『それでもボクはやってない』(一部ネタバレ注意)

それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!

それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!

公開されてからだいぶ日が経っていたこともあって、ほとんどネタバレ状態で見に行ったのだが、それでも十分楽しめるところはあったし、評判どおり、いろいろと考えさせられるところの多い映画であったのは間違いない。


※以下、一部ネタバレもあるので、まだご覧になっていない方は注意されたし。









パンフレットによると、今回の映画の製作に先立って、周防監督(&スタッフ)は約30件、計200回の裁判を傍聴した、ということだし、関係者に対する取材も相当綿密に行った、ということで、細部にわたって非常に良く作りこまれているなぁ、というのが第一の印象。


特に、大森裁判官(正名僕蔵)と荒川弁護士(役所広司)との間で交わされる、甲号証に対する同意・不同意の手続だとか、公判終了→次回期日の打ち合わせのあたりのやりとりなどは、ホントそのまんまだし、傍聴マニアが喫煙所で歓談するシーンなんかも、良く見かけるそれ。


こんな検事いるわなぁ、とか、こんな書記官いるわなぁ、とか、思わずニヤリとしてしまうような面白さが本作には散りばめられている。


あと、巧いつくりだなぁ、と感心したのが、実務修習中の修習生をわざわざ登場させて、裁判官と対話させる中で「刑事訴訟の理念」を観客にアピールしたり、傍聴人同士の会話だとか、弁護人と被告人側の打ち合わせのシーンなどを織り交ぜる中で訴訟進行を分かりやすく説明したりしていたくだりなどで、(幸か不幸か、仕事柄、筆者自身に刑事訴訟にコミットした経験があることを差し引いても)“問題の所在”は比較的伝わったのではないかと思う*1


周防監督といえば、前作の「Shall we ダンス?」では、ダンスの先生(草刈民代)の終盤の長口上による“心情吐露”が、あまりに“映画らしくない”手法だと一部で批判を浴びたりもしていたのだが、今回は脚本を十分に練りこむ余裕があったのか、そういった不自然さも感じることはなかった。



もっとも、ストーリーに関して言えば、思ったよりも“冤罪被害者”の視点が色濃く打ち出されているなぁ、というのが率直な感想。周防監督ご自身が「日本の裁判の現実」を“嘘のないリアルな表現”で伝えることに重点を置いた、ということを随所で強調されていたことからすれば、この点は少々意外であった。


確かに、裁判官にしても捜査側の人間にしても弁護側の人間にしても被害者にしても、本作の中に極端に日常を逸脱した人物は出てこないし、全ての当事者が自分の役割をまっとうした上での“悲劇”を淡々と描く、というスタイルを貫こうとしているのは一応伝わってくるのであるが、やはり冒頭からのストーリーの流れを追っていくと、観客としては主人公・金子徹平(加瀬亮)に少なからず感情移入せざるを得ない状況があったように思われる。


その意味で、本作は、あくまで刑事訴訟において対峙する当事者の“一方”の視点から描かれたものである、ということを心に留めて観る必要があるだろう。


本作を見た多くの方々は、エンディングを観て“何て理不尽なんだ”という思いを抱くことになるのだろうが、それも、スクリーンの向こう側で無罪獲得に向けて懸命の活動を続ける弁護人や支援者の姿を見たことで一種のバイアスがかかった状態になったがゆえの帰結に過ぎず*2、法廷で行われた当事者の主張立証活動のみを冷静に振り返って眺めたとしたら、本作のエンディングと同様の結論を導く心証形成がなされたとしても、何ら不思議ではなかったように思う*3


もちろん、“冤罪被害者を出すな”というメッセージを込めた作品と定義したとしても、今回のような作品には十分過ぎる意味があるのは事実なので、そのことをもって本作の評価を下げる必要はないと思うのであるが・・・。



なお、本作のテーマとして掲げられている

「十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰するなかれ」

という“理念”は、バイアスのかかった状態で本作のような事案を見る限りにおいては、万人に受け容れられる理念となりうるのだろうが、決して少なくない犯罪が日々発生している現実社会において、同様の“理念”がすんなり受け容れられるか、といえば、それは大いに疑問であり、筆者自身、ミクロレベルでの“冤罪被害者救済”の観点から、本作が発するメッセージに少なからず共感することはできても、刑事司法の在り方、というマクロな視点から見た時には、この手のメッセージに全面的に賛同の意を表することには躊躇せざるを得ない。


近年、被害者サイドに立った“厳罰主義推進”的論調が目立つメディアにとっては、本作のような社会派作品は“いいクスリ”になるだろうが(なってほしいと思うが)、それ以上の影響力をもって本作のメッセージが語られるようなことになれば(たぶんならないと思うが)、それはそれでどうしたものか、と思ってしまう・・・そんな複雑な心境である。

*1:留置場の中の会話が少々不自然なのは否めないとしても(笑)。

*2:被告人(加瀬亮)、弁護人(役所広司瀬戸朝香)、支援者(山本耕史)、裁判長(小日向文世)と、コアになる部分に名の通った役者を配し、少々クセのあるキャラに仕立てたことも、観る側に一定のバイアスを持たせるのに大いに貢献したといえる。特に裁判長役はもっと無名の役者の方に淡々とやっていただいたほうが良かったかもしれない。ちなみに余談だが、筆者としては、久しぶりに鈴木蘭々が出ていたのが懐かしかった(笑)。

*3:筆者自身は、現役の法曹でもなければ、実際に修習を受けた身でもないので、実際のところ、どの程度の反証を行えば「合理的な疑いを容れない程度の立証」を行ったと評価されるのか、については、実のところ全く相場観がつかめていないのであるが・・・。

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