ハケン会社の品格

「営業秘密」の不正使用(不正競争防止法2条1項7号)をめぐる事例といえば、大体舞台となる業界が決まっているものだが、今回取り上げる事案も、その典型例である「人材派遣事業」の事業者間で争われたものである*1


大阪地判平成19年2月1日(H17(ワ)第4418号)*2


原告は(株)東京データキャリ(http://www.tdc-j.co.jp/)、一方の被告は、有限会社スタンドオフhttp://www.standoff-gr.com/gaiyou1.htm)とP1〜P3の3名。


事案の概要を見ると、もともと原告の元従業員であったP1ら3名が被告会社に集団移籍し(平成16年12月〜平成17年1月)、その直後に原告の顧客(派遣先の信販会社)が被告会社に奪われる、という事態が生じたことが本件訴訟のきっかけになったようで、原告は、

「原告の顧客に関する情報及び派遣スタッフに関する情報(以下、順に「顧客情報」、「派遣スタッフ情報」といい、両者を併せて「本件情報」という。)を使用して、原告の顧客の派遣元を原告から被告会社に変更させ、原告の派遣スタッフを被告会社の派遣スタッフとして登録させた」

として、かかる被告らの行為が不正競争防止法2条1項7号(被告個人)又は同8号(被告会社)にあたる、として損害賠償請求を求めている。


被告のウェブサイトを見る限り、もともとは医療関係のビジネスを中心にやっていた会社のようで*3、それが被告P1らの移籍をきっかけに、全国展開で人材派遣事業を行っている原告から顧客を奪取した、というのだから、原告が顧客を失ったことと、被告P1らの行為には明らかに因果関係があるように思われる*4


そこで、他の同種事件と同様に、①被告が不競法上の「営業秘密」を使用したか(そもそも原告において「秘密情報」として管理されていた情報が存在したか)、あるいは②自由競争の範囲を逸脱する行為として不法行為が成立するか、という点が争われることになったのである。

「本件情報」の秘密管理性

改めて説明するまでもなく、この種の事案においては、「秘密管理性」要件が原告側にとっての大きな壁、として立ちはだかることになる。


本件で裁判所が示した規範は、

「情報が営業秘密として管理されているか否かは、具体的事情に即して判断されるものである。しかし、事業者は、例えば従業員・関係者のプライバシーの保護や、悪用の防止等様々な観点から、内部情報を不必要に公表しないことも多く、これらすべてが不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するような解釈を採ると、同法の「営業秘密」に関する刑事罰の対象となる行為の限界が不明確となる結果を招くことになるうえ、従業員の職業選択(転職)の自由を過度に制限する結果となる。したがって、同法の営業秘密であるためには、当該情報にアクセスした者が、当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること及び当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要するものと解すべきである。」(26-27頁)

というもので、これ自体は『営業秘密管理指針』等でも示されているごく一般的な基準であったのだが、既に事実認定において、①パソコンにパスワードが設定されておらず、人材派遣部門の従業員のみならず他の部門の従業員でさえも本件情報が入力されているソフトにアクセスすることが可能であったことや、②出力された情報を担当社員が持ち帰ることが黙認されていたこと、③派遣スタッフ通知書の部外での置き忘れや派遣先店舗への張り出しが行われていたこと、④本件情報の一部が記録された携帯電話をP1らの退社後も残務処理のため回収しなかったこと、など、情報管理としてはかなり“甘い”といわざるを得ない実態が白日の下にさらされてしまっていたため、原告としては救済を求めるには厳しかった*5


実務的に興味深いのは、裁判所が「派遣スタッフのプライバシーを保護するという観点から行われる注意、情報の廃棄指導」や、「個人情報保護の観点から行っていた従業員の啓発活動」と、「営業秘密の保護」の観点からのそれを明確に区別していること、で、現実にこの両者がごっちゃになって指導されることが多い企業内の実務を考えると、一つの教訓というべきかもしれない*6


また、「コンプライアンスに係る誓約書」*7に対して全従業員に署名を求めた、という事実への評価として、裁判所が「上記契約書への署名を求めたことをもって、本件情報が不正競争防止法上の営業秘密となったとすることはできない」(33頁)と判断し、その理由として、

「一般的・普通に読めば、該当するものすべてを営業秘密とする趣旨のように理解する余地がある条項であっても、個々の情報の実際の取り扱われ方によっては、従業員らは、当該情報は営業秘密に含まれていない(だからこそ、現実に営業秘密として取り扱われていない)と理解する可能性がある。」
「抽象的な記載である条項しかない上記誓約書に署名を求めたとしても、そのことだけで直ちに、本件情報にアクセスした者がそれが営業秘密であることを認識できるようにされたとか、アクセスできる者が制限されたということはできないというべきである」(33-34頁)

という理由を挙げているのも興味深い。ここで「抽象的な文言」と指摘される本件誓約書の程度の文言が実務上は一般的なのではないかと思うが、本件ほど物理的管理がいい加減な状況だと、いかに人的管理でフォローしたとしても限界があるということだと考えれば、結論としては是認できるだろう。


いずれにせよ、本件では「秘密管理性」が否定され、不競法に基づく請求は認められなかった。

不法行為の成否

さて、本件では比較的被告側の行為にも悪質性が認められそうな事案であったため、不法行為の成否が注目されたのであるが、裁判所はこれも否定している。


在職中に引き抜きの勧誘行為をしたかどうか、という点に関して、

「被告P2が送信したメールの用件は判然とせず、被告P2は受信者に対して、原告を退職した事実を伝えたことは認められ、その際に、退職後の身の振り方について言及した可能性もあるものの、それ以上に、被告会社への登録勧誘といえるような行為をしたかどうかは明らかではない」
(42頁)

という判示がなされていたり、「ある派遣スタッフが別の派遣スタッフに「虚偽の事実」を告げて被告会社への登録を勧誘したこと」が認定されているにもかかわらず、「被告ら3名による同様の勧誘の事実」が立証できなかったり、と、“何となく疑わしいのだが結局は立証責任の問題で”敗れてしまった、というところであろうか。


人材派遣業者同士の争いであるにもかかわらず、原告側には労働系弁護士*8、一方の被告側にはバリバリの企業法務系事務所が付いた*9、というあたりもなかなか面白かったのであるが、結論として勝とうが負けようが、やはり強引な競争の後始末を裁判所に任せているようでは、会社としての“品格”を疑われかねないのもまた事実であろう。


ハケンの品格”が巷で熱心に論じられている今日この頃ではあるが、むしろ問われるべきは“派遣会社の品格”の方なのかもしれない(笑)。

*1:過去の裁判例としては、大阪高判平成14年10月11日(請求棄却)、東京地判平成15年11月13日(請求認容)、東京高判平成16年4月22日(請求棄却)などがある。

*2:第26部・山田知司裁判長。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070208135714.pdf

*3:最初、「食べる喜び。それは生きる喜び。」というコピーを見たとき、“派遣で食いつなぐしかない下層階級”へのメッセージかと思ってびびったが(笑)、おそらくは訪問歯科事業等をメインにやっているがゆえのコピーなのだろう。

*4:単に因果性があるというだけではなく、P1らが原告を退社したことによる混乱に乗じて顧客を奪ったり、派遣社員に対して、派遣先との契約が全て切り替わる等の虚偽の事実を告げていたかのような痕跡も見られるため、巷に良くみられる(退社された)腹いせ的に起こされた訴訟の類に比べれば、実質的な悪性は強い事例と推察される。

*5:「管理指針」等の基準の中には、ある種厳格に過ぎる、と思われるようなものも見受けられるのであるが、本件に関しては裁判所が立てた規範が厳格すぎた、というよりは原告側の管理が甘すぎた、と評価する方が、より適切であるように思われる。

*6:もっとも本件では物理的管理の状況があまりにいい加減なので、そこがしっかりしている会社の場合には、また違う結論が導かれるのかもしれないが。

*7:第3条に「秘密情報」として、③「財務、人事等に関する情報」、④「他社との業務提携に関する情報」が挙げられており、本件情報も一応これらに該当すると解する余地があった。

*8:岡崎守延弁護士は関西医大事件の原告代理人であるし、他の2名の弁護士も自由法曹団等で活躍されている方のようだ。

*9:弁護士法人三宅法律事務所所属の千森秀郎弁護士ら。

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