「出版物に係る権利(仮称)」は電子出版の味方か?それとも脅威か?

今年に入ってから、楽天の端末発売や「キンドル」の日本上陸など、「電子書籍」に関する話題には事欠かない。

16日付の日経紙には、

電子書籍配信 官民出資の機構が始動」

という見出しとともに、(株)出版デジタル機構http://www.pubridge.jp/)が電子書籍配信を16日から開始する、ということも報じられている*1

そして、そんな流れを汲んだかのように、この数か月の間に一気に浮上してきたのが、「出版物に係る権利(仮称)」を議員立法創設する、という動きである。

11月9日付の読売新聞系ニュースサイトでは、

超党派の国会議員や大手出版社、作家らでつくる「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(座長=中川正春衆院議員)は8日、電子書籍の違法コピーに対抗するため、著作権に準じる著作隣接権を出版社に与える法制度の骨子案を発表した。」
「原稿や写真、デジタルデータなど紙や電子の出版物の素材となるものを、出版に必要な形に編集したものを「出版物等原版」と定義。原版の作成者に複製権、送信可能化権、譲渡権、貸与権という四つの著作隣接権を与えるとしている。作家の著作権とは別の権利で、電子書籍海賊版に対し、出版社が自ら訴訟を起こすことが可能になる。」

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121108-OYT1T01479.htm?from=ylist

と報じられており、当の「中川勉強会」のHPに飛んでも、確かに、かなり煮詰まった感のある「骨子案」が掲載されている(11月8日付)(http://www.mojikatsuji.or.jp/benkyoukai121108.pdf)。

とうとう衆議院の解散も決まってしまった状況で、年内は法案の審議が物理的に不可能な上に、ニュースサイトの記事では、「勉強会では26日に都内で公開シンポジウムを開いて幅広く意見を聞くとともに、文化庁とも協議し、著作権法の一部改正を目指す」ということだから、今すぐどうこう、という話ではなさそうだが、春先に日経紙の“アドバルーン”がふわふわ浮いてきた時*2知財業界関係者の反応が、「こんなのありえないだろう・・・」というムード一色だったことを考えると、いつの間にかずいぶん話が先走ってしまったものだ、と思わざるを得ない。

もちろん、「第8分科会報告書」の時に“あと一歩”のところまで迫って以来、出版物の複製物の利用、流通をコントロールできる権利を取得することは出版社にとってある種の悲願だし、インターネット上を見回すと、「この千載一遇のチャンスを生かして、著作隣接権を獲得することこそが出版社の生き残る道だ!」とすら読めるようなブログ記事が掲載されていたりもする*3

だが、本ブログでも5月の時点で指摘しているように、真に「電子出版の流通促進」を目指すのであれば、今でも処理にコストがかかる「著作権」に加えて、屋上屋を架すように「著作隣接権」までを新たに創設する合理性は疑わしい、と言わざるを得ない。

著作権者(著作者)と出版社が蜜月関係にある新刊書ならともかく、今後電子化が検討される作品の中には、出版から一定の歳月が経過して、著作権者と出版社が疎遠になっている(あるいは対立している)ものも多いはずだから、そういった類の作品について、著作権者だけでなく、「出版社」のお伺いまで立てなければならなくなるのだとすれば、そうでなくても歩みが鈍い「電子出版」が余計に進まなくなることも容易に想像できるところである。

・・・にもかかわらず、議員立法を目指す人々はいったい何がしたいのか・・・?という素朴な疑問から、「骨子案」を覗いてみた。

「出版物に係る権利(仮称)」の骨子案は何を目指しているのか?

骨子案は、「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(通称・中川勉強会)のHPに掲載されたペーパー(再掲:http://www.mojikatsuji.or.jp/benkyoukai121108.pdf)の中に記載されているのだが、提唱者もさすがに各所からの激しい批判を受けることは覚悟しているのだろう。

議院法制局などとも既に調整を行ったのか、かなり完成度の高い骨子案であるにもかかわらず、ペーパーでは、冒頭から、

「当案については、今後の論議のためのたたき台として位置付けており、今後もさらに、公開あるいは専門家、関係者による広い検討を行い、より内容の充実を図っていく予定である。」(1頁)

といきなり低姿勢を強調している。

そして、もっと低姿勢なのは、当の「骨子案」の内容だ。

骨子案の中では、「著作権法の一部改正」を前提に、

(1)出版物等原版
原稿その他の現品又はこれに相当する物若しくは電磁的記録を文書若しくは図画又はこれらに相当する電磁的記録として出版するために必要な形態に編集したもの
(2)出版物等原版作成者
出版物等原版を作成した者
※ 必ずしも物理的な意味での作成者(編集者)ではなく、“自らの責任において作成したと法的に評価される者”であることを要する。
(3)権利内容
出版物等原版作成者は、著作隣接権として、複製権、送信可能化権、譲渡権及び貸与権を有するものとする。
1)複製権
出版物等原版を複製する権利を専有する
2)送信可能化権
出版物等原版を送信可能化する権利を専有する
3)譲渡権
出版物等原版をその複製物の譲渡により公衆に提供する権利を専有する
※ 出版物等原版の複製物で次のいずれかに該当するものの譲渡には適用しない
a) 国内外を問わず、適法に譲渡された出版物等原版の複製物
b) 出版物等原版作成者と連絡することができない場合において、文化庁長官による裁定制度又は裁定申請中利用制度により公衆に譲渡された出版物等原版の複製物
4)貸与権
出版物等原版をそれが複製されている商業用出版物の貸与により公衆に提供する権利を専有する

といった定義ないし権利設定がなされており、これだけ見ると、「出版物等原版」に関する権利が、レコード製作者の通称「原盤権」同様、出版物の複製行為に対して幅広く及ぶようにも思われる。

だが、その後に続く“解説”は至って謙抑的だ。

例えば、「出版」の意義については、

「従前は有体物たる刊行物を前提としていたことから、「著作物等を文書又は図画として複製し、当該複製物を刊行物として頒布すること」と解されてきたが、電子書籍が急激に普及しつつある現状に鑑みれば、電子書籍の複製及び電子配信等についても、広く出版の概念に含まれるものと解釈することが相当ではないかとも考えられ、この点についてはなお検討の余地がある。」(6頁)

と、今回の提案で当然含まれると思われていた「最初から電子書籍として世に出す行為」を含めるかどうかについて、明確な主張が打ち出されていないし、音声、音楽、映像等と書籍が融合した「リッチコンテンツ」についても、

「音声等についても本権利が及ぶと仮定すると、いわゆる「出版物」の範囲が不相当に拡大するおそれがあることから、文書又は図画に相当する部分の電磁的記録についてのみ本権利が及ぶとするのが相当であると考える。」(6頁)

と権利範囲を制限的に解することを明言している。

そして、極めつけは、「出版権の拡大」と比べてのメリットを説明するくだりでの以下のコメントだ。

当初出版の後であっても、著作権者において、自ら電子書籍化して出版することや、異なる出版者を通じた出版ができるため、自由な競争が促される。」(5頁)


どの出版社が編集しようが、元の著作物が同じものであれば、出来上がりはそんなに大差なくなる*4はず、それゆえ、最初の出版社に権利を与えるのは危険・・・というのが、著作隣接権創設反対派に共通する懸念であった。

しかし、出版社側が出版物の「原版」についての権利を押さえつつも、「著作権者が自ら作品を電子書籍化する」ということを認める、ということは、事実上、「出版物の版面のデッドコピー」以外には権利を及ぼさない*5、ということを宣言したに等しい。

となれば、「立法目的」について、「海賊版対策」を主目的としていること*6も、額面通りに理解することができそうだし*7、「複製の意義」についてなされている、

「「複製」には、出版物等原版そのものをコピーすることやその複製物たる出版物等をコピーすること、データ形式を変換することも含まれる。」(7頁)

という説明も、文字通り「デッドコピー」(あるいはデッドコピーと同視できるデータ形式の変換)のみを複製とする趣旨、と理解してよいことになるのだろう。

猜疑心を持って眺めるなら、骨子案にしても、それに対する解説にしても、今出されているそれは、(春先に盛り上がっていた)著作権者からの批判をなだめるためのリップサービスが多分に織り込まれていて、いざ法案ができてしまえば、手のひらを返すように「複製」の概念を拡大解釈し、自社以外が作成した出版物の版下にことごとく権利行使する構えを見せる・・・という事態も考えられなくはないのかもしれない。

だが、まっすぐな気持ちで(笑)今の骨子案+解説を見れば、「世の中で売られている本や雑誌をスキャンしてインターネット上にアップする」といった極めて単純な“海賊”行為以外に、使い道のない権利だなぁ・・・というのが率直な感想になるわけで*8、こと電子出版ビジネスとの関連で見るならば、新たに創設される「著作隣接権」は出版社側にとっての薬にも、流通者やユーザーにとっての毒にもならない代物のように思えてならない*9


「出版社主導で海賊版を撲滅する」ための方策なら、他に方法はいくらでもあるのだから、わざわざ権利を作らなくても・・・という思いはあるにしても、「電子出版ビジネス」に絡めて、ああだこうだ、と心配するのも、ちょっと考えすぎではないか、というのが、今、自分の中での結論である。

いずれやってくる選挙の次の段階で、今と同じ土俵の上でこの話を続けていくことができるのか等々、流動的な情勢の中で、気になることは少々あるのだけれど、今は静観するのが吉。そんな気がしている。

*1:日本経済新聞2012年11月16日付朝刊・第17面。もっとも、「電子化の作業が全般に遅れ気味」という指摘もなされており、「来春までに6万冊」という目標が達成されるかどうかについては、疑問も投げかけられているところであるが・・・。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120515/1337409515

*3:http://blogos.com/article/49354/

*4:誤字脱字の校正にしても、台割、段組にしても、最初に出した出版社が、著作権者のオーダーも汲みながら最良の出版物にすることを目指して行っている以上、別の出版社が請け負っても、最初に出された出版物と大差なくなると思われる。

*5:このくだりを読む限り、出版物の各ページをそのままコピーしたり、PDF化したような場合は権利侵害になるが、別の出版社が段組や文字のフォントを変えて新しい出版物を出せば、それだけで、もう権利は及ばない、という帰結をも許容しているように思われる。

*6:電子書籍の流通そのものを出版社がコントロールすること」を目的に掲げていないこと。

*7:これをあまりに露骨に書いてしまうと、誰も共感してくれないからあえて秘しているのだろう、というのが、業界雀の観測だったのだけれど・・・。

*8:ちなみに、仮に著作隣接権が創設された場合、出版物の特定のページを会社でコピーすれば権利侵害になってしまうので、電子書籍に全く無縁の会社でも広く影響を受けることになるわけだが、この点については、現在の「複製権センター」のビジネスモデルに「著作隣接権」を乗っけてしまえば片付く話でもある。取り分を巡る争いが、著作権者と出版社の間で摩擦を引き起こす可能性はあるが、それはユーザーにとっては知ったことではない。

*9:勉強会の別の資料には、今回の一連の改正案の起案に際し、レコード製作者の原盤権を参考に起案した等々の記載もあったような気がするが、どこのレコード会社が作った(音源の質等も含め)作品か、という点にユーザーの関心が向きやすい音楽(それゆえ、まったく同じ楽曲でも、他のレコード会社から簡単に出すのは難しい)とは異なり、書籍の場合、「読めればそれでいい」という読者もかなり多いと思われるだけに、似たような内容の権利を作っても、レコード製作者の権利ほど役に立つ権利になるかどうかは疑問である。

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