判決に付された「意見」に込められた裁判官の思い。

連日COVID-19の話題ばかりだと、さすがに自分がげんなりしてくるので、今日は直近の最高裁判決のご紹介を。

最近はどの話題をしても「コロナ」が絡んできて、感染拡大防止のために傍聴席を半減させる*1などというニュースも出ていたりするのだが、そんな中、先月末から出された第二小法廷の判決2件を取り上げてみる。

いずれも原審への破棄差戻判決、そして、あの、草野耕一裁判官の”思い”がふんだんに盛り込まれている判決である*2

最二小判令和2年2月28日(H30(受)第1429号)*3

本件は、大手貨物運送会社(被上告人)のトラック運転手として雇用されていた上告人が、平成22年に生じさせた交通事故で遺族に損害賠償として支払った(一部弁済供託)2852万円について、上告人の被上告人に対する求償が認められるか、という点が争点になった事件である。

業務委託のような場合ならともかく、雇用している社員が業務上この種の事故を起こしたときは、(問題を過度に複雑にしない、という観点からも)使用者が矢面に立って被害者と協議し、弁済した上で被用者との間での損害分担について整理するのが鉄則だと思うので、本件でなぜ「社員本人」が前面に立たされ、求償をめぐって最高裁まで争うような事態になってしまったのか首をひねりたくなるところはある。

しかも、原審が、「民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。」という理屈で上告人の請求を退けていた、という点にも解せない点は多い*4

だが、そこはさすが最高裁。以下のような判示により、見事に原審の結論を覆した。

民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁*5最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁*6参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。」
「また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁*7),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。」
「以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」(以上3頁、強調筆者、以下同じ。)

厳格な「個人責任」の原則が未だに維持されている刑事事件の世界とは異なり、民事紛争における責任主体は、あくまで「誰に損害を負担させるのが一番事案の解決方法として落ち着きが良いか」という観点から決められるべきだろう、というのが自分の考えだから、使用者求償が認められるのに被用者からの求償が認められないのはバランスが悪いでしょう、という上記判旨も、至極ごもっともなものだと自分は思っている。

ただ、興味深いのは、本判決の中で、これに続けて菅野博之、草野耕一両裁判官の連名で「補足意見」が付されていることである*8

「私たちは法廷意見に賛同するものであるが,更に審理を尽くさせるために本件を原審に差し戻した趣旨について,敷衍して述べておきたい。」
「1 当審が原審に求めている審理事項は,本件事故による損害に関して各当事者が負担すべき額であり,その際に考慮すべき諸事情は法廷意見で述べたとおりである。これらの諸事情のうち本件においてまず重視すべきものは,上告人及び被上告人各自の属性と双方の関係性である。これを具体的にいえば,使用者である被上告人は,貨物自動車運送業者として規模の大きな上場会社であるのに対し,被用者である上告人は,本件事故当時,トラック運転手として被上告人の業務に継続的かつ専属的に従事していた自然人であるという点である。使用者と被用者がこのような属性と関係性を有している場合においては,通常の業務において生じた事故による損害について被用者が負担すべき部分は,僅少なものとなることが多く,これを零とすべき場合もあり得ると考える。なぜなら,通常の業務において生じた事故による損害について,上記のような立場にある被用者の負担とするものとした場合は,被用者に著しい不利益をもたらすのに対し,多数の運転手を雇って運送事業を営んでいる使用者がこれを負担するものとした場合は,使用者は変動係数の小さい確率分布に従う偶発的財務事象としてこれに合理的に対応することが可能であり,しかも,使用者が上場会社であるときには,その終局的な利益帰属主体である使用者の株主は使用者の株式に対する投資を他の金融資産に対する投資と組み合わせることによって自らの負担に帰するリスクの大きさを自らの選好に応じて調整することが可能だからである。さらに付け加えると,使用者には,財務上の負担を軽減させる手段として業務上発生する事故を対象とする損害賠償責任保険に加入するという選択肢が存在するところ,被上告人は,自己の営む運送事業に関してそのような保険に加入せず,賠償金を支払うことが必要となった場合には,その都度自己資金によってこれを賄ってきたというのである(以下,このような企業の施策を「自家保険政策」という。)。被上告人が自家保険政策を採用したのは,その企業規模の大きさ等に照らした上で,そうすることが事業目的の遂行上利益となると判断したことの結果であると考えられる。他方で,上告人は,被上告人が自家保険政策を採ったために,企業が損害賠償責任保険に加入している通常の場合に得られるような保険制度を通じた訴訟支援等の恩恵を受けられなかったという関係にある。以上の点に鑑みるならば,使用者である被上告人が自家保険政策を採ってきたことは,本件における使用者と被用者の関係性を検討する上で,使用者側の負担を減少させる理由となる余地はなく,むしろ被用者側の負担の額を小さくする方向に働く要素であると考えられる。」
「2 なお,事案によっては,各当事者が負担すべき額を検討するに当たって,①不法行為の加害者でもある被用者の負担金額が矯正的正義の理念に反するほどに過少なものとなったり,あるいは,②今後同種の業務に従事する者らが適正な注意を尽くして行動することを怠る誘因となるほどに過少なものとなったりすることがないように配慮する必要がある場合もあろう。しかしながら,本件に関しては,上告人は,本件事故を起こしたことについて自動車運転過失致死罪として執行猶予付きながら有罪の判決を受けていること,本件事故当時の固定給が毎月6万円(歩合給や残業代を含めると22万円ないし25万円)であったのに対し,本件事故に際して「罰則金」なる名目で被上告人から40万円を徴収されていること,上告人の被上告人における勤務態度は真面目で本件事故が起きるまで別段の問題を起こしたこともなかったが,本件事故後に被上告人を退職することになったこと,本件事故に関して被害者の遺族の一人から損害賠償請求訴訟を提起され,前述のとおり被上告人が自家保険政策を採ってきたことの結果として保険会社からの支援を得られないまま,長年にわたり当該訴訟への対応を余儀なくされたことが認められるのであって,このように上告人が本件事故に起因して様々な不利益を受けていることからすれば,本件は,上記①及び②の点に関する配慮が必要な事案ではないと考えられる。」
「3 差戻審においては,各当事者の主張の展開を踏まえつつ,上記に述べた上告人及び被上告人の属性と関係性その他の諸事情を適切に考慮した上で,損害の公平な分担額について判断されるべきであると考える。」

ここで非常に興味深く、かつ草野裁判官のご意見が反映されているな、と思ったのは、「自家保険政策」を企業がとり得る選択肢として肯定した上で、それを使用者・被用者間の損害の公平な分担の考慮要素に取り込む、というアプローチを示したことだろう。

本判決には、検察官出身の三浦守裁判官の補足意見(6頁以下)も付されているのだが、そちらで、国交省貨物自動車運送事業に係る許可基準を引きつつ、「任意保険を締結しない」という使用者側の選択を非難するかのように読める記述もあるのに比べると、草野裁判官が加わった補足意見の方は、その点のバランスはより優れているように見える*9

そして、使用者側の選択肢を許容した上で、「損害の公平な分担」の観点からは、それを極力被用者の負担を減らす方に考慮すべき、という見解を示したところも、これぞ裁判所の仕事、と膝を打ちたくなるところはあった。

最二小判令和2年3月6日(H31(受)第6号)*10

続いて、昨日に出たばかりの判決。

こちらはいわゆる地面師グループの土地売買取引詐欺に巻き込まれてしまった会社(被上告人)が、手続きに関与した司法書士(上告人)に対して損害賠償請求した事件で*11、原審が上告人の注意義務懈怠を認めて、3億2400万円の支払いを命じたことから最高裁までもつれ込んだ、という事案であった。

結論として、第2小法廷は以下のように判示し、本件を原審に差し戻している。

「(1) 司法書士法は,登記等に関する手続の適正かつ円滑な実施に資することにより国民の権利の保護に寄与することを目的として(1条),登記等に関する手続の代理を業とする者として司法書士に登記等に関する業務を原則として独占させるとともに(3条1項,73条1項),司法書士に対し,当該業務に関する法令及び実務に精通して,公正かつ誠実に業務を行わなければならないものとし(2条),登記等に関する手続の専門家として公益的な責務を負わせている。このような司法書士の職責及び職務の性質と,不動産に関する権利の公示と取引の安全を図る不動産登記制度の目的(不動産登記法1条)に照らすと,登記申請等の委任を受けた司法書士は,その委任者との関係において,当該委任に基づき,当該登記申請に用いるべき書面相互の整合性を形式的に確認するなどの義務を負うのみならず,当該登記申請に係る登記が不動産に関する実体的権利に合致したものとなるよう,上記の確認等の過程において,当該登記申請がその申請人となるべき者以外の者による申請であること等を疑うべき相当な事由が存在する場合には,上記事由についての注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負うことがあるものと解される。そして,上記措置の要否,合理的な範囲及び程度は,当該委任に係る委任契約の内容に従って定まるものであるが,その解釈に当たっては,委任の経緯,当該登記に係る取引への当該司法書士の関与の有無及び程度,委任者の不動産取引に関する知識や経験の程度,当該登記申請に係る取引への他の資格者代理人や不動産仲介業者等の関与の有無及び態様,上記事由に係る疑いの程度,これらの者の上記事由に関する認識の程度や言動等の諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」
「しかし,上記義務は,委任契約によって定まるものであるから,委任者以外の第三者との関係で同様の判断をすることはできないもっとも,上記の司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと,登記申請の委任を受けた司法書士は,委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し,このことが当該司法書士に認識可能な場合において,当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは,当該第三者に対しても,上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負い,これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである。そして,これらの義務の存否,あるいはその範囲及び程度を判断するに当たっても,上記に挙げた諸般の事情を考慮することになるが,特に,疑いの程度や,当該第三者の不動産取引に関する知識や経験の程度,当該第三者の利益を保護する他の資格者代理人あるいは不動産仲介業者等の関与の有無及び態様等をも十分に検討し,これら諸般の事情を総合考慮して,当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じて判断するのが相当である。」
「(2) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,被上告人は,上告人と委任契約は締結しておらず,委任者以外の第三者に該当するものの,上告人が受任した中間省略登記である後件登記の中間者であって,第2売買契約の買主及び第3売買契約の売主として後件登記に係る所有権の移転に重要かつ客観的な利害を有しており,このことが上告人にとって認識可能であったことは明らかである。そして,上告人は,Aの印鑑証明書として提示された2通の書面に記載された生年に食違いがあること等の問題点を認識しており,相応の疑いを有していたものと考えられる。なお,被上告人がその利益を保護する他の資格者代理人を依頼していたという事情はうかがわれない。」
「しかし,上告人が委任を受けた当時本件不動産についての一連の売買契約,前件登記及び後件登記の内容等は既に決定されており,上告人は,そもそも前件申請が申請人となるべき者による申請であるか否かについての調査等をする具体的な委任は受けていなかったものである。さらに,前件申請については,資格者代理人であるC弁護士が委任を受けていた上,上記委任に係る本件委任状には,印鑑証明書等の提出により委任者であるAが人違いでないことを証明させた旨の公証人による認証が付されていたのである。しかも,被上告人は不動産業者である上,その代表者自身が被上告人の依頼した不動産仲介業者であるアーガスの代表者やアルデプロの担当者と共に本件会合に出席し,これらの者と共に印鑑証明書の問題点等を確認していたものであるし,印鑑証明書の食違いは上告人が自ら指摘したこともうかがわれる。」
「そうすると,上記の状況の下,上告人にとって委任者以外の第三者に当たる被上告人との関係において,上告人に正当に期待されていた役割の内容や関与の程度等の点について検討することなく,上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務があったと直ちにいうことは困難であり,まして上告人において更に積極的に調査した上で代金決済の中止等を勧告する等の注意義務を被上告人に対して負っていたということはできない。したがって,上記の点について十分に審理することなく,直ちに上告人に司法書士としての注意義務違反があるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。」(5~7頁)

接続詞を追っていくだけでも、かなりの迷いの中で書かれた判決だということはよくわかるのだが、結論としては差し戻し。

直接の委任者から受けている請求ではなく、連件申請の「前件」には弁護士が関与していた事案であること、そして、前提事実として司法書士の報酬が約13万円だった」ということも認定されていることからすれば、破棄する方が正義と衡平にかなう、というのも容易にうかがえるところではあるのだが、いろいろと考えさせられるところは多い。

そして、ここでも判決の事実上のハイライトになったのは、これに続く草野裁判官の「意見」であった。

「私は多数意見の結論に賛同し,それに至る理由に関しても多数意見とおおむね見解を同じくするものであるが,原判決を破棄してこれを原審に差し戻すことにした趣旨につき思うところを敷衍しておきたい。」
「1 最初に二つの言葉を定義する。以下において,「職業的専門家」とは長年の研さんによって習得した専門的知見を有償で提供することによって生計を営んでいる者のことであり,「依頼者」とは職業的専門家と契約を締結して同人から専門的知見を提供する旨の約束を取り付けた者のことである。職業的専門家は社会にとって有用な存在であり,その有用性は社会の複雑化と社会生活を営む上で必要とされる情報の高度化が進むほど高まるものである。そうである以上,専門的知見を依頼者以外の者に対して提供することを怠ったことを理由として職業的専門家が法的責任を負うことは特段の事情がない限り否定されてしかるべきである。なぜなら,職業的専門家が同人からの知見の提供を求めている者に遭遇した場合において,たとえその者が依頼者でなくとも当該職業的専門家は知見の提供をしなければならないという義務が肯定されるとすれば,知見を求める人々の側においてはわざわざ報酬を支払って依頼者となろうとする必要性が消失し,その結果として,職業的専門家の側においては安定した生活基盤の形成が困難となってしまうからである。のみならず,職業的専門家が依頼者に提供する役務の質を向上させるためには職業的専門家と依頼者の間において高度な信頼関係が形成されることが必要であるところ,それを達成するためには職業的専門家は依頼事項に関して依頼者の同意を得ずに依頼者以外の者に対して助言することはないという行動原理が尊重されなければならず,この点からも職業的専門家が依頼者以外の者に対して知見の提供を怠ったことを理由として法的責任を負うことは否定されてしかるべきである。しかしながら,あらゆる法理がそうであるように上記の原則にもまた例外として扱われるべき特段の状況というものが存在する。対応可能な職業的専門家が一人しかいない状況において知見の提供を必要とする突発的事態が発生した場合はその典型であろうが,他の例として,次の三つの条件が同時に成立する場合も特段の状況と評価してよいであろう
① 法的には依頼者でないにもかかわらず職業的専門家から知見の提供を受け得ると真摯に期待している者がいること。
② その者がそのような期待を抱くことに正当事由が認められること。
③ その者に対して職業的専門家が知見を提供することに対して真の依頼者(もしいれば)が明示的又は黙示的に同意を与えていること。
上記の場合,職業的専門家たる者は,その者の期待どおりに知見を提供するか,しからざれば,時機を失することなくその者に対して自分にはそれを行う意思がない旨を告知する法律上の義務を負っていると解すべきである。なぜなら,職業的専門家がそのような配慮を尽くすことによって社会はより安全で公正なものになり得るのであって,しかも,そのような配慮を尽くすことを職業的専門家に求めることは決して同人らに対する過大な要求であるとは考えられないからである。」
「2 以上の考え方を本件に当てはめて考える。まず,上告人は司法書士であり,司法書士は登記実務に関する職業的専門家である。したがって,前項で述べた原則によって上告人は依頼者以外の者に対して専門的知見の提供を怠ったことを理由として法的責任を負うことは特段の事情がない限り否定されてしかるべきである。しかるに,原判決が上告人の違法行為と認定したものは被上告人に対して適切な知見の提供を怠ったというものであり,他方,上告人の依頼者として認定されている者はオンライフとアルデプロだけであって,被上告人は上告人の依頼者とは認められていない。以上の事実に照らすならば,特段の事情が認められない限り上告人の被上告人に対する法的責任は否定されるべきであり,この点を看過した点において原判決は重大な法令解釈上の誤りを犯していると言わざるを得ない。」
「しかしながら,本件会合は登記申請に用いるべき書面の事前確認等を行う目的で開催されたものであるが,同会合にはAと称する者(以下「自称A」という。)も出席しており,原判決の認定したところによれば本件会合に先立ってBは被上告人の代表者に対して自称Aの本人性を確認するために買主及び買主側司法書士に対して自称Aと面談する事前の機会を設ける旨発言している。これらの事実と本件会合に出席した司法書士は上告人だけであったことを併せて考えると,被上告人は,本件会合に出席した上告人が登記実務の専門家としての知見を用いて自称Aの本人性に関する助言を真の依頼者であるアルデプロはもとより被上告人に対しても行ってくれるものと真摯に期待し,そのことに対しては真の依頼者であるアルデプロも明示又は黙示の同意を与えていた可能性を否定し得ない。したがって,アルデプロが上告人の依頼者となるに当たって被上告人が果たした役割や被上告人とアルデプロとの間の人的ないしは経済的関係等に照らして被上告人が上記のような期待を抱くことに正当事由があったといえるとすれば上告人の被上告人に対する法的責任が肯定される可能性も決してないとはいえないのである。」
「3 以上の理由により,私は原判決を破棄してこれを原審に差し戻すべきであると考えるものであるが,差戻審において審理を尽くしてもらいたい事項は前項で述べた諸点に限られるものではない。なぜならば,仮に上告人が被上告人に対して自称Aの本人性に関して司法書士としての専門的知見に基づいた助言をすべき法律上の義務を負っていたことが肯定されたとしても,上告人がそのような義務に違反したか否かは記録上定かではないように思えるからである。この点に関して,差戻審の注意を喚起すべく二つの事実に言及しておきたい。すなわち,①本件においては東京法務局渋谷出張所の説明によって本件印鑑証明書が偽造であることが判明したとされているが,本件印鑑証明書の偽造性がどのような理由によって判明したのかについては記録上全く明らかにされていないという点及び②本件委任状には印鑑証明書等の提出によって人違いでないことを証明させた旨の公証人の認証が付されていたという点の二つである。①の事実は,印鑑証明書の真偽を判定するための決め手となる情報は一般に入手可能ではなく,そうであるとすれば,司法書士がこの問題に関して職業的専門家としての見解を責任をもって述べることはそもそも困難なのではないかとの疑念を抱かせるものであり,②の事実は,本件において用いられた偽造の手口は人物の同一性を判別してこれに認証を与えることの職業的専門家である公証人をも欺き得る程に巧妙なものであったことを示唆するものである。①の点に関して更にいえば,上告人が本件会合においていかなる意見を述べるべきであったかを論じるに当たっては,自称Aは本人ではないという事後的に明らかとなった事実をいわゆる「後知恵」として用いないように留意する必要がある。本件会合の時点においては自称Aの本人性は定かではなかったのであるから,上告人が自称Aの本人性に疑問を挟む意見を述べるに当たっては,仮にアルデプロや被上告人が上告人の意見を尊重して取引を中止し,しかる後に自称Aが本人であったことが明らかとなった場合において,取引の中止によって利益を逸したと主張するやも知れぬアルデプロや被上告人に対していかにして自分が述べた意見の正当性を示し得るかについて憂慮しなければならなかったのである。差戻審には,以上の諸点を勘案した上で,本件において上告人にはいかなる意見を述べることが現実的に可能であったのかを見極めた上でしかるべき結論を導き出してもらいたいと願う次第である。」(以上8~11頁)

実に4ページにわたる長文の意見だが、多数意見より踏み込んだ見解を示しているがゆえに、いろいろと議論を呼びそうな中身でもある。

中でも「依頼者以外の誰かが真摯に期待している」時に「自分にはそれを行う意思がない旨を告知する」法律上の義務がある、とするくだりなどは、なかなかキツイな、と感じる人も多いだろう*12

ただ、それでも最後に、差戻審に向けて「後知恵」への戒めを切々と述べられているところには、実務家として修羅場をくぐってこられた経験がにじみ出ているともいえる。

そして、この判決の「意見」に、いつものような「法と経済学」的視点を織り交ぜた”草野節”は出てこない、それゆえ一裁判官としての思いをより強く感じたのは筆者だけだろうか。

以上、2件の判決及びそこに添えられた意見のご紹介であった。

引用箇所が随分と長くなってしまったが、「在宅勤務」時の箸休めにでもご覧いただければ幸いである。

*1:最高裁でもコロナ感染防止対策 傍聴席定員を半分に

*2:草野裁判官の人となり(?)が伝わってくる弁護士時代の著作等に関しては、過去のエントリーをご参照のこと。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*3:第二小法廷・草野耕一裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/270/089270_hanrei.pdf

*4:事実審段階の判決に接することができていないため、何か使用者に有利に酌むべき事情があったのかもしれないが、このような「理屈」だけで請求を退けたのであれば、ちょっとセンスないな、と思う。

*5:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/569/057569_hanrei.pdf

*6:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/196/052196_hanrei.pdf

*7:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/209/054209_hanrei.pdf

*8:菅野、草野両裁判官が「意見」を付したものとしては、昨年の諫早湾開門命令執行をめぐる請求異議事件の判決があり、あの時も”差戻審に事実上の模範解答を示すもの”として話題になったのだが、今回の意見もそれに近いところはある。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*9:自分が仕事をしていた業界でもそうだったが、資力のある大企業にとって「自家保険政策」は決してマイナーな選択ではなく、不合理な選択でもない。商品設計上、ほとんどの保険は優良な事業者であればあるほど損をするようになっているし、そもそも日本の損害保険会社は自らリスクを取って商品設計をする、という発想が乏しく、加入したくてもそれに適した保険がない、ということも多いのが現実である。

*10:第二小法廷・三浦守裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/089286_hanrei.pdf

*11:どこまで事実かどうかは分からないが、ゴシップ系の週刊誌にも出てくるような話ではあったようである。怪しすぎる「不動産詐欺」〜渋谷の土地取引、消えた6億5000万円(森功) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

*12:特に、多数の企業当事者が関与する取引案件、M&A案件等で、後々話がこじれた場合には、この観点からいろいろと蒸し返されても不思議ではない状況はあるが、かといって、打合せのたびにいちいち「私は○○の代理人ですから」とけん制し続けるのも感じ悪いな、という印象はある。

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