「店舗の外観」は保護されるか?〜法と仁義の狭間で。

少し古いネタになるが、大阪の松村信夫弁護士・弁理士大阪市立大法科大学院特任教授)が、知財管理誌に「他人の成果の冒用と不法行為」という論文を掲載されている*1


この論文は、「裁判例の分析を通じて、この競業的配慮の具体的内容を探ろうとするもの」(859頁)であり、近年数多く出現するようになった、

「知的財産法の保護が及ばない領域に、競業規制法・不法行為法による規律が及ぶかが争われた裁判例*2

を一挙に集約して新たな“判例理論”を読み解こうとする、極めて野心的かつ意義深い論稿といえるだろう。


既に上記論文を取り上げている『「知」的ユウレイ屋敷』の管理人氏が述べられているように*3

「松村弁護士の射程分析は優れていると思うが、概要で抜き出したように、そこで述べられている要件論についての若干のコメントの理論的な裏付につい(て)は弱いように思えてしまう。」
「本論稿は事件の見取り図としての価値は高いが、まだまだ検討すべき点が残されているように思う。」

という感想を抱かざるを得ないのは筆者も同じなのであるが、個々の事例における理論的整合性はともかく、総論部分について言えば、実務サイドにいる者として、大いに共感を抱き勇気付けられたのも、また事実である。


少し長くなるが、以下引用すると、

「前述のように、特許権著作権は、その保護要件に合致する知的創作の成果に対して一律に排他的権利を与え、侵害行為に対しては、その態様や冒用者の主観的意図にかかわらず差止請求権を付与する反面、その保護期間に制限を設けている。」
「これを、競業法的に見れば、一定のレベルに達した知的成果に関しては、一定期間、他の競業者を排除して市場において知的成果より生ずる経済的利益を享受する機会を保証することが、知的成果の創作及び利用に対する積極的投資を促し、ひいては競業者間の競争を活性化するのであって、そのために他の競業上の法益より「強い法的保護」を選択したと理解することができる。」
「従って、知的成果が知的財産権の保護対象となるか否かは、上記のような知的財産権法にもとづく「強い法的保護」を与えるに適するか否かを決定する基準として意味を有するとしても、その冒用行為に対する競業法的規制の限界を定めるものではない。」(以上、861頁)

のくだり。


一時期、「知的財産権」として法定されていない知的成果については、あたかも「通常の不法行為よりもより悪質性の強い使用態様であること」を保護の要件とするかのような説示が流行したことがあったが*4、使用差止という強烈な効果を伴う不競法による救済ならまだしも、通常の知財権に基づく請求とは要件・効果が異なる一般不法行為についてまで、そのような理屈で救済を否定したのは、少々やり過ぎの感があったのは否めない。


ゆえに、「裁判所による一種の法創造」的側面があるとはいえ、不法行為による救済の可能性を探っている近年の裁判例の動向、そしてそれをフォローする上記論稿には大きな意義があるように思われるのである。


そんな中、伝統的な「知的財産権」によっては保護されない領域について、原告側が不正競争防止法ないし不法行為法による救済を求めた新手の事案として注目すべき事例をこれから取り上げてみたいと思う。


まいどおおきに食堂」と「めしや食堂」という関西を代表する定食屋同士が、店舗外観の類否をめぐって争ったこの事件。


結論としては、「原告側の請求棄却」という古典的な結末に終わっているが、その結論に至るまでの大阪地裁の思考回路を辿っていくと、もしかしたら・・・という気にもなるというものである。

大阪地判平成19年7月3日(H18(ワ)第10470号)*5

原告・株式会社フジオフードシステム
被告・株式会社ライフフーズ


同業のライバル同士で不競法違反をめぐって争われる事例が比較的多いように見受けられる関西地区だが*6、本件もその類の事件であり、原告・被告ともに、ニュータイプの定食屋として知られる飲食店の経営を業とする事業者である。


ここで、原告の主位的請求は、

「原告の営業表示として著名であり又は周知性を取得している「ごはんや まいどおおきに ○○食堂」(○○の部分には店舗の所在地名が入る。)の文字から成る表示(以下「原告表示」という。)と類似する「めしや食堂」の文字から成る表示(以下「被告表示」という。)を使用する被告の行為は、不正競争防止法2条1項2号又は1号の不正競争に当たる」

というものであったのだが、両者のホームページからご確認いただけば分かるとおり*7、「営業等表示」としての類似性を主張するには、ちと両者は離れすぎている。


裁判所も、この点については、

「以上を前提に原告表示と被告表示の類否を検討するに,上記のとおり,原告表示は「ごはんやまいどおおきに(しょくどう)○○しょくどう」又は「まいどおおきに(しょくどう)」との称呼を生じさせるのに対し,被告表示は「めしやしょくどう」又は「めしや」の称呼を生じさせるものであって,両者が類似しないことは明らかである。なお,両者は「食堂」の部分で共通するが,同部分のみから営業主体の識別標識としての称呼,観念を生じさせるものとはいえないから,同部分が共通するからといって,両表示が類似するということはできない。」(22頁)

とあっさり片付けている。


むしろ本件で好勝負になりえたのは、予備的請求として立てられている

「原告表示を使用した原告が経営する店舗(以下「原告店舗」という。)の外観(以下「原告店舗外観」という。)は全体として原告の営業表示として著名であり又は周知性を取得しているところ、被告表示を使用した被告が経営する店舗(以下「被告店舗」という。)の外観(以下「被告店舗外観」という。)に原告店舗外観と類似する外観を使用する被告の行為は、不正競争防止法2条1項2号又は1号の不正競争に当たり、仮にそうでないとしても、民法上の不法行為を構成する」

という主張の方だった、といえるだろう。


原告は、

A「店舗看板(文字)」
B「店舗外部メニュー看板」、「店舗外部に設置されたメニュー看板」、「ポール看板」、「原告店舗の外装の配色」
C「店舗内部のメニュー看板」、「玉子焼きコーナー」、「内装の統一されたコンセプト」

っといった点を詳細に分けて取り上げ、主位的請求で否定されたAの部分だけでなく、要素B、要素Cといった点についても「二次的、副次的な営業表示となっている」と主張することによって、「上記各要素が全体として一つの営業表示として機能して」おり、「原告店舗外観は識別性を有する」という帰結を導くことを試みた*8


そして、本件では、このような原告の主張に対して被告側も真っ向から応戦したために、結果として非常に興味深い判決が出されることになったのである。

裁判所の判断

裁判所は、原告の予備的請求につき、当事者の主張に沿って、「店舗外観」を構成する個々の要素の対比を詳細に行った。


店舗看板については、「そこに記載されている内容としての原告表示と被告表示が類似しない」ということを確認した上で、

「被告店舗看板のうち、被告表示が毛筆体で記載された看板は、抽象的に毛筆体で書されたという点においては原告店舗看板と共通するが、被告表示の毛筆体は、原告表示の毛筆体と比べて、字の太さが太く、筆の運びが力強いなど、両者は筆致が異なっている。」(30頁)

と認定しているし、木目調メニュー看板については、

「縦長の板に、少し崩した墨書体の文字でメニューを縦書きしている点において一致しているが、看板の設置方法、メニューの字体が若干異なるほか、値段の記載の有無において相違する」(30頁)

ボード状メニュー看板については、

「横長のボード状の看板であるという点において一致するが、看板の地色、メニューの記載態様(横書きか縦書きか)、イラストの有無等において相違する。

といった具合である(ほかにポール看板、外装の配色、店舗内部のメニュー看板、その他店舗の内装、といった点につき共通点と相違点が認定されている)。


そして、これらを踏まえた上で、裁判所は、「原告店舗外観全体と被告店舗外観全体の対比」という項を立て、最終的なあてはめに先立って、以下のような説示を行ったのである。

店舗外観は,それ自体は営業主体を識別させるために選択されるものではないが,特徴的な店舗外観の長年にわたる使用等により,第二次的に店舗外観全体も特定の営業主体を識別する営業表示性を取得する場合もあり得ないではないとも解され,原告店舗外観全体もかかる営業表示性を取得し得る余地があること自体は否定することができない。しかし,仮に店舗外観全体について周知営業表示性が認められたとしても,これを前提に店舗外観全体の類否を検討するに当たっては,単に,店舗外観を全体として見た場合の漠然とした印象,雰囲気や,当該店舗外観に関するコンセプトに似ている点があるというだけでは足りず,少なくとも需要者の目を惹く特徴的ないし主要な構成部分が同一であるか著しく類似しており,その結果,飲食店の利用者たる需要者において,当該店舗の営業主体が同一であるとの誤認混同を生じさせる客観的なおそれがあることを要すると解すべきである。」(34頁)

本件では、個々の構成要素の「類似性」を認定するにはやや弱い事案だった、ということもあって、

「原告は,原告店舗外観及び被告店舗外観の個々の構成要素を取り出してその共通点を挙げるのみで,その全体としての店舗外観について十分特定しているとはいい難い。特に,原告は,当裁判所の再三にわたる釈明にもかかわらず原告店舗外観に対応する全体としての被告店舗外観を適確に特定しているとはいい難い。」(33-34頁)

といった苦言が呈されているし、上記のような規範の下で、結局は「全体の類似性」ではなく、個々の構成要素(特に「主要な構成要素」としての「店舗看板」と「ポール看板」)の類似性に焦点を当てた判断がなされたこともあって、原告の主張は退けられている*9


両店舗とも利用したことのある人なら容易に分かるとおり、「まいどおおきに」も「めしや」も全体の雰囲気としては、訴訟になるのも納得できるくらいには似ている(笑)から、本来の意味での「全体の類似性」判断に持っていかなかった大阪地裁判決には未だ至らない点がある、という指摘もできるのかもしれない。


だが、元々既存の「知的財産権」法によっては、到底保護されるとは考えられなかった領域において、原告敗訴とはいえ、これだけしっかりと、しかも規範までついた判決が書かれたということには、それだけ大きな意味がある、と筆者は思っている。


今後、果たしてこういった争点が問題になる事案がどの程度出てくるか分からないのであるが、コアな部分の営業表示(ないし商標等)の類似性だけを主張するだけでは届かない事案であっても、それ以外の要素で戦えるメドが立てば悪質な擦り寄りにも対応していきやすくなるのは確かであり、そういった実例が出てきて始めて、今回の判旨も生きてくるはずだ。


筆者としては、今後の事例の蓄積に期待して、本エントリーのまとめに代えることとしたい。

*1:知財管理57巻6号859頁(2007年)。

*2:ここでは、「タイプフェイスの冒用」、「商品形態の模倣」、「データベース等のデジタル成果物の冒用」、「その余の成果(物のパブリシティなど)の冒用」といったものが取り上げられている。

*3:http://chiteki-yuurei.seesaa.net/archives/20070801.html参照

*4:特にかつての東京地裁・飯村コートの判決群や、ギャロップレーサー最高裁判決などは、その象徴的事例だったように思われる。

*5:第21部・田中俊次裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070704153844.pdf

*6:例えば、「みたらし小餅」と「元祖みたらし団子」間で争われた大阪地判平成19年3月22日(H18(ワ)140号)など。

*7:原告・フジオフードシステムについてhttp://www.shokudo.jp/about.html、被告・ライフフーズについてhttp://www.meshiya.co.jp/shokudo/index.html

*8:原告の主張の中では、米国の“トレードドレス”理論も参照されている。

*9:原告は「営業表示に対して無関心ないし注意を欠く需要者層」は、個々の構成要素については厳密に類似していなくても、外観全体として類似していればなお被告店舗に誘引されるのでは?という指摘をしているが、これも結局退けられている。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html