大学図書館危機一髪。

そうでなくても、近年著作権者との関係で、シビアな対応を迫られている図書館。


特に、文献資料の複製依頼が頻繁に来るであろう大学図書館では、「国公私立大学図書館協力委員会/大学図書館著作権検討委員会」が、平成14年以降「大学図書館における著作権問題Q&A」というものを作成し、「著作権」との付き合い方について、関係者に注意を促し続けているようだ*1


そんな中、関係者をヒヤリとさせるような事件の判決が、最高裁HPにアップされている。


「もし、所蔵している文献資料の中に著作権侵害図書があったら・・・?」という、関係者であれば一度は考えてみるであろう設例について、貴重な先例となるかもしれない、この事件の判決をちょっと取り上げてみることにしたい。

東京地判平成22年2月26日(H20(ワ)32593号)*2

原告:A
被告:国立大学法人東京大学東京学芸大学大阪大学筑波大学九州大学
   学校法人青山学院、財団法人日韓文化交流基金、学校法人専修大学


被告の欄に、多くの大学が名を連ねるこの事件。


概要を簡単にまとめると、

「韓国の出版社(高麗書林)が出版した著作物(「美國・國立公文書館所蔵北韓解放直後極秘資料」(全6巻)、以下「本件韓国語書籍」という)が、原告著作物に係る著作権を侵害するものである」

ということを前提に、

(1)「被告らが、それぞれ設置する図書館において本件韓国語著作物を閲覧,謄写,貸与する行為が,原告の著作権(二次的著作物に係る貸与権)する」
(2)「被告らが,それぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵,貸与する行為が,原告の著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)を侵害する」

と主張して、著作権法112条に基づき,本件韓国語著作物の閲覧,謄写,貸出しの差止め及び廃棄を求めるとともに,

(3)「主位的に,著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき」
(4)「予備的に、民法709条に基づき」

損害賠償として、被告らに158万1400円〜316万2800円(東大のみ316万2800円)の支払いを求めている事案、ということになる。


原告と高麗書林との間では、著作権侵害の成否について別訴で争われているようで、その点についての判断はまだ裁判所によって示されていないようなのだが、仮に、本件韓国語書籍が原告の著作権を侵害していた場合に、それを貸与等に供していた被告らが著作権侵害貸与権侵害)の責めを負うか、というのが本件訴訟の最大の争点となった。

平成16年法律第92号附則の存在が被告を救った。だが・・・

被告とされた大学側は、当然のごとく貸与権侵害の成否をめぐって争った。


その主張の根拠の一つは、平成16年改正法において、「書籍・雑誌」への貸与権規定適用除外が廃止された際の附則第4条に、

「この法律の公布の日の属する月の翌々月の初日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については、改正前の著作権法附則第4条の二の規定は、この法律の施行後も、なおその効力を有する。」

と規定されており、平成16年8月1日以前から「公衆への貸与の目的をもって所持されてい」た書籍には、改正後の貸与権の規定が適用されない、とされていたことに求められており、さらにもう一つ、

著作権法38条4項
「公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあっては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。」

という権利制限規定の存在にも、被告の貸出等の行為を違法としないための根拠が求められていた。


これに対し、裁判所が下した判断は以下のようなものである。

「上記経過規定を本件に当てはめると,被告東京大学は平成11年5月19日(東洋文化研究所図書館),平成13年3月9日(文学部図書館)に,被告東京学芸大学は平成12年2月4日に,被告大阪大学は平成15年12月18日に,被告筑波大学は平成10年11月25日に,被告九州大学は平成12年7月24日に,被告青山学院は平成12年9月18日に,被告専修大学は平成16年4月8日に,被告日韓文化交流基金は平成11年4月6日に,それぞれ本件韓国語著作物を購入し,そのころ,それぞれが設置する図書館等に本件韓国語著作物を所蔵し,現在に至っているが,被告らが設置する図書館等における本件韓国語著作物の貸出し等の状況は上記第2の2(3),(4)のとおりである(略)。」
「そうすると,被告らが設置する図書館等で所蔵する本件韓国語著作物は,いずれも平成16年8月1日の時点において現に公衆への貸与の目的をもって所持されていた書籍であり,かつ,本件韓国語著作物は主として楽譜により構成されているものでないことは明らかであるから,平成16年改正法附則4条,同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により,その貸与につき貸与権の規定は適用されないこととなる。したがって,被告らが所蔵する本件韓国語著作物については貸与権の規定が適用されず,本件韓国語著作物に係る著作者の貸与権が及ばない以上,仮に原告が本件韓国語著作物の原著作物の著作者であったとしても,二次的著作物である本件韓国語著作物に係る原告の貸与権が及ぶことはなく(著作権法28条),原告の二次的著作物に係る貸与権の侵害に該当することはないため,原告の著作権侵害に基づく各請求は失当である。」(12頁、強調筆者)

「原告は,被告らによる本件韓国語著作物の閲覧,謄写も貸与権の侵害になると主張する。しかし,著作権法の「貸与」とは,使用の権原を取得させる行為をいうが(著作権法2条8項),図書館等において書籍を利用者に閲覧,謄写させる行為は利用者に使用権原を取得させるものではないから,「貸与」に当たるということはできず,原告の上記主張は誤りというほかない。」
「原告は,貸与権の規定の制定,変遷の経緯からすると,平成16年改正法附則4条,同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により貸与権が及ばない書籍又は雑誌の範囲は,貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限定されると解するのが相当であると主張する。しかし,平成16年改正法附則4条及び同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2の文言上,貸与権の規定が適用されない書籍又は雑誌には,主として楽譜により構成されているものを除くとするほかには何ら限定はなく,貸本業者が所持する書籍等に限定されると解すべき理由はないから,原告の上記主張を採用することはできない。」
「また,原告は,本件韓国語著作物のような違法複製物につき貸与権の規定の適用がないと解することは,著作権法に違反する行為を放置,容認,保護することになり著作権法の目的に反し,また,著作権法113条1項2号により違法複製物をそれと知りつつ貸与することは認められないこととの関係からも,許されないと主張する。」
「しかし,平成16年改正法附則4条及び同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2は,貸与権の規定が適用されない書籍又は雑誌につき,違法複製物を除く適法なものに限定していないから,当該書籍等が適法なものか否かにより上記各規定の適用が異なるものと解することはできない。原告が主張するように,本件韓国語著作物が原告の原告著作物に係る著作権を侵害するものである場合には,本件韓国語著作物の貸与につき貸与権の規定の適用がないとしても,これを情を知って貸与し,又は貸与の目的をもって所持すれば,原告の著作権を侵害する行為とみなされるのであるから(著作権法113条1項2号,2条1項19号),著作権者の権利保護に欠けることはなく,著作権法の目的に反することはない。したがって,上記原告の主張も採用することはできない。」
「なお付言するに,被告らは,原告から,各図書館等で所蔵する本件韓国語著作物が原告著作物を違法に複製・翻訳したものである旨の警告を受け,原告が株式会社高麗書林(韓国の高麗書林とは別法人)外1名を被告とする別件訴訟(当庁平成20年(ワ)第20337号事件)において著作権侵害を主張して争っているという事情を認識してはいるものの(略),本件韓国語著作物を原告の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものと認めることはできないから,被告らにつき著作権法113条1項2号の「侵害とみなす行為」が成立するということもできない。」
(12〜14頁)

被告が主張の根拠とした「附則第4条」という経過規定をストレートに適用したうえで、当該経過規定を狭く解釈しようとする原告の反論をことごとく退け、しかも、「閲覧・謄写は貸与に当たらない」という解釈論*3や、本件被告らの行為が頒布権侵害にあたることもない旨の「付言」まで付した、本件判決の爽快さには見るべきものがあるといえるだろう。


だが、その一方で、著作権法38条4項、という権利制限規定該当性の判断を回避し、平成16年8月1日以降に書籍等を所持するに至った者には適用されない経過措置的「附則」の適用だけを認めたことは、別の不安を招く可能性もある。


本件被告のうち、専修大学が本件韓国語書籍を購入したのは、「平成16年4月8日」という実に微妙な時期。


他の大学も含め、当時、貸与権適用の経過措置が盛り込まれることまで予測して本件韓国語書籍を購入したわけではないはずで、今回、「附則」の存在によって著作権法貸与権規定の適用を免れたのは、単なる偶然に過ぎない。


裁判所としては、あくまでシンプルに処理できる抗弁のみを採用し*4、結論に至るまでの“蛇足”を最小限にした、という(常識的な裁判官であれば当然行うであろう)処理を施しただけなのだと思うが、ことは結構重大な問題だけに、もう少しリップサービスしてあげても良かったのかなぁ、というのが率直な感想である。


なお、裁判所は、かなり強引な感のあった著作人格権侵害に基づく主張について、

「被告らが設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵し,貸与する行為自体は,著作物及びその題号を改変するものではないから,原告の同一性保持権を侵害することはない。」
「一般に,図書館等において所蔵する書籍等を利用者へ貸与する際に,当該書籍等に表示されているもののほかに著作者の氏名は表示しないのが通例であり,そのことによって著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれはなく,公正な慣行にも反しないといえる。そうとすれば,書籍等の貸与に当たっては,公衆への提供又は提示に際して付すべき著作者名の表示とは,書籍等に付された表示に尽きるものであり,被告らが本件韓国語著作物を利用者へ貸与する際に改めて著作者名を表示しなかったとしても原告の氏名表示権を侵害する行為があったとはいえない。」
「また,被告らが設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵する行為は,「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)に当たらず,氏名表示権を侵害することはない。」
(14-15頁)

と、問題にならない旨を明確に判示しているし、一般不法行為に基づく主張についても、

著作権及び著作者人格権侵害の不法行為が認められないことは上記1,2のとおりであるところ,民法709条の規定に照らしても,被告らが設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵し,貸与することは,法令に違反するものとは認められず,また,不公正な行為として社会的に許容される限度を超えるものと認めることもできないから,被告らの行為が一般不法行為を構成するということもできない。」(15頁)

ときれいに退けた。


この辺りの結論は妥当だし、本件に限らず、書籍の貸与に際して、著作者人格権侵害や一般不法行為が問題になる可能性は限りなく少ないだろう。それゆえ、本件のようなケースに、権利制限規定を活用することにも期待がかかるところなのだが・・・。


日頃、重宝している図書館を巻き込む問題だけに、今後もあまり大きな騒ぎにはならないことを願いつつ、万が一、紛争になった場合には、図書館側で思い切って権利制限規定を活用する方向で勝負して欲しいものだ、と思っているところである。

*1:http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/documents/coop/copyrightQA_v6.pdf

*2:第40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100408163542.pdf

*3:この点については、中山信弘教授が既に「漫画喫茶のように、その場で読ませるものについては、占有が喫茶店側にあり、貸与ではなく、貸与権の範囲外であろう。仮にこれが貸与であるとすると、美容院やそば屋等において閲覧させる場合も貸与権に含まれてしまうおそれもある。」(中山信弘著作権法』(2007年、有斐閣)236頁、脚注62)とコメントされており、「漫画喫茶での店内貸出を貸与ととらえることも不合理ではない」旨の作花文雄氏の見解をやんわりと批判している(筆者は前記脚注のくだりから、そのような印象を受けた)ところであった。

*4:被告の抗弁のどちらか一方が成り立つのであれば、あえて他方に言及するまでもなく、請求棄却の結論を導くことは可能である。