営業秘密侵害罪の対象拡大(案)に思うこと

つい4ヶ月ほど前、性急な法改正の動きに苦言を呈したばかりだというのに*1、早くも、

「営業秘密に係る刑事的措置の見直しの方向性について(案)」

という産構審知的財産政策部会の小委員会がまとめたペーパーがパブコメにかかっている*2


中身を見ると、処罰範囲の大幅拡大を図るものとなっていて、記事を見たときに感じた“嫌な予感”が見事なまでに的中してしまっている。


「営業秘密の保護の重要性」の項で、前提として、

(1)無形の技術・ノウハウ・アイデア等の保護の重要性
(2)IT時代への対応
(3)オープン・イノベーションの促進

といった項目を挙げられていることについては、取り立てて異議を唱える必要はないだろう。


「営業秘密」という無形情報の「不可逆性・回復困難性」なんて話も、昔から繰り返し言われていたことだ。


だが、次のくだりについてはどうだろうか。

「営業秘密侵害罪は、創設当時(注:平成15年)の営業秘密をめぐる企業環境及び当時の社会状況に応じつつも、その当時は財産的価値のある情報を保護するための罰則という新しい刑罰規定であることなどにかんがみ、極めて慎重かつ謙抑的にその構成要件が設けられたものであるが、現在においては、以下のような点で、営業秘密の侵害を実効的に抑止し、営業秘密を適切に保護しうるものとなっているかについて、検討を迫られているところである。」(5頁)

これが10年前、20年前に作られた罪だというなら分かるが、現実には制定・施行からまだ5年程度しか経過していない。


にもかかわらず、「検討を迫られた」結果として、

(1)営業秘密の使用・開示行為が中心的な処罰対象行為として捉えられていることにより、営業秘密が領得された段階を捕捉することができない。その結果、被害企業内の管理体制に残った痕跡から領得の事実が明らかであるにもかかわらず、その使用・開示が当該企業外で行われることによる立証の構造的な困難性と相俟って、既に秘密管理体制を突破された被害企業は泣き寝入りを余儀なくされている。
→ 保有者の営業秘密管理体制を侵害して、営業秘密を取得する行為の当罰性を、従来より高く評価する方向で考える(「営業秘密を管理する任務を負う者」についても領得する行為自体を刑事罰の対象とするほか、開示後の「消去義務」に不正の目的をもって違反する行為についても新たに刑事罰の対象とする方向で考える)。

(2)使用・開示等を行った者が「不正の競争の目的」を有していることが構成要件要素とされていることから、競争関係の存在を前提としない単なる加害目的や、外国政府等を利する目的で使用・開示等がなされる場合を処罰対象とすることができないという状況が生じている。
→ 「不正の競争の目的」以外の不正な目的による侵害行為も、違法性(当罰性)の高い行為として処罰する必要があるものと考えられる(目的要件を「図利加害目的」とする)。


というレベルにまで処罰範囲を広げてしまうのは、どうなのだろう・・・?*3


(1)に関して言えば、今回新たに処罰対象に加えられようとしている行為は、確かに営業秘密侵害プロセスの“キモ”というべき部分であって、営業秘密保有者としては、ここを押さえられれば大きな武器になるだろう。


だが、それが分かっていながら、これまでこの部分に刑事罰の網をかけていなかったのは、「領得」という行為が、閉ざされた空間の中で行われるものであって、誰が、どのように&如何なる目的をもって、それを行ったかを客観的に認定するのが極めて難しい、という事情があったからに他ならない。


過剰な警戒心による萎縮効果が健全な経済活動を妨げないように、という価値判断に基づく刑事罰の“謙抑的姿勢”は、当時からそれなりに評価されていたはずなのに、あっという間に民事的規律と変わらないレベルにまで網が広がってしまったことに、ある種の危惧を感じているのは筆者だけだろうか?*4


また、(2)について、ペーパーの中では、

「企業の不正情報は、不正競争防止法上の営業秘密に該当しないことに加え、営業秘密侵害罪の創設後、内部告発者の権利保護のために公益通報者保護法が成立したことなどからすれば、目的要件を変更することによって正当な内部告発行為等に対する萎縮効果が生じることは考えにくい」(9頁)

と、従来どおり、「内部告発行為等を対象外」とする意向を表明しているが、あらゆる「不正情報」が都合良く他の情報と切り離されて管理されているわけではない以上、「領得行為」だけでも処罰される可能性のある新しいルールの下では、内部告発者に対する萎縮効果が生じないとは考えにくい*5



本来目玉となっても不思議ではなかった「刑事訴訟手続の在り方」*6については、裁判所サイドからの相当強い批判もあったようで、今回のペーパーでの具体的改正案の提示は見送られている*7のだが、そのようなプレッシャーに曝されていない他の項目については、一部の処罰強化論者の意見がそのままペーパーに反映されてしまっているような印象すら受ける。



国会の情勢も流動的な最中、これから先どこまで法案化されるかは不透明な状況といえるし、いざ改正されたとしても、(民事のように)何でもかんでも「営業秘密侵害」として裁判所に登場することになるとは考え難い*8、という声はあることだろう。



だが、条文上明確に線引きがなされている場合と、解釈で何とか・・・という場合とは異なる。


今回、一線を越えようとしている「営業秘密侵害罪」が、この先さらに暴走を続けていくことのないように、注意深く見守っていく必要があるように思うのである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080912/1221247149

*2:内容についてはhttp://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000047225参照。

*3:ちなみに「領得行為」と「使用・開示行為」はそれぞれ独立して刑事罰の対象とする方向、で検討されている。

*4:こうなってくると、後は「営業秘密」該当性要件をより厳格に解釈することで、処罰範囲の拡大に伴う弊害をフォローするしかなくなってしまうような気がするのだが、そうなると、同じ定義で動いている民事上のルールへの影響も出てくることになり、それはそれでややこしいことになりそうである。

*5:“不正な添加物を販売用の食品に用いた”という事実が記された幹部会資料に、公開されておらず、かつそれ自体は不正情報といえない成分データ等が記載されていた場合などを考えると、どうなるだろうか。

*6:「秘匿決定」、「期日外証人尋問」といったルールに加え、「憲法82条2項本文の公開停止のできる具体的要件を明確化する規定」の具体化についても検討されていた。

*7:法務省経済産業省で共同して、その具体的な在り方について検討し、可及的速やかに具体的な成案を得ることを目指すべき」(13頁)とされている。

*8:捜査機関のリソース等を考えると、最初のうちは明らかに悪質な事件だけがターゲットとされる可能性も高い。

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