国家賠償責任と受託事業者の使用者責任

国家賠償責任と一般不法行為責任の関係を考える上で、興味深い最高裁判決が出されている。


最一小判平成19年1月25日(才口千晴裁判長)*1


本件は、県の委託を受けて運営されていた民間の児童養護施設において生じた事故*2につき、職員に注意義務懈怠の過失が認められる場合に、運営法人と県それぞれの損害賠償責任が認められるか、が問題になった事案である。


原審においては、

「同学園(注:運営法人)が被告県から委託されて行う入所児童の養育監護行為は、高度な公共的性質を有する行為であって、純然たる私経済作用ではないから、国会賠償法1条1項にいう公権力の行使にあたる」

として、県の責任を認めた上で、運営法人についても、

国家賠償法1条1項は、公権力の行使に当たる公務員が違法に他人に損害を与えたときは、当該公務員との関係で公務員個人の責任を排除したにすぎず、公務員の行為の違法性が消滅するものではないから、組織法上の公務員ではないが国家賠償法上の公務員に該当する者の使用者の不法行為責任まで排除するものとはいえない」

と損害賠償責任を認めたのであるが、最高裁は、県側の責任のみを肯定し、運営法人の責任を否定した。


最高裁は、「入所児童の養育監護行為が被告県の公権力の行使に当たるか」という論点については、児童福祉法において、民営の児童養護施設がどのように位置付けられているか丁寧に検討した後に、

「(3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では)入所後の施設における養育監護は本来都道府県が行うべき事務であり、このような児童の養育監護に当たる児童養護施設の長は、3号措置に伴い、本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される」(4頁)

とし、本件における施設職員等の養育監護行為を「都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為」と解することで原審の判断を肯定する一方、「運営法人が使用者責任を負うか否か」という争点に関しては、以下のように述べて、結果的に原審と正反対の帰結を導いている。

国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力に行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される」
この趣旨からすれば、国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても、当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には、被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である」(以上、5頁)


ご存知のとおり、国家賠償法1条の責任の性質をめぐっては、かねてから議論があるところであるし、行政事務を受託した民間団体に国家賠償法の規律がどこまで及ぶか、というのも一大論点なのであるが、当の判決自体は、そのあたりにあまり深入りすることなくシンプルに結論を導いている。


筆者としては、本件のように、過失ある職務行為者が「公務員」であると同時に、民間法人の被用者でもある場合に、“公務員個人”が責任を負わないことの「趣旨」から直ちに“使用者たる法人”まで責任を負わない、という帰結を導くことが妥当なのかどうか、(直感的に)腑に落ちないものを感じるのであるが、残念ながら、筆者が理論的見地から上記最高裁の判断を論評するのはおよそ不可能に近い。


ただ、理論的側面を離れて考えるならば、「運営法人に使用者責任を認めることの意義よりも、認めない意義の方が社会的に大きい」ということに、上記のような結論を正当化する理由が求められるような気がしている。


すなわち、通常の行政機関であればその機関に単独で損害賠償責任を負担させたとしても何ら被害者の救済に支障をきたさないのに対し*3、運営法人に損害賠償責任を負わせてしまうと、法人らが積極的に行政事務を引き受けようとするモチベーションがそがれるおそれがあって、それゆえ、最高裁としては、行政機関のみに損害賠償責任を負わせる解釈をとったのではないか、という憶測が働いてくるのである。


おそらく、上記のような理屈が本判例を評価する上で前面に出されることは今後もあまりないのだろうが、これまで行政機関の専権で行われていた領域に次々と民間事業者が進出しているこの時代においては、上記のような視点も、もしかすると紛争解決のための糸口になるのではないか、と思った次第であった・・・。

*1:H17(受)2335号。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070125144348.pdf

*2:入所児童が他の児童の暴行を受けたことにより重篤な後遺症が残った。

*3:一部の自治体を除けば、責任負担者の資力に不安があって救済に支障をきたす、という事態が考えにくい。

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