いつかブーメランにならないように。

世界の潮流に乗り遅れるな、とばかりに、最近では紙面を開けば「巨大IT」バッシング施策がどこかに載っている、というような状況になりつつあるのだが、これもその一つ。

「日本で事業を展開する海外IT(情報技術)大手が法人登記をしていない問題で、政府は登記しない企業に罰則手続きをとる方針を固めた。3月末までに米メタ(旧フェイスブック)や米ツイッター、米グーグルなど48社に登記を求めたが、応じない企業があるとみられる。各国は利用者保護の観点でIT大手への規制や監視を強めており、日本も厳格に対応する。」(日本経済新聞2022年6月21日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

この件に関しては、同日の法務大臣の記者会見でも質疑があったようで、法務省のサイト*1には以下のようなやり取りが掲載されている。

【記者】
 日本で事業を展開する海外IT大手に対して、日本で法人登記をしていない場合に、政府が罰則手続を取る方針を固めたとの報道がありますが、法務省としての対応状況を教えてください。
【大臣】
 6月3日に、総務省と連名で、総務省に届出がされている電気通信事業者である外国会社のうち42社に対し、6月13日までに登記申請を行うよう求める文書を発出しました。
 この通知を受け、新たに1社が登記を済ませ、複数社が登記の申請に向けて準備中であると承知しています。
 外国会社に対する発信者情報開示請求などの民事裁判手続が円滑に行われるためにも、外国会社が早期に外国会社の登記をすることは重要であると考えています。
 対象となる未登記の外国会社に対して、現在個別に登記を促しているところですが、早期に登記がなされない場合には、過料の裁判を行う裁判所に対する義務違反の事実の通知も含め、関係省庁と連携し、外国会社の登記義務の履行に向けてスピード感を持って取り組んでまいります。(強調筆者)

・・・ということで、所管官庁の総務省だけでなく、法務省も「本気度」をかなりアピールしているのだが・・・。


最初、この話が話題に出てきた4月頃、自分も気になって電気通信事業者として届出をしている外国会社と、その会社の日本国内での登記の有無について少し確認してみたことがある。

電気通信事業者として届出をしている会社は、ここで規制当局が念頭に置いているようなBtoCビジネスの当事者ばかりではないので、「42社」を特定することはできなかったのだが、まぁこの辺がターゲットなのだろうな、というところは何となくわかった。

ただ、これらの「ターゲット」企業の登記を確認すると、当の外国法人自体は登記していないが日本法人はきちんと登記している、というパターンがほとんどで、そこはちょっと気になったところでもあった。

今回の日経紙の記事にも、

「一部の海外のIT大手は、会社法に基づく登記の対象ではないとの立場とみられる。「ビジネスの運営は海外で手掛けており、マーケティングなどを担当する日本法人の登記で十分」と主張しているようだ。」(前掲)

という当事者のコメントが紹介されている。

理屈の上でいえば、いくら日本法人が存在するからと言っても、権利義務主体としては本国の親会社とはあくまで別の主体、ということになるし、そもそも発信者情報開示請求をはじめとする日本国内での様々な裁判上のアクションを受けて立つ場面で、日本法人に当事者能力がない、ということを主張しがちなのもこれらの外国法人なのだから、「だったら登記しろよ」という話になるのはやむを得ないところだとは思う*2

だが、これって、日本企業が外国に進出する場合にも実は同じ話はあるわけで・・・。

制度は国により様々なれど、外国法人として登記なり登録なりをすれば、行政上の手続きから税務上の取扱い、さらには刑事、民事のアクションの名宛人となるところまで、背負うリスクは格段に大きくなる。国によっては登録の手続き自体が遅々として進まず、それがビジネスの支障になることもある。

それゆえに、多くの国(特に新興国)に出る場合、仮に外国法人の登記、登録を求める制度があったとしても、現地法人を設立して現地の社員を雇い拠点を設けるまでは手続きをしない、というパターンがほとんどだし*3現地法人の機能が実質的には取次レベルで、実際には本国のスタッフが前面に出て現地での取引をしているような場合でも、現地法人と並んでわざわざ日本の親会社を登記、登録する、なんてプラクティスを見かけることはまずなかった。

だからこそ、今回の法務省のいつになく積極的なアクション*4にはちょっと引っかかるところもある。

動機としては、電気通信事業分野の「巨大IT」規制でも、今行われようとしているのは、会社法818条1項に基づく汎用的な規制のアクション。そして突き詰めればその影響は、インターネットビジネスに限らずありとあらゆる産業分野に及ぶ、さらに日本がそういうアクションを起こすことによる影響は、めぐり巡って周辺の国にも波及していく。

日本での登記手続自体は、(一部の新興国等との比較では)アンフェアなものでも、極端な忍従を要求されるようなものでもないから、さっさと手続きすれば済む話ではないか、と言われればそれまでだし、今の世界の潮流からすれば、いくら日本が開放的な運用をしていても、それを上回るスピード感で他国の規制が厳しくなっていくだけだ、という話はあるのかもしれない。

ただ、概してこの手の政策について議論される時には、目の前のターゲットを超えたところに影響が及ぶ可能性が看過されがちだけに、杞憂であればよいのだが、と思いながら、このメモを書き残しているところである。

*1:www.moj.go.jp

*2:裁判手続きに関して言えば、裁判所が被告、相手方の資格証明の運用のところをもう少し変えたら?という切り口からの議論もあるはずだが、それはここで言っても仕方ない話なのかもしれない。

*3:日本の弁護士の保守的な現地法令の解釈に基づいて真面目に登録をした結果、現地の日本企業コミュニティで「何やってるんですか(笑)」と失笑された事例なども多々ある。

*4:会社法上、過料制裁の対象となっている手続きの中には、日本企業ですら履行していないものも多いのだが、そういった手続きについて法務省がここまで積極的な対応をする、というのはかなり珍しいことだと認識している。

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