原子力損害賠償制度はどこに向かうのか? 〜“中間報告”とりまとめの報に接して

2011年の「3・11」以降、長年の眠りからたたき起こされ、“生きた法律”として現在に至るまでフル活用されているのが「原子力損害の賠償に関する法律」である。
東日本大震災直後は、不法行為法の中でもかなり異色の規律が設けられている背景や、「異常に巨大な天災地変」の文言の解釈等が話題となり、立法経緯の掘り起しも含めてかなり議論が盛り上がったものだが*1、最近は「事業者の無限責任」を前提とした解釈運用が基本的に定着しているし、争点が「事業者がどこまで責任を負うべきか?」ではなく「被災者がどこまで救済されるべきか?」に移って久しい状況にある。

だが、そんな中、原発事故に関する賠償ルールの根本を見直そう、という動きが出てきていて、昨年5月から内閣府原子力委員会の「原子力損害賠償制度専門部会」*2で議論が進められていることはあまり知られていないように思う。

かくいう自分も、議論が始まるか始まらないか、という頃に、何で文部科学省所管の原子力損害賠償紛争審査会ではなく、原子力委員会の専門部会でこの議論をするのだろう?ということとか、「有限責任化」を唱える論稿がやたら目に付くのが気になっていたくらいで、その後議論が始まってからはフォローするのをすっかり忘れていたくらいのレベルだった。

そんな中、日経紙に、「専門部会が中間報告をまとめた」という記事が掲載された。

原子力発電所事故の賠償制度の見直しを進める内閣府の専門部会は23日、中間報告をまとめた。これまで1200億円を上限としてきた政府補償の増額を検討する方針を盛り込んだ。一方、事故を起こした電力会社に金額の制限なく賠償を負わせる『無限責任制』をやめるかどうかは結論が出なかった。」(日本経済新聞2016年8月24日付朝刊・第5面、強調筆者)

先に引用した専門部会のHPを見ても「中間報告」という標題の資料は掲載されていないのだが、おそらく察するに、「原子力損害賠償制度の見直しの方向性・論点の整理(案)」*3がおそらくそれなのだろう。これを読めば、記事にあるとおり、原子力事業者の責任については、委員の意見も分かれており、本文でも両論併記のような書き方になっていることが分かる(論点整理の5〜8頁あたり)。

ちなみに、記事の見出しだけ見て、“これは東電救済策か?”と拳を上げかかった方がいるかもしれないが、今行われている見直しはあくまで「将来」に向けたものであって、仮に今回の議論に基づく原賠法の改正がなされたとしても、既に兆単位の賠償金が支払われている「3・11」事故に遡って適用される余地はない、というのが自分の理解である。

また、記事の中では「原子力事業者の有限責任化」を主張する意見があることも紹介されているが、前記論点整理をよく読めば、「有限責任化」を主張する論者でも“事業者免責”の天井は相当高額なものを想定しているようだし、逆に「無限責任維持」を主張する意見は、同時に国の負担額(1200億円)を大幅に引き上げる提案とセットになっている。
そして、これらの議論は、あくまで「原発事故の責任を負うべきは電力事業者なのか、国なのか?」という責任分担の問題を論じているものに過ぎず、被災者救済を後退させることまでは意図されていないように思われる。

なので、今のタイミングであまりうがった見方をするのは良くないのだが、一方で、この制度をどう定めるか、ということは、究極的には電力事業者が原発の新設・稼働に関する経営判断を行う上での大きなポイントとなってくるだけに、そういった動きと合わせて見ていく必要があるのは間違いない。

機会があれば、もう少しこれまでの議論をきちんと読み込んだ上でコメントできれば、と思うところである。

*1:当時の雰囲気を伝えるエントリーがhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110414/1302933056以降の三部作である。

*2:設置の趣旨はhttp://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/songai/songai_senmon.pdf参照。これまでの議事録等は、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/songai/index.htmに掲載されている。

*3:http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/songai/siryo12/siryo12-1.pdf

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