噂をすれば何とやら。

先日「フサイチ」軍団の記事を書いた後、最高裁のHPに、元オーナーに関連する事件の判決がアップされていることに気づいた。


ちょっと前の判決になってしまうが*1不正競争防止法上2条1項7号をめぐる事例判決としても興味深いものがある事件だけに、ここでご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成22年3月4日(H20(ワ)15238号)*2

原告:株式会社VSN
被告:MVP総合研究所株式会社及びA〜C


本件は、原告の元従業員であり、退社後被告会社の取締役となったA〜C及び、被告社員D〜F*3が共謀して、

「原告の営業秘密である原告所属の派遣労働者に関する情報及びその派遣先企業に関する情報を使用するなどして原告所属の派遣労働者を違法に引き抜き,これにより原告に対して8億7946万6607円の損害を与えた」

として、被告会社に対しては会社法350条に基づき、A〜Cに対しては不正競争防止法2条1項7号、4条又は不法行為に基づき、損害額の一部として3億5225万7465円を請求していた事案である。


ここまで聞けば、よくありがちな不正競業・引き抜き事案のようにもみえるが、本件が特徴的なのは、

「被告会社が原告の前身であり、平成16年4月に特定労働者派遣事業を原告に譲渡するまでは被告が派遣事業を行っていた」
「被告会社は平成16年4月に事業譲渡後、被告会社のオーナーであり、当初原告の代表取締役であった訴外「T」の資産管理会社として存続していた」
「「T」は、原告の代表取締役を平成18年7月25日に辞任した後、平成19年9月頃から被告会社を使って人材派遣業を起業することを計画し、同年11月20日に秘書であるNを被告会社の取締役に就任させ、森タワーのオフィスの転貸借契約を締結させるなどしていた」

という経緯をたどっているところであろう。


これまでの文脈から、察しの良い方であれば「T」氏が誰なのか、はすぐにわかると思うのであるが(笑)、要は、実質的に会社経営の第一線から退いた(退かされた?)オーナーが、別の会社を使って同じ仕事をしよう、と思ってしまったがゆえに不正競業事件になってしまった、そんな事件なのである*4


さて、裁判所は、本件に関して以下のような判断を示している。

不正競争防止法に基づく請求について

まず、本件訴訟で不正使用が争われた情報(本件情報)について、裁判所は、不正競争防止法上の「営業秘密」該当性を肯定した。

「原告は,本件情報を電子データとしてデータベース内に保有するとともに,書類として保有していたものであり,データベースについてはアクセス権限を制限し,権限を与える際には多くの決裁者による慎重な決裁を必要としていたこと,書類については施錠することができる倉庫又はキャビネットに保管し,その鍵を責任者により管理台帳を用いるなどして管理していたことが認められ,これらのことからすれば,本件情報は,原告により秘密として管理されていたと認めることができる。」
「そして,本件情報は,派遣エンジニアの氏名や連絡先,分野,派遣先,給与データ等の情報や,派遣先企業の名称,派遣個別契約の満了日等の情報を含んでいるところ,これらの情報は,原告にどのような派遣エンジニアが所属し,どのような条件で企業に派遣されているのかを知ることができるものであるから労働者派遣事業において有益な営業上の情報であるということができる。」
「さらに,本件情報は,原告が事業を継続する中で集積した原告の従業員の個人情報及び派遣先企業の情報であると認められるから,公然と知られていないものであるといえる。」
「以上から,本件情報は,原告の営業秘密(不正競争防止法2条1項7号,6項)に該当するものと認められる。」
(31頁)

被告は、文書やデータ等に「マル秘」等の表示が付されていないことや、キャビネットの施錠管理のいい加減さ、会社の社員に対する指導の不十分さ、「Winny」による情報流出事故の存在等を指摘し、営業秘密該当性を争ったのであるが、裁判所はこれらの主張をすべて退けている*5


数年前の東京地裁の「秘密管理性」該当判断の厳格さに比べると*6、情報保有者側(原告側)にとってのハードルはかなり下がっているなぁ、というのが率直な印象だ。


だが、次の争点に関する判断で、その評価は一変する。

「Eが(1)営業秘密である原告社員の残有給休暇日数を被告Bに開示したこと,(2)営業秘密の記載された本件エンジニアリストを被告らに開示したことは認められる。しかしながら,(1)については,開示された残有給休暇日数がどのように引き抜き行為に用いられ,派遣エンジニアの退職に関係したのかが明らかでなく,原告社員の残有給休暇日数が開示されたことと原告所属の派遣エンジニアが退職した事実との間に因果関係を認めることはできない。また,(2)については,前記認定事実のとおり,本件エンジニアリストが作成されたのは,平成20年4月25日に原告所属の派遣エンジニアが一斉に退職届を出したことを契機とするものであって,既に退職届が出されていた以上,本件エンジニアリストが開示されたことと,原告所属の派遣エンジニアが退職した事実との間に因果関係を認めることができない。」
「以上のとおり,不正競争防止法違反行為と原告が主張する各事実は,いずれも,違反行為の事実が認められない,又は違反行為と原告所属の派遣エンジニアの退職との間に因果関係を認めることができないのであるから,原告の不正競争防止法に基づく請求はいずれも理由がない。」
(43頁)

裁判所は被告らの原告退社から具体的な“引き抜き”行為に至るまでの事実経過を詳細に認定したうえで、原告が主張する被告らの営業秘密不正使用行為の一部を認めているのだが、結局は、「(引き抜かれた)派遣エンジニアの退職との間に因果関係を認めることができない」として、原告の請求を退けたのである。


「営業秘密」該当性を緩く解したがゆえか、ここで原告が“使われた”と主張している情報の内容は確かに大したものではないように思われる。だが、営業秘密該当性を肯定し、不正情報開示の事実も認められているにもかかわらず、損害との「因果関係」のレベルで請求を退ける、というのは珍しいケースではなかろうか。


最近の裁判例の動向ももっと見てみないと、断定的な評価は下せないものの、少し前の裁判例を見なれた身としては、本件判決の不正競争防止法上の請求に関する一連の判断には、少なからず違和感を覚える。

不法行為に基づく請求について

一方、事案の特殊性もあってか、裁判所は、不法行為の成立をいともあっさりと認めた。


まず、裁判所は原告の元社員として本件“引き抜き”に関与し、その後被告に移籍したFの行為につき、

「Fは原告に在籍中であったにもかかわらず,その立場を利用して派遣エンジニアを不安にさせ,その不安に乗じて勧誘を行ったものであって,その行為態様は悪質と言わざるを得ず,また,原告に引き抜き防止の措置をとる機会を与えないよう秘密裏に一斉の引き抜き行為を行ったこと,引き抜き人数も20人と少なくないことなども考慮すれば,Fの行った別紙移籍エンジニア一覧表の番号1ないし20の派遣エンジニアの引き抜き行為は社会的相当性を欠く違法な行為であるというべきであり,これにより原告はこれらの派遣エンジニアの稼働により得られるはずであった利益を得ることができなくなったものであるから,上記行為は,不法行為に該当するものと認められる。」
(44頁)

として、不法行為該当性を認め、さらに被告A〜Cの共謀についても、

「被告A,被告B及び被告Cは,平成20年1月から3月の間に原告を退職し,そのころから被告会社の立ち上げの準備を行ってきたものであり,その準備会合に原告の執行役員ME事業部長のEを呼び,原告所属の派遣エンジニアの残有給休暇日数を聞き出していること,前記のとおりEが本件エンジニアリストを持ち出し,被告Bに開示したこと,被告AがTの誕生パーティーにおいて「これから一緒に会社を始めましょう」,「VSNからも人を引き抜けます」と発言したこと,Eが平成19年末ころに手帳に被告会社への引き抜きに関するものと認められる記載を行い,そこには被告AやFらの原告退職予定日が記載され,特にFについては「3/25在籍必須」との記載があり,同記載はFが同日まで原告に在籍して引き抜き行為を行うことを前提とした記載と見ることができること,被告A及び被告Bが,スポンサーに対する説明資料として作成した1月付け計画書には平成20年4月から6月の「売上高」が3575万円から6175万円とされているのに対し「技術社員採用広告費」は71万5000円から123万5000円と極めて低額とされていることから,被告会社のスポンサーであるTに対して原告からのエンジニアを引き抜くことを前提とした事業計画を説明し,それに応じてTから資金提供がされたものと推認することができること,Fが原告所属の派遣エンジニアを被告Cと引き合わせて被告会社への入社を勧誘しており,被告CがFの引き抜き行為に現実に関与していたこと,Fが被告会社への移籍を渋っているGに対し被告Aが会いたがっているとして被告AとGとを引き合わせようとしていたこと,Fが原告を懲戒解雇になって間もなく被告会社に就職し営業課長の役職に就いたことが認められる。」(44-45頁)

といった事実を認定したうえで、

「これらの事実を総合すると,被告A,被告B及び被告Cは,原告在籍中のFやEらを利用して原告所属の派遣エンジニアを被告会社へ引き抜くことを共謀し,Fはこの共謀に基づいて前記引き抜きの不法行為を行ったものと認めることができる。したがって,被告A,被告B及び被告Cは,Fの引き抜き行為によって原告に生じた損害を連帯して賠償する責任を負うものと認められ(民法719条1項),被告会社の代表取締役であった被告Aがその職務を行うについて原告に損害を加えたものであると認められるから,被告会社も原告に生じた損害を連帯して賠償する責任を負う(会社法350条)。」(45頁)

と結論付け、被告らに計2954万7720円の損害賠償を命じたのである。


認定された事実、特に、

「平成19年12月20日,Tは,自宅で同人の誕生日パーティーを開催した。同パーティーには,30人から40人ぐらいの出席者がおり,原告関係者としては,被告A,被告B,被告C及びEが出席していただけで,原告の社長やその他の役員らは出席していなかった。そのパーティーにおいて,被告Aは,Tに対し,「これから一緒に会社を始めましょう。」,「VSNからも人を引き抜けます」などと発言した(証拠略)」

といったくだりなどを見ると、“俺の会社”への思い入れが抜けないオーナーと、その威光に頼ろうとした社員たちが、本来の常識を踏み越えて引き起こしてしまった事件であることは容易に想像が付くわけで、それゆえ、「自由競走の範囲を逸脱」云々といった規範を論じるまでもなく、前記のような結論になるのだろう。


ただ、従来の不正競業事件の枠内には収まらない何かがあるなぁ・・・、と思ったのも事実なわけで*7


本件がこの先さらに上級審で争われるのかどうかは、筆者の知るところではないが、別の裁判所の判断も見てみたいというのが率直な心情である。

*1:といっても、黒塗りの関係でか、アップされるまでに約1ヶ月かかっている。

*2:第47部・阿部正幸裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100401112312.pdf

*3:D〜Fも本件訴訟の被告であったが、既に原告との間に和解が成立している。

*4:この辺の経緯は、後述する不法行為性の認定にかなり大きな影響を与えている。

*5:流出事故のくだりについては「原告がその後に対策を取っていることが認められる」(32頁)ことをもって、「非公知性が失われたということはできない」としている。

*6:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070727/1185719353参照。

*7:本件では口頭弁論終結段階では、既に差し止め請求が取り下げられていた(?)ようで、認容される請求原因が不競法に基づくものであっても、不法行為に基づくものであっても、結論には大差なかったと思われるのも事実なのだが。