現実には、手続制度にかかわらず、立証そのものが難しいことこそが、裁判手続利用の最大の障壁になっているのではないかと思う。
*4:もちろん、“ほんの一握り”の例外的な方々はいるのだけれど。