「逆指名」制度の終焉

プロ野球のドラフト制度改革を巡り、日本プロ野球組織(NPB)の根来泰周コミッショナー代行は28日、東京都内で緊急会見し、大学・社会人の一部有力選手を自由に獲得できる希望枠を今秋から撤廃すると発表した。21日の各球団の代表者会議では希望枠廃止は来年からと決めていたが、アマ球界など各界の反発を受けて即時廃止に繰り上げた。」(2007年3月29日付朝刊・第3面)

東京高検検事長公取委の委員長まで務められた方が、なぜにいまだに「代行」の肩書きをつけてまでこんな気の毒な役回りを演じているのだ、という突っ込みはともかく*1、ドタバタした挙句、「世論に押される」形での決着となってしまったことは、球界にとってまさしく痛恨事、というべきだろう。


ドラフト1,2位指名、自由枠、希望枠と名前は変わったが、ひとくくりにすれば「逆指名」の一言で片付くこの制度。


元々、「潜在的入団希望者」が多かった、新聞社系列の在京某セ球団の希望で始まった、とされているこの制度だが*2、当の名門球団の近年の凋落ぶりや、各チームの人気の平準化、といった傾向を見ると、どの球団にとっても毒にも薬にもならない(そのくせ金だけはかかる)この制度がいずれ見直されるのは必至、という状況だっただけに、意思決定が遅れたことで、あたかも「保守反動勢力」のようなレッテル張りをされてしまったのが、返す返すも悔やまれるところである・・・。


あたかも“正義の味方”のように振舞っているアマ球界にしても、日頃からやっていることはとても誉められた話とはいえないことばかりだし、「小池秀郎投手の悲劇」*3などを契機に唱えられた「好きな球団を選ぶ自由」の問題もあるから、一概にウェーバー制や元の抽選制が望ましいなどとは決していえないはずなのだが、なぜかそういう常識的な回答には収まらないのが、メディア報道の常。


「逆指名」制度導入前夜、まだ抽選制だったドラフトについて、「人身売買のようで違和感がある・・・」といった識者のコメントを掲載していたメディアは数多くあったように思うのであるが、僅か10年ちょっとで、手の平を返すように逆の効用を説き始める不可思議。


常に何かしら叩かれているのが常識、という世界だけに、今更驚くことではないのだが、火の手が上がったのに乗じてただ叩いているだけでは、新制度の下でも、結局これまでとあまり変わらない問題点が浮上してきてしまうように思えてしまうのは筆者だけだろうか・・・。

*1:就任直後に球界再編、退任間際に裏金問題(途中には「一場問題」なんていうのもあった)、と、晩節を・・・という教訓を地で行く方であった。本人の資質云々という容赦ない突っ込みもあるが、この状況では正直誰がやっても同じだっただろう。

*2:その割には制度開始直後は名のある選手の多くを他球団(特に九州にある某球団)にさらわれていて、せっかくのメリットをあまり活用できていなかった、というのはあまり知られていない(笑)。

*3:学生No.1左腕の呼び声が高かった小池投手との交渉権を8球団競合の末にロッテが獲得したが、結局拒否。その後進んだ社会人(松下電器)時代の故障もあって、後にプロ入りするも期待されていたほどの成績は残せなかった。「ロッテだけは行きたくない」といって指名を拒否した小池投手を“わがまま”と非難する声は強かったが、当時のロッテは選手を育てることにかけては???といった感じのチームだったし、特に金田正一監督の下で潰されたピッチャーは数知れずいたから、将来有望だった一ピッチャーが入団を避けたいと考えるのも決して不自然なことではなかった・・・。