医者たちの仁義なき戦い。

街の中には、開業医院の看板や宣伝広告があふれている。


医業だって立派な「役務」(第44類)だし、医院同士での患者をめぐる「競争」だって十分に観念しうるから、商標法や不正競争防止法が適用される場面が考えられないことはない。


だが、以下に挙げる事例を見ると、高貴な職業に就いている人々の喧嘩としては、あまりに「大人げない・・・」と言いたくなる。

東京地判平成21年7月17日(H21(ワ)2942号)*1

原告:A(歯科医師
被告:乙歯科医院ことB(歯科医師


本件は、「東京インプラントセンター」の文字部分と「TIC」の図形部分が結合した登録商標(第4638893号)を保有するAが、「翠聖会東京インプラントセンター」という表記を含む看板を使用し,ウェブサイト上に「医療法人翠聖会の東京インプラントセンター」という表記を含むウェブ広告を掲載しているBに対し、商標法36条に基づく差止請求及び3600万円の損害賠償請求をしている事件である。


原告としては、「東京インプラントセンター」の部分が商標の要部であると言いたかったのだろうが、「東京」(地名)+「インプラント」+「センター」という組み合わせで識別力が認められるほど、商標法の世界は甘いものではない。


裁判所も、類否判断において、

「本件商標の構成中には,「東京インプラントセンター」という文字部分が含まれているが,本件商標は,アルファベットの「TiC」を図案化したデザインからなる本件図形部分と,これの下に「東京インプラントセンター」の文字をゴシック体で横書きしてなる本件文字部分から成るものであり,本件文字部分は,本件商標の下部3分の1以下の部分を占めるにすぎず,本件図形部分が,全体の3分の2以上を占め,しかも大きく図案化した文字で青色に彩色されていることと対比すると,本件文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているということはできない。」
「また,上記(1)に認定したとおり,本件文字部分のうち,「インプラントセンター」という名称は,我が国において,「インプラント治療を行う歯科医院,歯科診療所」の意味で広く慣用され,冒頭の「東京」は,役務(インプラント治療を含む歯科医業)を提供する場所を意味するもので,同様の使用例は,「大阪インプラントセンター」,「横浜インプラントセンター」,「東京銀座インプラントセンター」,「日本インプラントセンター」,「日本橋インプラントセンター」,「埼玉インプラントセンター」,「湘南インプラントセンター」等,多数存在するのであるから,本件文字部分は,役務の提供の場所及び内容を表示するものとして認識されるものであって,自他役務識別力がない部分というべきである。
(9-10頁)

と述べて、「本件商標と被告使用標章は,本件商標の自他役務識別力がない文字部分において共通性を見いだし得るにすぎず,その外観,称呼において異なるものであることは明らかであるから,両者が共に「東京のインプラント治療を行う歯科医院,歯科診療所」という観念を生じ得るとしても,全体として類似する商標であるということはできない。」(11頁)と結論付けている。


また、裁判所は被告の答弁に応答し、

「仮に,被告の使用する標章が「東京インプラントセンター」と特定し得るとしても,これを「インプラント治療を含む歯科医業」という指定役務に使用した場合,同標章は,指定役務の普通名称,提供の場所を普通に用いられる方法で表示するにすぎないものであり,このような標章に対し本件商標権の効力は及ばない(商標法26条1項3号)」(12頁)

とまで述べた。


被告以外にも「東京インプラントセンター」や「○○インプラントセンター」の使用例が多数見受けられる状況で、原告がなぜ被告に対してわざわざ訴訟を吹っかけようと思ったのか、原告の心情を理解するのは困難であるが、吹っかけた結果、少なくとも「東京インプラントセンター」の部分は誰でも使えることが明らかになったわけで、公益的には意味がある訴訟だったというべきなのかもしれない(笑)。

大阪地判平成21年7月23日(H20(ワ)13162号)*2

原告:医療法人A
被告:B


本件は、「医療法人Aわたなべ皮フ科形成外科」の名称で,診療所を開設し、「わたなべ皮フ科・形成外科」の表示を看板や宣伝広告等で使用している原告が、平成20年7月1日,大阪府内において診療所を開設し、「わたなべ皮ふ科」の表示を使用している被告に対し、不正競争防止法2条1項1号に基づく被告表示及び類似表示の使用差止、抹消請求を行ったものである。


「わたなべ○○科」なんていうのは、全国で数えきれないくらいある名称だし、自分の名前を付けただけなんだからこんなことで目くじら立てなくてもいいじゃないか、と思うのだが、本件では、

(被告が)原告診療所で勤務を開始したわずか3か月後の平成19年11月7日に,原告診療所とわずか600メートルしか離れていない場所に土地を購入し,その7か月後の平成20年6月5日には原告を退職し,同年7月1日に開業している。また,開業にあたり,通常であれば行うはずの,誤認混同防止のための配慮を行っていない」(5頁)

という事情が原告の気に障ったらしく、無駄に訴訟を引き起こすことになってしまった。


さて、裁判所は被告の抗弁として出されていた不正競争防止法19条1項2号(自己の氏名を不正の目的(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他不正の目的をいう。)でなく使用する行為については不正競争防止法2条1項1号は適用されない)該当性について検討を行った。


そして、

「診療所の開設にあたっては,都道府県知事への届出が必要となるところ(医療法8条,その届出書) において,診療所の名称は,原則として,開設者の姓を冠することとされている(乙2)。そして,被告は,開業にあたり,当初,医療機関名を「あい皮ふ科」にすることを予定していたのであるから(乙3,4),被告診療所の名称が現在のものに決まったのは,上記届出にあたり,被告の氏である「渡部(わたなべ)」を用いるよう要請されたためと認められる。」(6頁)

という名称選定経緯や、被告診療所の開設場所、開設時期、使用態様を検討したうえで、「被告表示の使用にあたり,自己の氏名を並記したり,原告との関係を否定する表示を行うなどの,誤認混同防止措置も講じている」と言った事実も認定し、商品表示の周知性、類似性等の判断に踏み込むことなく、原告の請求を退けた。


判決に出てきていないところで原告・被告間にいろいろな諍いがあったことは想像できるにしても、決して賢明とはいえない訴訟をなぜ原告が提起することになってしまったのか。釈然としない事案であることは間違いない。


商標にしても不競法にしても、使う場面を間違えると、訴えた方が赤っ恥をかくだけになってしまう・・・


前記2件は、それを思い知らせてくれる事案だといえるだろう。もって、他山の石とすべし。