私的領域への介入を憂う

前々から話題になっていたが、ついに本格的に成立に向けた動きが出てきたようだ。

「個人で楽しむ目的であっても映画館での盗撮行為を禁止する法案が今国会で成立する見通しとなった。違反者には十年以下の懲役か一千万円以下の罰金を課す。海賊版DVDやインターネットへの流出による被害を防ぐ狙い。自民、公明両党に民主党も加わって議員立法で法案を提出し、今夏の施行を目指す」(2007年3月29日付け夕刊・第1面)

「映画盗撮防止法案(仮称)」と銘打たれたこの法律。当然ながら、映画館内での撮影は現在でも「禁止」されており、上映前には「やってはいけない」行為の一つとして必ずスクリーンに登場するのであるが、これはあくまで映画館運営者の施設管理権に基づくものに過ぎないので、民事上何らかのペナルティを課すことはできても、「「個人で楽しむため」と主張すれば取り締まりは難しい」*1。それゆえ、「上映主催者の許可がないビデオ撮影を「盗撮」として定義」し、刑罰を課すことで海賊版DVD等による被害を抑制しようというのが本法案の趣旨であるという。


海賊版DVDの製造販売」というおどろおどろしい行為をターゲットにした法案であるため、一見すると、これまでなかったほうがおかしい、といった感さえある、まっとうな対応のようにも思える。


現行法の下でも、30条1項1号、2号として、例外事由たる「私的複製」のさらに「例外」として、「自動複製機器を用いた複製」(1号)(附則で5条の2で文書、図画は除外)と「技術的保護手段の回避」(2号)に対しては権利制限規定が適用されない旨定められており、映画館内での無断撮影は、権利者(上映主催者)の意思に反して撮影を行うという点で上記30条1項2号の行為に類似するから、新たな権利制限除外事由として「3号」に盛り込めば違和感はない、のかもしれない。


だが、ここで冷静に考えてみる必要がある。


上記30条1項2号の規定自体、極めて業界対策的意味合いが濃い規定であり、田村善之教授が、

「逆にいえば、何故、技術的保護手段が施されると、とたんに私的複製の自由を制約しうるのかということが問われるべきであろう。解釈論としては、技術的に複製が抑止されることにより(対価と引換えにした技術的保護手段の解除という形で直接的に、もしくは、権利者の許諾を得た複製物の売上増という形で間接的に)著作権者への対価の還流が促進され、それが創作活動の適切なインセンティヴとなるという判断がなされていると答えるしかない」(田村善之『著作権法概説〔第2版〕』142頁)

と書かれているように、元々その趣旨に対して懐疑的な見解が目立つものである。


さらに言えば、この権利制限除外事由に対しては刑事罰は元々課されていない(119条1項括弧書き)。

「個々の私的複製が権利者に与える影響は大きなものではないので、あえて私的領域に刑事罰をもって介入する必要はない」(同145頁)

というのがその趣旨とされているが、今回の法案は、私的複製を超えた複製行為(当初から転売目的で撮影する行為。これは元々著作権侵害になるし現行法の下でも当然刑事罰の対象となる)も、私的複製の範疇の複製行為(純粋に家に帰ってからもう一度映像を楽しむ行為)も一緒こたにして「刑事罰」の対象とするものであり、過去に著作権法に導入された規定のような繊細な配慮は全くなされていない。


日本映画製作者連盟がまとめた「海賊版DVDによる興業収入の減少約180億円」という数字自体がそもそも胡散くさいのであるが*2、仮にその数字が正確なものだったとしても、「私的複製」まで「刑事罰」の網にかける行為が安々と正当化されるわけではないだろう。


映画館内での撮影の多くが「商用目的の盗撮」という現実があるのなら、「個人で楽しむため」という言い訳に対して厳しく対処すればよいのであって、それは現行の著作権法の運用次第でどうにでもなるように思われる。


つい先日、当の著作権法の罰則自体大幅に引き上げられたにもかかわらず、さらに強い規制を求める映画業界の貪欲さには、ある意味感服せざるを得ないのであるが、「海賊版の取り締まり」という錦の御旗を掲げることで、権利者と利用者の絶妙なバランスの上に成り立っている「私的使用」というセンシティブな領域に介入しようとする動きにまで手放しで賛辞を送ることは、とてもできないのである。


旧商法の例を挙げるまでもなく、議員立法が法体系を歪めるケースは枚挙にいとまがない。


法の目的が目的だし、選挙前の“浮かれ(憂かれ?)ムード”に支配されるであろうこれからの国会で、建設的な議論がなされて法案の問題点が抉り出される、という展開にはあまり期待できないのであるが、せめて議場外での議論だけは盛り上がってほしいものだと思う。


(追記)


30日の日経記事によると、政府の知的財産戦略本部は、報告書において

ファイル交換ソフトなどを使って音楽や映画、ゲームソフトの海賊版が氾濫(はんらん)する現状を踏まえ、今は私的複製の範囲内として許されている不正品のダウンロードを違法とする著作権法改正を促した。」(日経新聞2007年3月30日付け朝刊・第7面)

そうである。


戦略本部マターということは、これは文化審議会著作権分科会ルートで議論されていく話になるのだろうし、そうなると、30条1項×号として盛り込まれる可能性が強いのであるが、その場合に、上記「盗撮防止法案」との関係がどうなるのか、興味深いところではある。


なお、記事の中では、「違法コピーの防止には「個人利用まで法の網をかけるのもやむを得ない」との判断だが、課題は実効性の担保だ」とあり、「ネット上の著作物が利用許諾を得ているか否か、一般人には見極めがつきにくい」、「個人の利用状況を逐一チェックすればプライバシー侵害になりかねない」(後者は荒竹純一弁護士のコメントとして紹介)といった問題点が指摘されているのだが、“錦の御旗”の前で、果たしてそういった問題点がどれほど意識されて議論が行われていくのか、今後注目してみていく必要があるだろう。


いかに「私的領域への法の侵食」が進んだとしても、某テーマパークで人気キャラクターにカメラを向けた瞬間に、「刑事罰」に問われるような時代*3が来るとは思わないが、安易な「侵食」は、時にそんな“誤解”を招きかねない(そしてそんな“誤解”が萎縮効果を招き、自由な情報の摂取や流通を阻害する可能性がある)ということは常に心に留めておかねばならない、と思っている。

*1:なお、記事では「現在の著作権法では商用目的の映像複製を禁じているが、私的使用であれば犯罪にはならない。」(太字筆者)とあるが、厳密に言えば権利制限事由として許容される「私的複製」(著作権法30条)の範囲はもっと狭いもので、商用目的でなくても多数人に対して公開する場合であれば、現行法の下でも立派な著作権侵害となる。

*2:少し待てば地上波でもヒット作がタダで鑑賞できる現在、映画館までわざわざ映画を観にいったり、正規品のDVDを買おうと思っていたりする人が、たかだか数千円をケチって(どう頑張っても品質には限界のある)海賊版DVDを購入するとは考えにくいから(少なくとも筆者のようなマニアックな人間は絶対に手は出さない)、海賊版の売上枚数をもって逸失利益を算出する手法には問題があるように思われる。

*3:あたかも昔の“東側”の国家のようだ(苦笑)。

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