「会社の研究、無断で公表したら」

月曜日の日経新聞、と言えば法務面だが、そのワンコーナーである「リーガル3分間ゼミ」に、「会社の研究、無断で公表したら」というタイトルのQ&Aが掲載されている*1


まぁ、会社で行っている研究開発の内容を第三者に漏洩でもしようものなら、通常は懲戒処分を免れることはできないだろうし、場合によっては会社から賠償請求されることもありうるだろう。


しかし、このコラムの冒頭で挙げられている事例は、

「メーカー勤務の40代研究職。研究成果が製品にならず気をもんでいた折に、出版社から「成果を論文にして発表しないか」と持ちかけられた。会社を辞めてでも発表したいが、会社に無断で大丈夫だろうか。」

というものである。


となれば、以下の2点において、上記の常識的な結論があてはまるかどうか、疑問が生じる。


まず、(1)上記設例で登場する「40代研究職」の方は、自ら行った研究の成果を発表しようとしているように思えること。


不競法2条1項7号の文言は、

「営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において・・・その営業秘密を使用し、又は開示する行為」

を「不正競争」と定義しているから、会社から「示され」ることなく自ら取得して、その後秘密情報化した情報を使用する行為は「不正競争」にあたらない、という解釈は当然出てくることになる。


実務界には極めて評判の悪い考え方ではあるが、「示された」か否かを基準として相対的な「営業秘密」としての要保護性を決する、という考え方が学説上は圧倒的多数になっているし、「原価セール事件」のように、再三にわたって、同様の解釈を採用している裁判例も登場しているのである*2


ある研究者が業務において何らかの開発を行った場合に、それが、それ以前から会社で培われていた何らかの秘密情報をベースにしている、という事象自体は決して珍しいことではないから、結局は「営業秘密」保護法制に抵触することになる、という意見もあることだろう。


だが、次の点についてはどうだろうか。

(2)成果を論文にして発表することが「図利加害目的」での使用といえるのか。

不競法2条1項7号においては、

「不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で」

営業秘密を使用・開示する行為が「不正競争」として定義されている。


純粋に研究を公開する目的で論文を発表することに、このような目的が果たして認められるのか、疑問なしとはしない。



もちろん、開発成果の非公知性を保ち続けることは、特許権取得のための要件でもあるから、研究者自身が開発したものかどうかにかかわらず、その公表には規程等で何らかの縛りがかかっていることが多いだろうし、それに違反すれば、結局は懲戒処分対象になりうるから、本コラムも、注意を促すための「啓蒙記事」としては、よくできたものだ、ということになるのかもしれないが、法務屋としてはやはり気になるところである・・・。

*1:日本経済新聞2007年9月3日付朝刊・第16面。

*2:「原価セール事件」は、事業者間で争われた事例であり、社員と雇主の関係においてそのままあてはめられるものではないが、社員・会社間の争いにおいて同様の判断を示した裁判例も当然存在する。

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