耳の痛い話

ここのところの忙しさにかまけて、まともに法律系エントリーを書いていなかったので、久々に商標に関する小噺を一つ。

登録商標になれなかった「本生」の悲劇


アサヒビールが「本生」(商願2000-135077号)に対する特許庁の拒絶査定不服審判不成立審決(不服2003-19635号事件、平成18年6月30日審決)の取消を求めて提起した審決取消訴訟の判決が先月末に出されている。


知財高判平成19年3月28日(H18(行ケ)第10374号)*1


本件において、原告側は①商標法3条1項3号該当性判断と、②同4条1項16号該当性判断を争い、さらには、原告による「本生」標章の使用により、③商標法3条2項に該当するに至っている、という点を争った。


実のところ、①に関しては、3条1項3号の趣旨*2からして、一般論としては、(「生ビール」という用語との対比で)「熱処理をしていないビール風味の麦芽発泡酒」について、特定事業者に「本生」という商標の独占を認めることには躊躇せざるを得ないだろう、というのは何となく想像が付く話で、原告としてもどこまで本気で争うつもりだったのかは疑わしい。


そして、実質的には、

「本願商標を原告商品に使用した結果、「本生」の文字のみによって、原告商品が原告の業務に係るものであることを認識できるほど、取引者・需要者に広く知られた」

と言えるかどうか、すなわち、③商標法3条2項に該当するか、という点が本件の勝敗を決するポイント、と考えるのが訴訟戦略上は妥当であったように思われる。


さて、そこで、裁判所がこの点についてどのような判断を示したのか、が気になるところなのだが、さすがは飯村コート、というべきか、裁判所はこの点につき、商標法3条2項の趣旨を丹念に説き起こした上で、丁寧にあてはめをしながら結論を導いている(これは争点③に限った話ではなく、その意味で、本件判決はまさに教科書的な判決といえよう)。


まず、裁判所は

「法が同条2項所定の場合に登録をすることができるとした趣旨は①当該商標が本来であれば,自他商品識別力を持たないとされる標章であっても,特定人が当該商標をその業務に係る商品に使用した結果,当該商標から,商品の出所と特定の事業者との関連を認識することができる程度に,広く知られるに至った場合には,登録商標として保護を与えない実質的な理由に乏しいといえること,②当該商標の使用によって,商品の出所であると認識された事業者による独占使用が事実上容認されている以上,他の事業者等に,当該商標を使用する余地を残しておく公益的な要請は喪失したとして差し支えないことにあるものと解される。」
「そうすると出願商標について「需要者が何人かの業務に係る商品・・・であるかを認識することができる」に至ったと認められるか否かは,使用に係る商標及び商品の性質・態様,使用した期間・地域,当該商品の販売数量・程度,宣伝広告の程度・方法などの諸事情を総合考慮して判断すべきこととなる。」(以上17頁)

という規範を示した後に、原告側が提出した証拠を元に、原告による「本生」標章の具体的な使用態様を認定し、以下のように判断した。

「上記のとおり,確かに,原告は,原告商品の販売開始時以降,原告商品
及びその宣伝広告媒体で「本生」の文字を含む標章を大量に表示してきた経緯があるものの,他方,①原告は,原告が作成,公表したニュースリリース等ですら,原告商品を表記する場合には「本生」ではなく「アサヒ本生」を用いてきたこと、②原告商品の缶、瓶、その他の包装、商品案内、カタログ、広告等において「本生」の文字を単独で使用する例はほとんどなく,「アサヒ」等の文字と併せて表記してきたこと,③原告は「発泡酒の本格派『生』」などの例にみられるように,むしろ「本」及び「生」の語を原告商品の特徴を説明する目的で,宣伝広告に使用していたことなど「本生」の文字を含む標章の使用態様に係る諸事情に照らすならば、原告商品又はその宣伝広告媒体に接した取引者・需要者は本生の文字のみによって商品の出所が原告であると認識することはなくアサヒビール株式会社」、「アサヒビール」又は「アサヒ」等の文字に着目して,商品の出所が原告であると認識すると解するのが自然である。すなわち,原告商品から識別する機能を有する標章部分は「本生」ではなく、「アサヒ」、「Asahi(アサヒ)を併記した本生」又は「アサヒ本生」にあるというべきである。」(太字筆者、20頁)

これにより、「本生」に内在する登録阻却事由(3条1項3号)は解消されないことととなり、原告の請求はあえなく棄却されたのである。


確かに、アサヒビールのウェブサイトに飛んでみると*3、商品タイトルの部分には「アサヒ本生ドラフト」「アサヒ本生アクアブルー」と常に「アサヒ」がくっ付いた形で使われているのが分かる。


缶に付された「本生」の文字が、一応は「Asahi」や「DRAFT」の文字とは明確に区別された「商標」として機能しているのと比べると*4実に対照的なこの使い方。


おそらくアサヒビールの宣伝担当者としては、「本生」だけでは語呂が悪いと考えたのかもしれないし、“本格的な発泡酒”のパイオニアとして自社のブランドを前面に押し出そうとしたのかもしれない*5


だが、少なくとも商標法的視点からみると、上記のような宣伝戦略は完全に裏目に出ている。


裁判所は、上記判断に続けて、

「当裁判所がこのように判断した理由は,原告が,本願商標について,上記のような態様で漫然と使用してきたことに起因するものであり,本願商標の「本生」の語の多義性に照らして,原告において専ら自他商品の識別のために使用した場合に,取引者・需要者をして,本願商標に係る「本生」の文字のみによって原告の業務に係る商品であることを認識できるほどに広く知られるに至る可能性のあることを一般論として否定したものではない。」(太字筆者、20-21頁)

と述べているが、これは同社の商標担当者にしてみれば、屈辱的な内容ともいえる論旨であり、ライバル会社に「本生」商標の登録や無許諾使用の余地を残した*6点においても、非常に悔しい指摘、ということができる。


本件判決では、商標法4条1項16号該当性判断(争点②)について、ビール業界の特殊性*7に鑑み、審決の判断の誤りを認めている(4条1項16号該当性否定)から、3条2項該当性さえ認められていれば、商標登録は可能だったわけで、なおさら悔しさも増すところだろう・・・。

本件の教訓

ここからは、あくまで筆者の妄想だが、アサヒビールの商標担当者の胸のうちには、今頃、「書かなくてもいい“傍論”をこれ見よがしに書きやがって!」という裁判所に対する憤りもさることながら、それ以上に、「だから言わんこっちゃない。勝手に「アサヒ」なんてくっつけやがって。」という社内の宣伝戦略への怒りも湧き上がっているのではなかろうか。


先に紹介したとおり、本件は、ビール缶のデザインだけ、で見れば、商標の出所識別力が簡単に否定されたとは思えない、そんな事例である。


通常の会社であれば、この種の商品を世に送り出すにあたっては、商標部門のチェックもきちんと入れるのが普通だし、ましてや一般大衆を相手にブランド勝負で競争しているビール会社のこと、その辺りは抜かりなくやっていたことだろう。


だが、その後の様々な媒体を使った「商品宣伝それ自体」にまで、商標担当者が関与できるか、といえば、そこまでやる(できる)企業は我が国にはほとんどない、というのもまた事実である。


大体、商品宣伝なんていうジャンルは、ある意味フィーリングだけで何とかできてしまう世界だから、その分野の経験のあるなしを問わず、会社のおエラ方が頻繁に口を出すのが常で、広報だの宣伝だのといった部署の担当者が、内心では「大丈夫かなぁ・・・」と思いつつも、そういった「雲の上の人々」の逆鱗に触れないよう、適当にご機嫌を伺いつつ仕事を進めていく、といったことが日々行われている会社も決して少なくないはずだ。


そういった状況においては、社内の傍流部門である「商標担当者」なる担当者の出る幕など、ほとんどないと言って等しい。


ゆえに社長が、「商品名の前に「アサヒ」を付けろ」と言えば、それは絶対的な命令として徹底されることになり、「商標法3条2項が・・・」という商標担当者のため息をよそに、商標の識別力は減殺されていくことになる。


筆者が直接見聞きしたものに限っても、「いくつかの候補の中から、マネージャークラスまで入った検討委で吟味して決めた商品名称(当然、事前の商標調査も念入りに行っている)が、プレス発表3日前に社長の思い付きで覆された」ケースだとか、「出所識別力を持たせた「商標」として使っていくつもりだった名称が、一部役員の思いつきで“キャッチフレーズの一部”として使われるようになってしまった(その結果として普通名称化しかかった)」ケースだとかといった悲惨な話はよくあるから、上記のような“宣伝手法”はまだマシな部類に入るのかもしれないが、それでも商標をきちんと学んだ人間の目から見れば、あまり心地よい話ではないのは確かである。



我々、法務・知財部門にいる人間が、「本生の悲劇」を繰り返さないためにできることはなんだろうか。


宣伝担当者と日頃から密接にコミュニケーションをとって、素人役員をミスリードしないように事前にしっかり根回ししておいてもらう・・・。


他力本願な手は好きではないが、残念ながら今はそれくらいしか思いつかない(苦笑)。

*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070329133845.pdf

*2:裁判所は同号の趣旨として、「①商品の品質等を表示する記述的ないし説明的な標章はこれを商品に付したとしても,取引者・需要者は,当該標章を,自他商品の識別標識であるとは認識せず,単に商品の品質等を説明したものと認識するであろうから,結局,このような標章は,自他商品を識別する機能を欠くものとして,登録商標としてふさわしくないこと,また,②商品の品質等を表示する標章は,取引に際して,有用又は不可欠な手段として機能し,何人に対してもその自由な使用を確保させる必要性が高い場合があるから,商品の出所を識別させる目的で,特定人に独占的な使用を許すのは好ましくないこと等」(14頁)というものを挙げている。

*3:http://www.asahibeer.co.jp/hon-nama/lineup_draft.html

*4:判決は、「缶」の表記もその他の広告の表記もごっちゃまぜにして論じているが、少なくともこのレベルの(「缶」に付された)表記であれば、「本生」自体に出所識別機能あり、といってしまっても良いように思われるので、判決の論じ方には若干の疑問が残る。

*5:思えば「スーパードライ」の時も、「アサヒスーパードライ」という一連のフレーズで呼ばれることが多かったと記憶している。

*6:もちろん使用態様によっては不正競争防止法等に基づいて競合会社の類似(名)商品を差し止めることは可能だから、「本生」を商標登録できなかったことをもって、直ちに「誰でも「本生」を使える」と考えるのは早計だろうが。

*7:「ビールの表示に関する公正競争規約」で、「熱処理をしていないビールについては「生」の文字を表示する」というルールが決められていることから、「本願商標が熱処理をしていないビール風味の麦芽発泡酒に用いられることはおよそ想定できない」としている(22頁)。